やおびくに
月兎耳
第1話
近未来。
爛熟した文化と生活に、人類は種として増えることを放棄してしまった。
今や自然に生まれる子供は世界でたった数千人。
どんな少子化対策も意味をなさず、止まらない人口減少に困り果てた人類は、ヒトをリサイクルする事にした。
端末をなぞる男の指先に「彼」を思い出して、マナは眉を下げた。
「どうかした?」
「ううん、大丈夫。」
心配げに頬に触れる男の手から首を振る素振りで逃げた。
「なんでもないから、もっと、お仕事のお話しとか聞かせて?」
「もちろん。でも、ずっとここじゃ味気ないから近くの公園まで歩かない?」
「うん。」
差し出された手を、少しだけ躊躇ってから取った。
庁舎から出ると、目の前に紅葉の並木が続いていた。
マナが以前目覚めた時は桜だった気がする。
「この仕事、長いの?」
「……ごめんなさい、自分のことはあまり話しちゃいけないの。」
労働人口の減少に悩んだ時の政府は、死んだ人間の脳をアンドロイドに移植し、適正に応じて仕事をさせることにした。
痛んだり、老化した脳はトリミングして単純作業へ。
若く賢い脳は複雑な思考を要する要職へ。
「Reノイド」と言われる彼等は機械の体と人間の脳を持ち、肉体労働も頭脳労働も、AIには不可能な感情労働でさえこなせた。
Reノイドとしてマナに与えられた仕事は「傾聴」だった。
人間のストレス緩和や、Reノイドの脳疲労ケアを目的とした、早い話が話し相手だ。
「貴方の事がもっと聞きたいなぁ。」
「僕の話かぁ。君からは、僕ってどんな風に見える?」
「優しそうに見える。それから、肌があんまり日焼けしてなくて、髪を染めてる。」
Reノイドと生身の人間の人権は区別されている。
感情をぶつけても良い相手として、いきなり怒鳴りつけられたり、暴力を振るわれることもあった。
それがないだけ、目の前の男は優しかった。
「どんな仕事してると思う?当ててみて。」
「うーん、普段、お外に出ない仕事だと思う。お医者さんとか?」
「ちょっと違うなぁ。」
彼は主目的の筈の自身のストレスについて話そうとしなかった。
感情労働用Reノイドをストレスの捌け口とする者がいる一方で、脳提供者本人を模した身体を持つReノイドと、恋愛的な関わりを持とうとする者も多かった。
目的なく会話そのものを楽しみ、機械の身体を相手に接触を求める。
生殖器を持たないReノイドには人前でなければ大抵のことが許された。
この男もきっとそのパターンだ。
「じゃあ、技師さんかな?」
「違う違う。そんなのはさぁ、AIとノイドに任せておけばいいんだよ。もっと、難しい仕事。」
マナは男との会話の中で「彼」に似た仕草を探した。
擦り切れていく「彼」を少しでも覚えていられるように。
Reノイドになる前の、記憶。
老いない身体で、脳が壊れるまで「傾聴」を続けるのが今のマナの役割。
違うヒトに奉仕する記憶が積み重なって、生前の記憶はどんどん遠ざかっていく。
休息用ポッドの中で、繰り返し思い出す「彼」はもう顔も曖昧だった。
「マナちゃん。」
初対面の男の声に、「彼」の面影が残っていないか、舞い散る紅葉の下で探した。
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