神の眠る場所


——ゴトンッ


馬車が石の上を通る音でクリウスは目を覚ました。

(寝てしまってたのか…)

正面の座席には、リートが日差しに照らされて気持ちよさそうに寝ていた。枕にしていた酒瓶を抱きしめながら——。


「私めが送れるのはここまでとなっております。」

御者が言葉を発した。

「え? まだ目的地にはついてないと思うが…」

クリウスは疑問に思った。

それを見て御者は申し訳なさそうに答えた。

「いやはや...ここいらは怪物が住んでいるとか噂になっておりまして…」


クリウスは内心でほくそ笑んだ。

(このじーさんも迷信を信じてるんだな)

少し前まで信じていた自分を棚に上げて、クリウスは得意げになった。

「じーさん、ここまでで大丈夫だ。ありがとよ」


二人の会話の音でリートはやっと目覚めた。

「ん? 着いたか?」

リートは目をこすりながら尋ねた。

「いや、ここまでらしい。ここからは歩きで行くしかなさそうだな。」

リートは露骨に嫌な顔をした。

二人が馬車を降りると、馬車は急いで馬を引き離していった。


「この…臆病者が!」

寝ぼけたリートは捨て台詞のようにどなった。

「別にいいじゃないか。歩けば済む話だろ。」

クリウスは諭すように言った。

「できるだけ楽したいのが人間の心理だろ」

リートは欠伸をしながらつぶやいた。


「ほら!行くぞ!」

クリウスに言われたリートはフラフラと歩き出した。


——霧が濃くなってきている。

馬車を降りて30分ほど経ち、あたりには霧が立ち込め、地面には古代の神殿の残骸らしきものが散らばっていた。

「これじゃ、どっち行けばいいのかわからねーぞ」

(それに…)

クリウスは深くため息をついて、背中で寝ているリートを見た。

「そろそろ降りろよ! 俺の背中はベッドじゃねぇ!」

リートは本日2度目の起床を果たした。


「実に素晴らしい背中だったぞ、クリウス君よ」

リートはニヤニヤしながら喋っていたが、辺りの霧を見て真面目な表情へと変わった。


「この霧…ここはずっと晴れてるはずなんだけどな」

するとその時、クリウスはリートの後ろの巨人の影に気がついた。


「リート、後ろ!」

巨人は腕をリートのある場所まで振り下ろした。


ドンッ

土埃が舞い、自分たちの近くの霧が晴れた。

クリウスは薄目を開けた。


——霧の中で見た巨人は、そのまま霧のような煙で体ができていた。

リートはその巨人の振り下ろした腕を片手で受け止めていた。


「何の真似だ?」

煙の巨人は答える代わりに、再び片方の腕を振り下ろした。

再び土煙が舞う。

「やっぱ怪物いるじゃねぇかよ!」

クリウスは叫んだ。

リートはクリウスの隣へ飛んで、攻撃を避けた。


「いや、あいつは…」


ドゴンッ!

リートの説明が終わらないうちに、煙の巨人は再び殴りかかってきた。


「とりあえず倒した方がいいのか?」

リートは誰かに聞くように言葉を漏らし、小刀を構えた。その瞬間、リートの足下から炎が吹き出し、地面の草は黒く染まっていき、離れていたクリウスまで熱気が届いた。


煙の巨人はそれを見て怯むどころか、再び攻撃を仕掛けてきた。

「か、加勢しようか?」

クリウスはリートに声をかけた。

「いやー、こいつは大丈夫」

クリウスはその答えに安堵した。

(よかった…)

リートは雲の巨人へと飛び乗った。彼の通った後は次々と燃え上がり、雲の怪物の足から頭へと着く頃には、巨人の全身が燃えていた。


「こんなもんかな」

リートは得意げに頭から飛び降りて呟いた。

煙の巨人が火だるまになった…

と思った瞬間、煙の巨人は全身の炎を一瞬で消した。


「おいおい、マジかよ」

クリウスは驚愕した。

対照的にリートはわかったように振り返り、小刀を構えた。


「《ヘル・ダガー(業火の短剣)》」

小刀が勢いよく燃え上がる。

リートは飛び上がり、小刀で縦横無尽に切りつけた。


「《グロリオサ(火の花)》」

リートが地面に足をつけると同時に、煙の巨人は動きを止めた。その瞬間、煙の巨人の体から炎の線があちこちに走り、まるで花のような形になった。


「すげぇ…」

クリウスは今まで見たことがないほどの剣技と魔法に呆然とした。


リートはクリウスを見ずに淡々と説明した。

「これはマリザの数ある魔法の一つ、《ネペレー(雲の巨人)》で作り出した雲の巨人だ。」

クリウスはそれを聞いてさらに驚いた。

「なぜ、こちらを攻撃してきた!?」


リートは苦笑いをして答えた。

「こっちが知りたいぐらいだ…」

リートはクリウスに視線を移した——ように見えた。リートの視線はその後ろの霧を見ていた。


「久しぶりだな。」

クリウスは咄嗟に振り向いた。霧が少しずつ晴れていく。霧の先には…女が一人、雲の上に座っていた。

女はニコリと笑い、口を開いた。


「えぇ、久しぶり。」

クリウスは直感で感じた。彼女こそが“聖女“マリザだと——。

──霧が晴れる。

眠っていた時代が目を覚ます。

忘れられた約束が、再び世界に息を吹き込む。

 

『パンドラ』――千年止まっていた歯車は今、再び動き出した。

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