第23話 氷の国 ― 白氷の王座 ―

――これは、オルステッドがセレスティアへ“友好使節”として向かう直前の話である。


氷の国グラキエス王都スノウル。白氷の間は、吐息までも凍らせる静寂に包まれていた。アルディウス・グラキエス王は玉座に腰を下ろし、冷ややかに二人を見下ろす。第一王子ルシファード、そして宰相オルステッド。三人が揃うのはいつも戦略が動くときだった。


アルディウスは淡々と言った。「民どもがざわついておる。冷害と飢えが続いたゆえ、氷の静寂に慣れたはずの者たちが熱に浮かされている。」


オルステッドが跪いて答える。「地下で反発も高まっています。民は長く氷に縛られすぎました。」


「ならば、外の風を吹かせてやれば良い。」アルディウスの瞳が鋭く光る。「己の寒さを忘れるほどの“敵”をな。セレスティアへの戦争はこの国を再び一つに凍らせる。」


ルシファードが口元に微笑を浮かべた。「国威を示すための戦。……父上らしい。」


「誤りではない。王国は信仰で保たれる。信仰が揺らぐなら――恐怖で支えよ。」静かな声だったが、白氷の間の温度が一段下がった。


そこでオルステッドが、話題を慎重に切り出した。「……陛下。ひとつ気がかりがあります。シオン王子が“南西の霧巫女の血”を継いだとの噂が広まり、地下の民が希望を抱き始めています。」


アルディウスの表情がわずかに歪んだ。「ミレイナの血か。蒸気と熱を操る異端の系統……氷の国には不要。ましてや王族に混じるなど、穢れでしかない。」


ルシファードが冷静に返す。「……つまり弟は、生まれながらにして排斥対象というわけですか。血の繋がった子であろうと。」


「情は熱だ。私は氷だ。」王の声は氷壁のように無機質だった。


空気が張り詰める中、アルディウスは視線をルシファードへ移した。「――北はどう進んでいる。」


ルシファードの銀の瞳に、氷ではない“鉱石の色”が一瞬揺れる。「カルディアン王国との交渉は順調です。……北の空気は、幼い頃から馴染みがありますので。」


アルディウスは肯定も否定もせず、ほんの僅かに目を細めただけだった。オルステッドは気づいていた。氷の国の血統にない骨格、瞳の強さ――(やはり“混じっている”な。北の血が。)しかし誰も口に出さない。口にした者から凍りつくのが、この国の常だから。


「行け、ルシファード。」アルディウスが立ち上がる。「お前は“氷の鍵”を持つ者。北を凍らせれば、南の風など容易く止む。」


「御意。」ルシファードは静かに一礼し、北門へと向かった。吹雪の中へ消える背には、氷人にはない岩色の影が揺れていた。


王は続けてオルステッドへ命じた。「お前は内を凍らせよ。」


「承知しました。光が消える様をご覧になりますか?」


「不要だ。氷は音を立てずに積もる。結果だけあれば良い。」


オルステッドは薄く笑い、再び頭を垂れた。(……凍るのは、この玉座のほうかもしれませんが。)


白氷の間に王だけが残される。アルディウスは冷たい息をひとつ吐き、囁くように言った。「熱は罪。風は迷い。氷こそが正義。世界を静寂へ導くのは、この私だ。」


完全な静寂――しかしその瞬間、氷壁の奥でぽたり、と水滴が落ちる音がした。凍りきらない“熱”。南西の霧巫女ミレイナの血を継ぐシオンだけが、この国に残された未来の証だった。

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