第6話 あの日の回想

 みゃこ先生。本名、高槻都たかつきみやこは俺と同じ小説賞で大賞を受賞しデビューした作家だった。


 彼女は大賞まであと一歩届かなかった俺にとっては目の上のたんこぶだったが、当時の彼女はまだ中学二年生であり、その才能に嫉妬すら追いつけずおまけに数年後が楽しみな才色兼備の美少女といった属性ときたもんだ。


 気に食わなかったのは作品が抜群に面白く、容姿や話題性だけで受賞したわけではないことがわかってなお辛かったこと。彼女の作品を読ませてもらったあと、その切実な思いを増渕さんに告白したら「そもそもジャンルが違うので」と軽くあしらわれた。


 そんなことは言われなくてもわかっていたはずだが、そこはせめて鼓舞してほしかった。でも今にして思えば成人した大学生が中学生にライバル意識むき出しなんて大人げないよな。受賞式のとき大勢の大人たちの制しを振り切って彼女に宣戦布告した俺はとてもイタかった。


 突然のライバル宣言に若槻都は真正面からの圧力に一瞬びくついて顔を歪ませたが、すぐに微笑んで右手を差し出してきた。「お互いがんばりましょ」そう言って握手を求められた。その参事を見ていた大人たちは高槻都をただものではないと認識しただろうし、俺自身ある意味恨みに似た感情が消えそうになった。人間としての本能が彼女と敵対するのではなく、仲良くする方が得であると働きかけてくる感じがしたのだ。


 まだ若かった俺はそれがはたまらなく悔しかった。


 その気持ちに気がついた俺はやけに恥ずかしくなってせっかく差し出された彼女の手を払いのけ、


「あのヒロインの子、最後あんな結末で終わってよかったの?」


「はい?」


「いや別に、ただいろんな不幸を経験してさ、最後になんであんな主人公とくっついたのかなって思っただけ、まぁ確かに行動力はあるし、正義感は強いしカッコいいこと言うけどさぁ、なんか恋愛テクニックが上手いだけの男って感じじゃん。どんなにカッコつけてもさヒロインの子をどう落とそうかって考えてるだけに見えちゃうんだよね、愛してる、愛してるって言うのは良いんだけど、そんな軽々しく愛してるって言える男がヒロインを本当の意味で幸せにできるのかって話。知ってる? 愛してるって言葉は人の心を縛り付ける呪いの言葉なんだよ。もしきみの物語に続きがあるならきっとあの二人は結婚してもすぐに離婚するね」


 得意になって七つ年下の女の子の小説を批評した俺は目の前にいる彼女が涙を流していることに気がつかなかった。


 それからの記憶は散々なものだ。俺は体格の良い大人たちに連行され、増渕さんとともに当時の編集長に大説教を喰らった。顔面真っ青になって平謝りする増渕さんを傍らに俺は啜り泣く若槻都に群がり励ます大人たちを睨んでいた。


 その時の心情としては、なんだこの! と思っていたのだ。こんな可愛くて教養もあって応援してくれる友達が多くて期待されて、おまけに家が裕福なやつが、と奥歯をぎりぎりと噛みしめていた。その時の心情が、今日まで俺のガソリンだった。辛い執筆作業もこなし、寝る間も惜しんでデスクに向かえたのは恨みであり、嫉妬であり、怒りだった。全身の血液が勢い余って逆流するんじゃないかと、不安になるほど俺は書いて書いて書きまくった。


 それでも及ばない発行部数と人気。


 羨ましくて羨ましくて、高槻都が成功して微笑んでいる姿を想像するたびにオナ〇ーもまともにできず一時期、勃〇不全になりかけた。


 そんな因縁の相手に俺は屈辱と羞恥を噛みしめて震える足を叩きながら肩を借りている。重版したときどうして俺の推薦帯を書いてくれたかは謎だが、憎っき高槻都は今でも第一線で活躍している売れっ子作家なのだ。


 あの日以来、編集部からは彼女に接近することを禁じられていたから、しばらく会ってはいないが俺の記憶が正しければ彼女は今年十九歳になる。

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