7話 つい

Chapter1_1


「高梨さん、今日は別の女の子が来てるわよ。信人ったらモテモテね」

「お母さん、おじゃまします」


 信人の家へと向かった李依は、完全スルーで階段を駆け上がり、信人の部屋に飛び込んだ。


「どういうこと! 説明して!」

「まずは、神坂さんにお礼が先でしょ」

「本当に助かったわ、ありがとう、神坂さん」


Chapter1_2


「どういたしまして、高梨さん」

「で!? だから、信人! 何がどうなってるのよ!」


「それが、あの後、心配でずっと廊下で中村先輩と李依の心の声を聞いてたんだけど」


「いい人っぽく言ってるけど、それってどうなの? 私の声は聞く必要あった?」

「まあ、それは、ついでに」

「ほんと、いい加減にして!」


Chapter1_3


「そうしたら、中村先輩のやべ――声が出るわ出るわ。二人の後を付けることにしたんだけど、途中で見失っちゃって、それで、神坂さんに急遽出動してもらったってわけ」


「後半、全然意味わかんないんですけど! なんでそこで、神坂さんが出てくるわけ!?」


「あれ、言ってなかったっけ? 神坂さんの能力」


Chapter1_4


「私から言わせて下さい」


 神坂さんが神妙な面持ちで李依の方へ近付いてくる。


「ずっと、前から好きでした。付き合って下さい」

「そっちじゃない!」


 相変わらず、ツッコミが早い李依。


「ごめんなさい。つい」

「ついって、何よ!」


 この百合っ子がこそが、信人の自転車に並走を続けていた女子生徒である。


Chapter1_5


「あん中村げなゆうサッカー部んやつ、うちん高梨しゃんに手ば出しゅっちは、どげんゆうこった! よか度胸しとる、ゆるされんちゃ! ちかっぱ羨ましか――」


 信人はこのストーカーチックな心の叫びに惚れ込み彼女を仲間に誘い入れたのである。


「一度会ったことのある人なら私その人の身体に憑依できるの」


Chapter1_6


「正確には身体と中身が10秒程度入れ替わるだけだから『交換』って呼んでるけど」


「あなた、それってまじ? 本物の能力者じゃない!」


「高梨さんだって予知能力者だって聞いたわよ。信人君だって私の心が読めるみたいだし」


「そんな、大層なもんじゃないわよ。それに、あいつのはただの覗き魔だしね」


Chapter1_7


「ちょっと待って、なんだか、扱いが随分ぞんざいじゃないですか?」

「あら、そう? 本当のことじゃない。変質者の方がよかったかしら」


 少し離れたところから羨ましそうに二人を見つめる神坂さん。


「それはそうと答え合わせがまだだったよね。それで結局、何カップなのさ?」

「やっぱり変質者じゃない」


Chapter1_8


「ふ――ん、Dか――」

「信人、あなた! また、使ったわね!」


 そこへ、満を持して神坂さんが割って入った。


「おかしいなぁ――、あのボリュームというか、感触だと……EかFはあったんじゃないかなぁ――」


「神坂さん、あなた……まさか!」


 洗面台の鏡には息を吐いて書いた文字が浮かび上がっている。


Chapter1_9


「ぐへへへ、間に合ってよかった」


「鏡が曇るほどって、あなた、どんだけ興奮してたのよ! てか、うまく誤魔化したわね」


「こぎゃん、チャンスそ――そ――なかっち、つい」


 信人なんかよりも、よっぽど変質者に似つかわしい表情を浮かべる神坂さんであった。


「ついって、なんだぁぁぁ――――――!!」


Chapter2_1


「高梨さん、昔みたいにすみれって呼んでよ」

「リレーの選手、譲ってあげた仲じゃない?」

「自転車で転んで骨折するの本当に怖かったんだから」


「えっ、神坂さんてあのすみれなの? ていうかその言い方ってまさか!?」 


「わざと骨折したの、つい」

「だから、その『つい』って何よ! はやらせたいの!?」


Chapter2_2


「小学校時代の李依と神坂さんの一件は願いの力でも予知能力でもましてや偶然なんかでもなかったんだね。屈服?」

「うるさいわね――!」


「李依の喜ぶ顔が見たくて、つい」


「あなたねぇ――、そういうことはもう二度としないで! あんな方法でリレーの選手になれたからって私が喜ぶわけないじゃない!」


Chapter2_3


「結構、喜んでたみたいだったけど?」

「だから信人は黙ってて!」


「ごめんなさい。でもよかった。李依、お父さんを事故で亡くしてから誰とも関わろうとしなくなったじゃない? 私も、何度も話しかけようとしたんだけど、なぜだかどうしてもできなくて、そんな自分が許せなかったの」


「そ、それは……」


Chapter2_4


「それは、神坂さんのせいじゃない。だから神坂さんが気に病むことはないよ」


 何も言い返せない李依。


「けど、信人君と最近楽しそうにしてるから安心してたんだ」

「安心? いやいや、嫉妬でしょ?」


「信人君のその力、普通にウザいんですけど」

「でしょ、プライバシーの侵害でいつか訴えてやろうかしら」


Chapter2_5


「でも信人君には感謝してるんだ。その能力のお陰でまた李依と話すことができたんだもの」


 人との関わりを完全に絶ってきたあの7年間は一体何だったのだろう。これ以上罪を重ねてはいけないとの思いからとった行動で、こんなにも身近にいてくれた大切な友人に罪の意識を植え付けてしまっていたなんて。


Chapter2_6


「すみれ、ごめんなさい。これからまたよろしくね」


 すみれを抱きしめる李依。


「ぐへへへ」

 

「あなた、何か勘違いしてない? 友達としてよ、友達として」

「そうよね。まずは、お友達からよね」

「だから、『から』も『まで』もない! あなたとは一生友達よ!」


「ぐぬぬ」


 すみれは複雑な表情で涙を浮かべた。


Chapter3_1


「すみれ、信人のお母さんには会った?」

「うん。なんかすごかった」

「ママに対する第一印象って二人とも共通なんだね」


「ママ?」

「そう、そう、この人マザコンなのよ」

「ママがムスコンなんだって」


「だから、ママがってそれがマザコンなのよ! って、なんだかこのやり取りにもいい加減、飽きたわね」


Chapter3_2


「高梨さん、呼んだかしら――」

「別に呼んでませんけど」


「それで? 神坂さんは信人とどういう関係なのかしら?」

「ママ、実は、たった今、神坂さんが高梨さんに告白したところなんだ」


 いたずらに話をややこしくしたがる信人。


「あら、そうなの。安心したわ。てっきり、三角関係の修羅場かと思ったわ」


Chapter3_3


「二人の距離を縮めるためには……そうね! 肝試しね!」

「ちょっと、何言ってるか分からないんですけど」


「私は信人と親睦を深めるから、神坂さんは高梨さんと……」

「いいですね――」


 信人ママと結託するすみれ。


「ちょっ、すみれ!」

「それじゃ――! 今度の週末はドキドキ肝試し大会開催決定ね!!」

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