今夜もきみでしゃせいする
宇佐美スイ
第1話 夢のなれ果て
初めて自分の本が書店に並んだ瞬間をよく覚えている。百年に一度のなんたら流星群が地球に最も近づいた日で、大学近くのショッピングモールにある大型本屋にふらふらと吸い寄せられてライトノベルコーナーに向かう。その一歩一歩に血液が心臓に戻ってまた押し出されて全身を回っていく感覚を認識する。いつも地面ばかり見ていた視線はしっかり目の前の景色を映していて、いつも自信のない背中は伸び、ぽきぽきと背骨を鳴らしていた。引きつるような笑顔を引っ提げて不格好な歩き方で前へ進む俺の姿はさぞ滑稽だろう。しかしこうでもしないと身体が前には進まず、もしかしたら全部夢だったなんて悲惨なオチを想像してしまい油断すれば後退してそのまま向かいのスターバックスの列に並んでしまいそうだ。
胸が痛い。やっぱり胸だけじゃない。頭も目も膝もチン〇も全部痛い。今にも叫たい気持ちを理性で抑えて、特別賞を受賞したときのことを思い出していた。電話を受けて現実を理解するまでに八回射精した。からっからになって初めて夢から覚める。でも夢じゃなくてもう一回発射した。発射しながら本当に俺が賞を受賞するような物語を作り上げたのかという疑心暗鬼に駆られ不安が募った。それは数か月たった今も変わっていない。
「お客様ご気分が悪いのですか」
店員さんが俺の様子を気にかける。ふがふがと吐き出す鼻息に尋常じゃない汗。真夏だっていうのに悪寒がする。
「
ラ、ライトノベルのし、新刊は……」
声がどもって明らかに変質者だ。そんな怪しさ全開の俺を優しくライトノベルコーナーに連れて行ってくれた店員さんには感謝しかない。一体自分の本はどんな陳列で、どの棚に置かれているのか?
特別な何かになりたい一心で小説を執筆し、出来上がり次第締め切りが近いところから応募していた俺にとって業界内の評判とかもっといえば金払いがいいのかとかそういう情報には疎い。
「こちらになります」
立ち止まる。平積みにされた今月の新刊。
俺がいつも手に取っていた新刊のコーナーに、憧れと嫉妬と、なにより娯楽のために手に取っていたそのコーナーに。俺の本が何食わぬ顔でそこにあった。
著者名も表紙もなにもかもが俺でしかもそれが一冊、二冊じゃない。何冊もあるんだ。恐る恐る指で触れてみたその角があまりにとがっていて逝きそうになる。パンツを濡らすのを我慢して俺は両手で本を抱えると心の中で意気揚々に宣言した。『絶対に売れっ子作家になる』
それから五年後。俺は住宅地が連なる郊外の深夜のコンビニにいた。
「いらっしゃいませ~」
やる気のない自分の声と入店してきたデブに嫌気がさす。デブは物色することもなくカウンターに来て、
「旨うまチキン五個、アメリカンドッグ三個、肉まん五個」
とダルそうに言った。
こいつ一人で全部食うんだろうなぁとデブがコーラ片手に貪り食うイメージを考えてマスクの下で頬が緩む。
「おい、はやくしろよ」
「あぁすみません」
理不尽に怒られて俺は手早くオーダー通りのものを袋に詰めた。
「お支払いは?」
「カード」
「あぁはい。ありがとうございました~」
これが本日一回目の会話でたぶん本日最後の会話だ。あとは陽が出てきて酒とつまみを買っておしまい。
帰ってからプロットを書いて、ネットにあふれたくそみたいなゴシップをまとめて記事にしてあとは眠くなったら寝て起きる。そんな生活を続けていく間に編集部への足取りが遠くなってもう半年は顔を出してない。
学歴一応大卒、職歴ほぼ皆無の二十五歳彼女なし童貞。これが今の俺のステータス。
これが夢破れたラノベ作家の末路。
もしタイムマシーンがあるのならあの頃の俺をぶん殴ってやりたい。就職せずに専業作家になるって勘違いしていた俺のことを反対した母ちゃんの気持ちがよくわかる。どんな形でもいいから就職しとけって言ってやりたかった。
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