勇者テルオのリアルガチ受難~姫はゴリラで魔王は常識人!?~
月影 流詩亜
第1話 召喚はドッキリじゃねーの!? ヤバいよヤバいよ!
⚠️
この作品はフィクションです。
─ 実際の人物・団体・事件・地名・他の創作ドラマには一切関係ありません ──
◇◇◇◇
「いいか、お前ら! 絶対に押すなよ! わかってるな!? 絶対に押すなよ!」
スタジオに、俺、
目の前には、もうもうと湯気を立てる巨大な湯船。
そう、今や俺の代名詞ともなった『熱湯風呂リアクション芸』の収録中である。
「ヤバいよヤバいよ! リアルガチで熱いんだって、これ!」
「テルオさーん、早く入っちゃってくださいよー!」
お決まりの掛け合い。背後には、ニヤニヤしながら俺を押そうと手ぐすね引く後輩芸人たち。
いつもの流れだ。いつもの仕事場。いつもの……はずだった。
後輩の一人が「えーい!」と俺の背中に手をかけた、その瞬間……
「うわあああ! だから押すなって……え?」
足元が、熱湯の衝撃とはまったく異なる、眩い光に包まれた。
床に複雑怪奇な模様が、まるでプロジェクションマッピングのように浮かび上がる。
「え? なにこれ? 新しい仕掛け? 床抜けるやつ!? ヤバい! ヤバいって!」
俺が次のリアクションを取る間もなく、足元の光は爆発的な輝きを放ち、俺の意識は真っ白な光に呑み込まれた。
「……うわあああ……」
情けない着地と共に、俺は固い石の床に尻もちをついていた。
まだ熱湯風呂のハッピ姿のままだ。
「痛って……いや、痛い痛い! リアルに尻打った!」
顔を上げると、そこはスタジオではなかった。
高い天井、並び立つ巨大な石柱、燃え盛る松明。
そして、目の前には……なんか、すごいヒゲを生やした、いかにも「王様」って感じの衣装を着たオジサンと、怪しげなローブを羽織った魔術師みたいなジイサンが、俺をポカンと見ている。
「…………はっ?」俺の第一声は、それだった。
「(えっ? ここどこ? ドッキリ? カメラは? クレーンカメラどこだよ ? )」
俺がキョロキョロとスタジオの隅を探していると、王様がハッと我に返ったように一歩前に出た。
「おお……! 来た! 本当に来てくださった!」
「はっ?」
「文献は真であった! 『熱湯の試練』を乗り越えし時、異界より『リアクション・スター』……いや、伝説の勇者が現れると!」
王様は、なぜか号泣しながら俺の手を握った。
「(リアクション・スター? 俺のこと? えっ、俺の『伝説』、こっちの世界まで届いちゃってる感じ? ていうか、この王様、演技うまくね? )」
俺はまだ、これが壮大なドッキリ番組だと信じて疑わなかった。このリアルすぎるセットとエキストラ、金かかってるなと。
「勇者テルオ様! どうか、我らをお救いください!」
「いや、俺『出井』だから。勇者とかじゃないし……」
「魔王の手によって、我が最愛の娘、イライザ姫が……!」
「姫!? 魔王!?」
おいおい、設定がベタすぎるだろ。どの局の特番だよ。
俺が「いやいや、そういうコント聞いてないよ!」とツッコミを入れようとした瞬間、王様は懐から一枚の肖像画を取り出した。
「これが、囚われの姫の肖像画にございます……」
その絵を見た瞬間、俺の全身に電流が走った。
「…………うわ、すげー美人! リアル天使じゃん!」
そこに描かれていたのは、金色の髪をなびかせ、透き通るような青い瞳でこちらに微笑みかける、この世のものとは思えぬ美少女だった。
俺の脳内で、卑しい計算が高速で回転し始める。
「(えっ? もしかして、この姫を助けたら、俺…結婚とかできちゃう感じ!? あの熱湯風呂のノリで、まさかの玉の輿!? 異世界ハーレム!? )」
俺のやる気スイッチは、音を立ててオンになった。
「やるよ! やるやる! 俺、やります! 」
「おお、さすがは勇者様!」
「任せとけって! 魔王だか大魔王だか知らないけど、俺がサクッと倒して、姫、助けちゃうから!」
下心丸出しで快諾した俺に、王様は感涙しながら頷いた。
「では、これを! 伝説の装備にございます!」
魔術師のジイサンが、厳かに箱を捧げ持ってきた。
来た! チートアイテム! これで俺も無双状態!
ワクワクしながら箱を開けた俺は、絶句した。
「…………えっ?」
中に入っていたのは、見るからに錆びついた剣と、ところどころ穴が開き、サイズもブカブカな……というかピチピチな部分もあるボロボロの鎧だった。
「……あのさあ、これ小道具しょぼくない?
もうちょいマシなのあったでしょ?
リアルに切れ味悪そうなんだけど!」
「ご武運を!」
俺のクレームは、王様の力強い一言にかき消された。
「えっ? ちょ、心の準備が! 地図とかは!?」
「勇者様の道は、光が照らしておりましょう!」
ジイサンが再び何やら呪文を唱え始め、俺の足元が、さっきと同じように光り始める。
「えっ? もう行くの!? 強制的に!? ヤバい! ヤバいって!」
俺の最後の叫びは、またしても光の中に吸い込まれていった。
次に目を開けた時、俺は薄暗い森の中に一人、立っていた。
さっきの城も王様もいない。あるのは、不気味にざわめく木々と、獣の遠吠えだけ。
「……………」
しーん、と静まり返る森。
ハッピ姿に、錆びた剣とボロボロの鎧。
最悪のコスプレだ。
「……………」
俺は、ゆっくりと空を見上げた。
「……って、マジで一人じゃん! リアルガチで!
聞いてないよぉぉぉぉぉ!!」
勇者テルオ、異世界での第一声は、誰に届くこともなく、不気味な森に虚しく響き渡った。
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