無音の着信履歴
夜中の二時。サトウは、枕元のスマートフォンが震える音で目を覚ました。
画面を見ると、着信履歴の通知。しかし、奇妙なことに、電話は鳴っていなかった。着信があった瞬間、音がしないままバイブレーションが一度震えただけだった。
発信元は「通知不可能」。時刻は「02:00:00」。着信時間は「0秒」。
「誤作動か」
サトウはそう思い、履歴を削除して再び眠りについた。
翌晩も、まったく同じ時間に、同じ「通知不可能」からの無音の着信があった。着信時間はやはり「0秒」。
サトウは気味が悪くなり、インターネットで検索した。すると、同じ現象に悩まされているという書き込みがいくつか見つかった。彼らはそれを「ゼロコール」と呼んでいた。
書き込みによると、「ゼロコール」は、受話器が拾う前に相手が切るため、音も時間も残らない。そして、このコールが増えるほど、その人の命が、何者かに強く求められている証拠だという、まことしやかな噂があった。
最初の週は、毎晩一度だけだったゼロコールが、二週目に入ると、深夜二時に二回、三回と増えていった。
三週目には、一晩に十回、無音のバイブレーションがサトウの眠りを妨げた。サトウは恐怖で眠れなくなり、夜の二時を過ぎると、布団の中で身を小さく丸めていた。
サトウはスマートフォンを窓の外に投げ捨てようかとも考えたが、ある日、ふと気づいた。
「ゼロコールは、履歴にしか残らない。通知が来ても、画面を開けば消えている。なぜ、履歴だけが残るんだ?」
サトウは自分の履歴画面をスクロールした。そこには、過去三週間分の、膨大な量の「通知不可能 0秒」という着信記録がずらりと並んでいた。
そして、その日、深夜二時。スマートフォンが震え、十一回目のゼロコールが履歴に追加された瞬間、サトウは履歴画面をタップした。
すると、画面は真っ暗になり、小さな文字が浮かび上がった。
『着信をタップしました。』
次の瞬間、サトウの周囲の音が、全て消えた。車が走る音も、遠くの犬の鳴き声も、エアコンの動作音も。
サトウは恐る恐る自分の耳に指を当てた。
「…聞こえない」
ゼロコールは、着信中にその人の周囲の音を全て吸い取る。そして、受話器が拾う前に切断されることで、着信した0秒間に吸い取った音を、履歴の中に閉じ込めていたのだ。
サトウが履歴をタップしたことで、閉じ込められていた「静寂」が、サトウの世界に解放された。
無音の世界で、サトウは履歴画面をもう一度見た。
「通知不可能 0秒」の文字の隣に、一つだけ「通話時間:現在進行形」と表示されている。
サトウは気づいた。この電話を切ることができるのは、相手だけだ。そして、相手は、サトウが「ゼロコール」をタップするのを、この三週間、ずっと待っていたのだ。
サトウの世界から音は消え、着信画面だけが、永遠に通話中であることを示し続けた。
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