「ばかじゃないの!?」

「よし」


 この日のために新しく買った服に袖を通して、鏡の前で身だしなみを確認する。なるべくフォーマルに見えるような服装で、でもスーツみたいに堅苦しくない。ネットとかAIへの質問とかを参考に選んできたけど、まあ見てくれは悪くないと思う。

 普段あんまり弄ることのない髪もワックスで整える。気分はすっかり授業参観に行く保護者の気分だ。


 ……まあ、似たようなもんなんだけどさ、実際。これから日葵の公開授業に行こうとしてるんだし。

 いろいろ悩んだんだけど、結局俺は日葵の公開授業に行くことにした。行くことにした、なんて言うけど完全部外者の俺が簡単に日葵の高校に入れるわけがない。


 迷っていた俺は遠野に連絡をして、どうしたらいいかを相談した。もちろん日葵の事情なんてものは話してない。前に日葵のことを話した時もそうだけど、いくら友達とはいえ日葵の事情なんて言うのは簡単に話していいものじゃないことくらい俺にもわかる。

 だからかいつまんで事情を説明して、どうしたらいいかを相談したのだ。


『行ってあげたらいいじゃん。たぶん喜ぶんじゃないの?』

『そう簡単に言うなよ。家族でもなんでもない俺が日葵の高校に簡単に入れるわけないだろ?』

『たぶん大丈夫でしょ。そこ俺の母校だし。俺が話繋げてやるからさ』

『……は?』


 遠野の出身高校なんて聞いたことがなかったから、これには純粋に驚いた。今住んでるところは別に俺の地元とかじゃなかったからこの場所にある高校なんて知らないし、そもそも人の出身高校とか興味なかったし。大学なんていろんなところから人が集まってくるんだから、いちいちどこの高校出身とか聞いたりしない。

 流石に遠野が地元の人間だということくらいは知ってたけど……まあこの偶然に感謝だな。


 そこから遠野が本当に高校に連絡を入れてくれて、俺は日葵の担任の先生と話す機会を得ることができた。


『はじめまして。今日はよろしくお願いします』

『はい、よろしくね』


 日葵の担任の先生と高校の応接室で面談をする。俺が日葵の家族だったらこんなことする必要はないんだけど、まあ日葵の知り合いであるという以外は赤の他人だからな。俺みたいな立場のやつがほいほい学校に入れたらその方が問題だろ。

 自分が高校生だった頃はこんな学校の応接室なんて入ったことなかったから、変に緊張してしまう。日葵の公開授業に来させてほしいなんて要求、通らなくて当たり前なんだから緊張なんてしなくていいはずなのに。


『本日はお忙しい仲時間を割いてくださってありがとうございます。今日は事前にお伝えさせていただいた通り、お願いがあってここに来させていただきました』


 日葵の担任の先生は優しそうな中年の男性だった。眼鏡をかけて、スーツに身を包んだその先生は俺の話を黙って最後まで聞いてくれた。

 日葵のこと。今のこと。俺のこと……は、適当に。ただの大学生の俺に話すことなんてたいして無いし。


 ただ、日葵のことを全部話したわけじゃない。担任の先生に会う前に一応いろいろ調べた中に、学校の教師は虐待の事実を知った場合は施設に通報する義務がある、みたいなのを見かけたからだ。

 正直、全部を学校の先生に話すかどうかはめちゃくちゃ迷った。日葵が親から放置されてるっていうのは事実だし、昔母親の相手から襲われそうになったのも事実だと思う。


 でも現状は母親からほぼ離れて暮らしているし、それで日葵も安定した生活を送れている……と思う。日葵が望んでもないのにその現状を崩してしまうのはいかがなものか……とか、施設に通報して仮に日葵が引き取られたとして、基本的に施設っていうのは十八歳までしかいられない。条件が合えば二十歳くらいまではいられるらしいけど……。

 誰にも頼れないとか、どうしたらいいか右も左もわからない子供なら問答無用で通報してもらうべきだ。でも、今の日葵は別にそうじゃない。コンビニでバイトもしてるし、自立に向けてって言ったら語弊があるけど、親とは関係なく自分で働いて生きていける力がある。……と思う。


 いろいろ考えて、結局俺は担任の先生には日葵の現状についてはぼかして伝えた。親が公開授業に来れるような状況ではないけど日葵の生活は今安定しているし、代わりに俺が公開授業に来るようにしたい、みたいなことを拙い言葉ではあるけど一生懸命に伝えた。

 なんだろうな。本質的には俺には関係ない話のはずで、俺は別に日葵の家族でも親戚でも保護者でもなんでもないのに、ただ公開授業に来たいっていうだけの話をするのが大学の受験の時よりもよっぽど緊張するなんて。


 出会ってまだ数か月も経ってない女の子のために、何かしてやりたいって思う日が来るなんて全然予想してなかった。俺がそんな人間だなんて生まれてこの方俺自身も含めて誰も思ってなかっただろうな。

 でも、なんだろうな……あの不器用で何考えてるかよくわかんない女の子のことが放っておけない。俺が酔っぱらって家に連れ込んだのが始まりとはいえ、それから勝手に俺の家に来るようになってはいつの間にか住み着いてるような女の子だけど。


 それでも……日葵のためにできることはしてあげたい。そう思うようになっていた。この数か月の間に。たぶん、あの日から。

 日葵が家を飛び出していったあの日から、そう思う気持ちが強くなっていったんだと思う。


『わかりました。是非小鳥遊さんの授業を見に来てあげてください』

『ありがとうございます!』


 俺の話を信じたのかどうか。……いや、たぶんそこまで信じてはいないんだと思う。特に日葵の家庭事情的なものとかは。

 それでも日葵の先生は俺が公開授業に来ることを了承してくれた。


 そうして俺は日葵の授業を見に行けることになり、そして今日。

 日葵の公開授業がある日になったのだ。


 日葵の公開授業は午後だったから、午前中だけ大学に行って午後の講義は欠席した。普段から真面目に出席していれば一回くらい講義を欠席しても単位に影響はない。

 フォーマルな服装なんて大学の入学式の日に着たスーツくらいしか持ってなかったし、なんかスーツで行くのもどうよと思ってしまったのでアパレルショップに行って買ってきた。カジュアルとフォーマルの中間くらいで、たぶんこういう格好で行けば違和感は無いし、終わった後も普段着として着れるくらいの服だ。


 日葵には今日のことは内緒にしといた。


「ばかじゃないの!?」


 なんて、俺が学校に現れたら日葵が叫ぶに違いない。嬉しいと思ってくれるかはわからないけど。まあ怒られるんだろうな。

 でも、日葵にもこういう機会に自分のことを見に来てくれる人がいる。そういう思いを持ってもらってもいいじゃないか。


「……行くか!」


 そうして俺はあらかじめ先生から貰っていた許可証を鞄の中に入れて、家を後にしたのだ。

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