第2話
俺の唐突な申し出に、目の前の少女はガラス玉のような蒼い瞳をわずかに細めた。感情の読めない表情は変わらないが、その奥に警戒の色が浮かんだのを、俺は見逃さなかった。
「……見ず知らずの相手に、個人的なものを易々と預ける人間がいるとでも?」
静かだが、芯のある声。その響きには、人を寄せ付けない壁のようなものが感じられた。
「あ、いや、すみません! 怪しいですよね、いきなりこんなこと言って……」
慌てて俺は両手を振って否定する。追放されたばかりで、まともな身なりもしていない。そんな男からの申し出を、彼女が警戒するのは当然のことだった。
「ただ……その、職業柄というか、性分というか……壊れたものを見ると、どうしても直したくなっちゃうんです」
自嘲気味に、俺は自分のスキルについて話す。
「俺のスキル、【アイテム・リマスター】っていうんですけど、壊れたアイテムを修理するのが得意で。その腕輪、かなり古い魔道具みたいですけど、魔力の流れが完全に詰まってる。このままじゃ、ただの重りですよ」
俺がそう言うと、少女は初めて少しだけ表情を動かした。驚き、とでも言うのだろうか。彼女は自分の腕に視線を落とす。
「……あなた、これが魔道具だと分かるの?」
「ええ、まあ。一応、生産職の端くれなので」
俺の言葉に、彼女はしばらく黙り込んだ。何かを吟味するように俺の顔と自分の腕輪を交互に見てから、やがて小さなため息をついた。
「……どうせ、もう壊れているものだから」
そう呟くと、彼女はあっさりと腕から腕輪を外し、俺に差し出した。
「好きにしていい。ただし、もしこれを完全に破壊したら……」
彼女の蒼い瞳が、すっと細められる。ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。言葉には出さなかったが、その視線は「タダではおかない」と雄弁に物語っていた。
「だ、大丈夫です! 絶対に、もっといいものにしますから!」
俺はどこから来るのか分からない自信と共に、その腕輪を受け取った。
ひんやりとした金属の感触が手に伝わる。
腕輪をじっくりと観察すると、その作りの精巧さに息を呑んだ。魔力を増幅させるための術式が、極小の刻印でびっしりと刻まれている。だが、経年劣化と、おそらくは許容量を超えた魔力が流れ込んだせいで、そのほとんどが焼き切れてしまっていた。
(これほどの魔道具が、どうしてこんなジャンク屋に……?)
疑問が頭をよぎったが、今は目の前の作業に集中する。
俺は意識を集中し、スキルを発動させた。
――【アイテム・リマスター】
スキルを発動した瞬間、俺の世界から音が消える。
腕輪の設計図が、構造が、素材の組成が、脳内に直接流れ込んでくる。どこがどう壊れていて、どうすれば最高のパフォーマンスを発揮できるのか。そのすべてが、手に取るように理解できた。
「……なるほど、そういうことか」
この腕輪の設計思想は素晴らしい。だが、根本的な欠陥があった。術式を刻んだ金属の純度が低すぎるのだ。これでは、強力な魔力に耐えきれずに焼き切れてしまうのも当然だった。
必要なのは、より純度の高い伝導体。そして、焼き切れた術式の再構築。
俺は店内を見回す。ガラクタの山が、俺の目には宝の山に見えた。
「すみません、そこの銅線と……あっちの壊れたゴーレムの残骸、少しだけもらってもいいですか?」
「……好きにして」
少女の許可を得て、俺はガラクタの山から必要な素材をいくつか手に取る。
そして、再び腕輪に向き合った。
手のひらの上に、腕輪と、集めてきたジャンクパーツを乗せる。
再びスキルを発動させると、俺の手のひらが淡い光に包まれた。
ジャンクパーツがひとりでに分解され、光の粒子となっていく。銅線は不純物を取り除かれて輝く純銅の糸となり、ゴーレムの残骸からは微量のミスリル銀が抽出される。
それらが、腕輪に刻まれた古い術式の上をなぞるように、吸い込まれていった。
焼き切れた回路が修復され、より強固なものへと再構築されていく。中心で濁っていた魔石は、内部の不純物が浄化され、まるで深海のような澄んだ輝きを取り戻し始めた。
数分だったか、それとも数十分だったか。
やがて光が収まった時、俺の手のひらにあったのは、以前の面影を残しながらも、全く新しい輝きを放つ腕輪だった。
古びた真鍮のような色合いだった金属部分は、ミスリル銀を混ぜ込んだことで白銀の輝きを放っている。濁っていた魔石は、内側から淡い光を放つ蒼い宝玉へと生まれ変わっていた。
「……できました」
俺がそう言って差し出すと、少女は信じられないものを見るような目で、それを受け取った。
「これが……本当に、あの腕輪?」
「はい。内部の術式を、手持ちの材料で再構築してみました。魔力伝導率も、安定性も、以前とは比べ物にならないはずです」
少女は恐る恐る、といった様子で、その腕輪を自分の腕にはめる。
その瞬間だった。
ゴオォッ、と。
少女の体から、凄まじい魔力が嵐のように吹き荒れた。店内のガラクタがガタガタと揺れ、棚からいくつかの部品が滑り落ちる。
「きゃっ……!」
突然のことに少女自身も驚き、悲鳴を上げた。だが、その嵐はすぐに収まる。まるで嘘のように、吹き荒れていた魔力がすっと彼女の体の中に吸い込まれていったのだ。
「うそ……今まで、あんなに暴走していた魔力が……言うことを、聞く……?」
少女は自分の手のひらを見つめ、呆然と呟く。
彼女の周りには、先ほどまでとは比べ物にならないほど高密度な魔力が、穏やかに漂っていた。それはまるで、主の言うことを聞く忠実な使い魔のようだ。
どうやら、彼女が「落ちこぼれ」とされていた原因は、彼女自身の才能がありすぎたことと、それを制御するための魔道具が壊れていたことだったらしい。
やがて、少女はゆっくりと顔を上げ、まっすぐに俺の目を見た。
その蒼い瞳には、もう警戒の色はなかった。そこにあったのは、驚愕と、そして今まで見たことのない熱を帯びた光。
「君のスキルは……ゴミなんかじゃない」
凛とした声が、静かな店内に響く。
「これは……宝物だ」
それは、俺がずっと誰かに言ってほしかった言葉だった。
クランの誰からも理解されず、ゴミだと罵られ続けた俺のスキルを、彼女は初めて認めてくれた。胸の奥が、じわりと熱くなるのを感じた。
「……ありがとう、ございます」
やっとの思いで、俺はそう言葉を絞り出す。
少女は、白銀に輝く腕輪を愛おしそうに撫でながら、俺に向き直った。
「まだ、名前を聞いていなかった。君の名前は?」
「あ、俺は神崎翔琉、です」
「翔琉……。私は、氷室雫」
氷室雫。それが彼女の名前らしい。
彼女はすっと俺の前に歩み寄ると、真剣な瞳で俺を見つめた。
「翔琉。君のそのスキル、これから私のためにだけ使ってほしい」
「え……?」
予想外の言葉に、俺は間の抜けた声を上げることしかできなかった。
こうして、クランを追放されたFランクの俺と、才能を持て余した天才美少女の、奇妙な出会いは始まったのだった。
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