第2話 姫がゴリラ!? リアルガチで聞いてないよ!
「聞いてないよぉぉぉぉぉ!!」
俺、出井テルオの絶叫は、不気味なほど静かな森に吸い込まれていった。
誰のツッコミも入らない。笑い声も、カンペを出すスタッフもいない。
「(……マジか、マジで一人か……すごいセットだな、おい。金かかってるな、このロケ)」
俺はまだ、これが壮大なドッキリ番組、おそらく海外ロケである可能性を捨てきれずにいた。
ハッピ姿に錆びた剣。このアンバランスさ、いかにもテレビ的だ。
「カメラどこだよ! 隠しカメラ! 出てこい!」
俺が森に向かって虚しく叫んでいた、その時だった。
ガサガサ、と足元の茂みが揺れた。
「おっ?」
茂みから、ぷるん、とした青いゼリー状の物体が飛び出してきた。大きさはバスケットボールくらい。目(?)が二つ、ちょこんとついている。
「……うわ、何これ。スライム? ゲームの?」
俺の芸人魂が、恐怖よりも先に頭をもたげる。
(よし、ここはセオリー通り……)
俺は人差し指を立て、ビクビクするフリをしながら、その青い物体に近づいた。
「わっ、わ、わ、なんだこれ! ぷにぷにしてるぞ! 美味そう……いや、美味くねーよ!」
指でツン、と突いてみる……その瞬間、
「冷たっ!?」
ゼリー状の物体が、猛烈な勢いで俺の指に体当たりしてきた。
いや、体当たりというか、溶解液のようなもので包み込もうとしてきた!
「痛っ! 痛い! 痛いって! リアルに痛いんだけど!」
慌てて手を引くが、指先がヒリヒリと赤くなっている。
スライム(仮)は、なおも「もう一回!」とでも言うように、ぷるんと跳ねて体勢を整えている。
「(ヤバいよヤバいよ! これ、ドッキリじゃない! リアルガチなやつだ! 痛みがガチのやつだ!)」
ドッキリなら、スタッフが止めるか、せめて「テルオさん、ナイスリアクションです!」と声がかかる。だが、森は静まり返ったまま。スライム(仮)だけが、俺を獲物としてロックオンしている。
「うわあああ! 来るな! あっち行け!」
俺は恐怖に駆られ、王様から
ヒュン! カスッ。ヒュン!
情けない空振り。
スライムは、それをあざ笑うかのように、ピョンピョンと避けている。
「死ぬ! 俺、死ぬ! 異世界ロケでスライムに殺されるって、どんな三流芸人だよ!」
泣きながら剣を振り回し続けること、約5分。
スライムは、急にピタッと動きを止め……ぷるんと一揺れすると、興味を失くしたように森の奥へ去っていった。
「…………行った?」
俺は、その場にへたり込んだ。
ハッピは泥だらけ、手は剣を握りしめたせいでマメだらけ。
「……帰りたい。マジで帰りたい……」
しかし、帰る方法など知るよしもない。
俺は、あの絶世の美女・イライザ姫の肖像画だけを心の支えに、重い足を引きずった。
「姫……姫さえ助ければ、この悪夢も終わるはず……」
泣きながら奇跡的に森を抜けると、目の前にボロボロの砦が姿を現した。
「ここかよ! 想像より汚い! 魔王の城って、もっとこう、黒くてトゲトゲしてるもんじゃないの!?」
俺は、ビクビクしながら砦の門をくぐった。
中は静まり返っていた。
「(おかしいな……。普通、ここら辺に緑色のヤツ、ゴブリン? とかいるんじゃないの? スタッフさん、休憩中?」
リアルな恐怖と、テレビ番組の常識が脳内でせめぎ合う。
だが、ここまで来たら引き返せない。俺は、何故か無傷で最上階らしき牢屋の前にたどり着いた。
薄暗い鉄格子。奥に、誰かがうずくまっている気配がする。
「……ひ、姫ー! イライザ姫ー!」
震える声で呼びかける。
「助けに……来た…よ…?」
牢の奥で、影がゆっくりと立ち上がった。
ギシギシ、と床が鳴る。想像していた可憐なシルエットとは似ても似つかない。
デカい……
リアルガチで、デカい。
影が、鉄格子の前にゆっくりと歩み寄る。
「あらん?」
聞こえてきたのは、少女のか細い声ではなく、ドスの効いた……いや、妙に張りのある中年女性の声だった。
「あなたが、噂の勇者様?」
次の瞬間、俺は目を疑った。
その影……囚われているはずの姫(?)は、鉄格子を両手で掴むと、「邪魔ね」と呟き、いとも簡単に内側からひん曲げたのだ。
ミシミシミシ!!!
金属の断末魔。
そして、牢から踏み出してきた、その人物の姿が、松明の光に照らされる。
推定身長2メートル超
岩のような上腕二頭筋
丸太のような太もも
囚われのドレスだったものは、はち切れ申し訳程度に体に張り付いている。
どう見ても、歴戦の傭兵か、山賊の頭領。
「……思ったより、小柄ね」
その人物は、俺を品定めするように見下ろし、ニカッと笑った。
俺は、頭が真っ白になった。
脳内で、あの肖像画の天使のような姫君が、バラバラに砕け散っていく。
「……………」
「……………で、でたー!」
俺の喉から、人生最大のリアクションが絞り出された。
「誰!? あなた誰!? 姫は!? 肖像画と全然違うんだけど! ヤバいよヤバいよ! リアルガチでヤバいよ!!」
俺の、本気の恐怖に満ちた絶叫。
それを聞いた「姫」は、しかし、驚くでも怒るでもなく、その筋骨隆々の頬を、ぽっと赤らめた。
「まあ!」
そして、うっとりとした目で、俺を見つめ返してきた。
「なんて情熱的な方! わたくしに一目惚れして、言葉を失うほど興奮なさってるのね! わかるわ、その気持ち!」
「えっ?」
「わたくしがイライザよ! さあ、こんな埃っぽいところ、早めに出ましょう!」
イライザ(仮)が、その丸太のような腕を俺に差し出す。
俺の脳は、この怒涛の情報量を処理しきれなかった。
「(……一目惚れ? 興奮? 違う、恐怖! 恐怖だって! 話が通じない! ヤバい! この人、一番ヤバいタイプだ!)」
「あっ……あぁ……」
俺の視界はゆっくりと暗転し、俺は、泡を吹いてその場に倒れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます