第七話 人生が二度あれど
7-1
おれ、
揃って同じ大学に合格したその日、友達たちみんなでお祝いパーティをして、帰り際、二人きりになったときに彼にそう言われたことを小鳥はまるで昨日のことのように覚えている。彼が自分のことを気になっているのはわかっていたが、小鳥はそれについて特別な反応を示さなかった。その期間は、悪い気はしないぐらいの気持ちだった。でも、日々優しくされて、温かくされて、だんだん小鳥も彼のことが気になるようになっていった。そして告白されて……それでもそのときは断った。彼のことは嫌いなどではなかったが、付き合うほど好きではなかったからだ。それでも彼のことを振った罪悪感がちょっとだけ残り続けて、そして大学一年生の夏、自分の誕生日にプレゼントをくれて、彼は再度告白してきた。そして——小鳥はOKした。一度ぐらい、人生で“お付き合い”というものをしてみるのも悪くないかな、ぐらいの気持ちで。そんなに彼に惚れていたわけではなかった。
でも、日々一緒にいるうちに、彼が自分の喜ぶこと、楽しいことをたくさんしてくれる中、だんだん小鳥も彼に会いたいと思うようになり、彼がいないと寂しいと思うようになり、彼に本気になっていった。少しずつ恋を育んでいったのだ。あの二度目の告白から、いや、最初の告白から、いやいや、彼が自分に対してほのかな恋心を抱いていることを何となく気づいてから、小鳥は、ああ自分は幸せな女なんだな、と思うようになっていったのかもしれない。
このまま彼とずっと一緒にいたかった。小鳥は付き合った人と結婚すると思うタイプだった。そして彼は結婚相手として真剣に悩めるぐらい、素敵な男性だった。だからこのまま大学を卒業して就職なり夢を叶えるなりして、結婚して、子どもを作って……なんて未来予想図をちょっとずつ考え始めた大学一年生の冬、彼は死んだ。
元々病気があったことは知っていた。子どもの頃から抱えるようになった国指定の難病を持っていた、ということはちゃんと聞かされていた。でもそれがこんな十九歳の若さで死んでしまうような重大な病気だとは小鳥は思わなかった。それだけ彼は毎日元気で、笑顔いっぱいだったから。
秋の終わりぐらいからだんだん大学を休み始めて、冬の始まりに入院するようになり、そして真冬の真夜中に、彼は死んだ。
いつも小鳥はお見舞いに行っていた。日に日に弱っていく彼が居た堪れなかった。それでも好きだった。それでも愛は日に日に膨らんでいった。彼はいつもニコニコしていた。病気になる前から、彼は“ニコニコ”が地顔のようだった。それが可愛らしくて、愛おしくて、恋しくて……その“ニコニコ”を、小鳥はもう数枚の写真でしか見ることができない。二人はほとんど写真を残さなかった。小鳥は写真に興味がなかったから。そんな中で撮影した数枚の写真。もっと写真を撮っておけばよかったと思うし、動画を撮っていればよかったと思う。でも、そうじゃなくてよかったのかもしれない。もしかしたら彼の顔を見なければ、彼を思い出さなくなるかもしれないと思ったから。
どちらにせよ毎日毎晩彼を思うのだけれど。
小鳥は死んでしまった彼にまずショックを受け、哀しみを抱き、そしてどうして自分を置いて死んでしまったんだという怒りを覚え——そして時が経ち冷静さを、落ち着きを取り戻し……それでも“彼はもういないのだ”と朝が来るたび思っていた。どうして彼がいないのかよくわからない。どうして彼が自分のそばにいないのか、小鳥はよくわからない。ただ、もう、いない、という現実だけがそこにあった。それが小鳥にとって苦しいことなのかどうなのか、小鳥にはちょっとよくわからない。とにかくそれを抱き続けることが小鳥の常態になっていたから。
小鳥と彼の関係を知っている者は誰もいなかった。友達たちには内緒の恋だった。何となく秘密にしておきたかった。それだけ二人の世界が広がるような気がして。だから彼にも他の人には言わないでねと言っておいて、彼もその約束を守ってくれた。家族にも言わなかったようだ。それは、彼は一人暮らしだったし、わざわざ言う必要がなかったというのもあるだろう、と小鳥は思った。そして自分の家族ももちろん知らない。親は恋愛をいかがわしいものだと思っていたから、恋人ができたことを何となく言いづらかったのだ。もちろん言ったら言ったでそれで邪魔をされることはないだろうとは思ったが、何か言われるんじゃないかと思うことが彼女に告白を遮断させていた。彼との付き合いを知っているのは病院の医師と看護師だけだった。
なぜ病院に日々お見舞いに行っていたと言うのに彼の家族親族と顔を合わせる機会がなかったかというと、彼がそのようにコントロールしたからであった。この日のこの時間帯は家族が来るから来ないでほしい、と言われた。彼がどうして自分との関係性を秘密にしておきたかったのかよくわからないが、自分だって両親に秘密にしているのだからさほど不自然なことではない。ただ、言葉の端々から、彼が自分の血族をあまり好いていないことはどことなくわかっていたので、つまりそういうことなんだろうな、とだけ小鳥は思った。
彼は自分が生きている間に小鳥にいろんなものをくれた。きっと小鳥ちゃんはおれの遺品が受け取れないから、今のうちにもらっておいてくれ、と言われて。いろんなものをくれた。欲しかったもの、好きなもの、そして彼の私物……いろんなものをくれた。小鳥は嬉しかった。でも、彼がプレゼントをくれる度に彼が寿命を削っているような気がしてならなかった。それでもプレゼントをいらないなどとはとても言えなかったし、できることならこのままいつまでもずっと贈り物が欲しかった。でも、それが物じゃなくて、彼と一緒にいる、という時間であればいいのにと思っていた。それももう叶わない。それがわかっていても、彼といたかった。
彼の葬式には一般客として参加した。当然、親族席に小鳥はいないし、小鳥自身それを望まなかった。彼に会いたくないと思われていた親族の席に座るということが嫌だった。だからそれでよかったのだろうと思う。でも、それでよかったのかどうか、よくわからない。
よくわからない。
よくわからない。
彼がいない、彼はもういないんだな、という事実が、よくわからない。
本当に好きだった。本当に好きだったのだ。その彼は、もう、いない——。
空虚な気持ちが常態の中、普段通りに日々を過ごし、やがて大学を卒業して、小鳥は念願の保育士になることができて、毎日は忙しい。充実していると言えるだろう。彼がいないというただ一つの現実だけを除けば。
どうして彼はいないんだろう。
あなたに会いたい。
ただその気持ちだけがそこにあった。そしてその気持ちは日に日に膨らんでいった。いつピークというものが来るのかと思っていた。ピークというものが来たらあとは右肩下がりに想いが冷めていくのかななんて思っていたが、そんな瞬間が来る気配は微塵もない。とにかく彼のことがずっとずっと、好きだった。
——そんなある日、ネットサーフィンをしていたら発見した、科学者だという男性のサイトを見て……そして今、小鳥は今、研究所というマンションにいる。
彼に会いたい。彼にもう一度会いたい。彼ともう一度話がしたい。
たとえ夢でも……会いたかった。
それが小鳥の夢だった。
「ふむ。あなたの意識が彼の死を強烈に自分自身に焼き付けているっぽいので、これは多分、再会、というよりは、再生、になりそうですが」
と、十三は膝の上で両手を組んで小鳥に言った。
小鳥は答える。
「構いません。あの人に会えるなら」
「ふむ。でも
「あの人のことが好きな気持ちしかなくて。あの人以外の男性なんて考えられません」
「五年間も想っているんですねぇ」
「私の時計が止まってしまったみたいで」
小鳥はやや苦笑した。何もない微笑み、だった。
そこで十三は、ちょっと目を天井にやって、少し考えてからやがて喋り始めた。
「“彼に会いたい”というのがあなたの夢だとして、あなたの夢が夢見た通りに叶ったとして、それでもそれはあくまでも、夢です。夢から覚めたら、やっぱりその人のいないという現実が続いていくだけです。あなたはそれに耐えられますか」
「それでも会いたくて仕方がないんです。会いたいんです——会いたいんです」
これはもう、一旦夢見させてやらないと、この女の子は満足しないだろうな、と十三は思った。でも、どのみち満足なんてできなくなるんじゃないか、と思ったが、
「まあ、あなたの人生がどうなろうがそこは別にどうでもいいんですが」
といつもの口癖を発する。すると小鳥はにっこりと微笑んだ。
「あの人に会えない人生なら——何のための人生なのか、よくわからないから」
「いいでしょう。それでは……実験を開始させていただきますよ」
「はい。よろしくお願いします」
果たして小鳥は愛する彼と再び会えるのか。
——夢が、始まる。
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