6話 能力の使い方

Chapter1_1


 信人は李依の能力の使い方について考えていた。例えば、李依が生徒会長選挙に立候補するとして、当選するために彼女は何を願うだろう。


「みんなが私に清き一票を入れてくれますように……」


 って下手くそか! そんなことを願えば生徒の全票を獲得。すぐに選挙管理委員会から疑いの目を向けられてしまう。


Chapter1_2


 すると、彼女はすかさずこう願うだろう。


「選挙管理委員会が私に対する疑いの目をつぶってくれますように……」


 って、怖い、怖い、怖い、そんなブラックな生徒会長が牛耳る悪の組織みたいな高校を作り出してどうする。そんな組織の頂点に李依と二人で君臨するなんて、妄想するだけでも心が病んでくる。


Chapter1_3


 そう考えると、李依の能力って使い勝手が悪いというか、意図的な使用が難しいというか。信人は李依の能力についてはしばらく封印することにした。となると僕の能力だけど。


「李依が7で、僕は1。何の数字だか分かる?」

「社会から必要とされていない順番かしら」


 相変わらず皮肉方面の頭の回転が速い。


Chapter1_4


「僕ワースト1ですか? てか自己評価も低!」

「私は人に厳しいけど、自分にも厳しいのよ!」

「正解はクラスで僕たちに好意をもってくれている人の数さ」

「ホント悪趣味ね。てかここまでくると覗き魔だわ」

「窓際の読書美人(ブックマスター)だって」

「何よそれ?」

「彼らの中での李依のコードネーム」


Chapter1_5


「コードネーム? それじゃ、私が悪の組織の頂点にでも君臨しているみたいじゃない!」


 提案次第でそうなっていたかと思うと、信人は素直に笑えなかった。


「それから、女の子が一人。神坂さん」

「困っちゃうわね。私くらいになると同性からも好かれちゃうのよね」

「それが、愛されちゃってるみたいだよ」


Chapter1_6


「それから番外編がもう一人」

「番外編?」

「サッカー部の中村先輩!」


 急に声色が変わる李依。


「サッカー部キャプテン、校内一のイケメン、成績もトップクラス、全女子生徒の憧れの的……そんな中村先輩が、私のことを?」


「ごめん、ごめん、嘘、嘘」

「はっ!! あなたね――、ほんと信じられない!!」


Chapter1_7


「予想以上の反応でびっくりしたよ」


「そりゃ――私だって……中村先輩よ……先輩と1回でもいいからデートとかできたらいいのになぁ……」


「李依! それ!?」


 一瞬、言葉を失う二人。


「ぎゃああああああ――――――!! どうするのよ! 願っちゃったじゃない!!」


「そうだね。しっかり願っちゃったね」


Chapter1_8


 ひとまず封印と語った舌の根の乾かぬうちに能力発動。物語が動くきっかけは、結局いつも李依の気まぐれな一言からである。


「なんであんなに冷静なのよ! さては信人! ハメたわね!」


「頃合いかな」


 信人はにやにやしながら教室の後ろのドアから退室していった。それと入れ替わるように前のドアが開いた。


Chapter1_9


「高梨さん、ちょっといいかな?」


 な、な、な、中村先輩!!


「映画のチケットがちょうど二枚あるんだけど……いっしょにどうかなって?」


「嘘? なんで私なんですか?」

「前から、気になってて……」


 えっ……? もう意味が分からない!


「やっぱり、嫌かな?」


「いえ、大丈夫です。私なんかでよかったら」


Chapter2_1


 李依は中村先輩の自転車の後ろに乗っていた。後輪軸にしっかりと固定されたステップに足をかけ、先輩の肩をギュッと掴んでいる。二人乗りが違法だろうが、アニメ化されたときに面倒なことになろうが、今の李依には関係なかった。映画の上映時間が迫っているらしい。かなりのスピードで坂を下っている。


Chapter2_2


 そのはるか後方から信人も自転車で後を付けている。それと並走する一人の女子生徒。嘘だろ? 今、時速何キロだ? かなりの急勾配の下り坂をほぼノーブレーキである。60キロは出てるんじゃないか? 驚くのはそのスピードだけではない。かれこれもう5分以上は並走を続けているが、全くバテる気配がない。


Chapter2_3


「何なんだ? この化け物じみたスタミナは!」


 信人は猛スピードで並走を続ける女子生徒の心の声に照準を合わせた。


「これは面白い! 使えるかもしれない!」


 込み上げてくる笑いをかみ殺し、自転車のスピードを全く緩めずに声をかける信人。その女子生徒は息一つ切らさず、彼の問いかけに応じるのだった。


Chapter2_4


 映画館に到着する二人。どうにか、上演時間には間に合いそうである。そそくさと自動券売機で座席指定を済ませると、売店で何とか飲み物だけは購入することができた。平日ということもあり館内は閑散としていた。それは本編が始まってすぐのことだった。先輩がいきなり李依の左手を握ってきたのである。


Chapter2_5


 李依は驚きのあまりその場で立ち上がってしまった。後ろの席から露骨な舌打ちを食らい、すぐに再着席する彼女。ところが、大幅に的が外れてしまい、尻とジュースが激突。先輩のシャツにこぼれてしまった。堪らず、身を屈めて館内を後にする。二人は男女のトイレの間にあるフリースペースにかけ込んだ。


Chapter3_1


 ジュースまみれのシャツの裾をめくり上げ洗面台で絞り始める先輩。鏡にはサッカー部で鍛え上げられた腹筋が映し出されていた。


「何あの腹筋! 見ちゃまずいわよね……」


 潔いほどのガン見である。

 

「ごめんなさい! 大丈夫ですか?」

「本当だよ、まったく」


 急に目の色が変わる先輩に身の危険を感じる李依。


Chapter3_2


「スポーツ万能、成績優秀、イケメン」

「君も俺のことが好きなんだろ!」

「ならいいじゃん!」


「ちょっと、何言ってるか分からないんですけど」

「前から、気になってたって言ったじゃん!」

「高梨さんのそれ、いくつ?」


 先輩の呼吸がみるみる荒くなっていく。


「だから、何カップかって聞いてんだよ!」


Chapter3_3


「前から、気になってたって、私のことじゃなくて、そっち!?」

「言わなくていいよ。自分で確かめるから」


 李依との距離を詰める先輩。胸元に魔の手が迫る。


「きゃああああ――――――!!」


「間一髪ってところだね」

「信人の部屋? えっ、何で?」


 窓に写り込んでいる己を目視する李依。


「神坂さん?」


Chapter3_4


「きさん、こんやろう! 高梨しゃんの身体になんしょっと!」


 李依の視界が再び切り替わる。映画館のあの現場である。右の拳がじんじん痛み、とても熱い。外に目をやると全速力で遠ざかる先輩の後姿がかすかに視認できた。洗面台の鏡には息を吐いて書いた文字が浮かび上がっている。間に合ってよかった。

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