第22話 氷の国 ― 闇翼、南へ ―

――少し時を戻す。


グラキエスによる宣戦布告の直後、

王都セレスティアは混乱に沈んでいた。

前線の再編、貴族の避難、そして大臣オルステッドの行方不明。

誰もが北と西を睨み、南を見落としていた。


だが、白の塔の地下――

静寂の奥で、ひとつの極秘命令が下されていた。



白の塔・地下会議室


厚い石扉の奥、灯火も落とされた暗室。

ジェイク・ヴァレン中佐を中心に、

アウリス・シュトラウス、エリナ・フローレン、

そして召集されたばかりの男――ルーガ・キオル少尉が並んでいた。


彼は遠征偵察部隊所属。

風の流れと魔力の歪みを“感じ取る”異能を持つ男で、

別任務から緊急転属されたばかりだった。


ジェイク「……国境防衛と大臣探索で、軍は麻痺状態だ。

 この状況で南を動かせるのは――お前たちだけだ。」


アウリス「目的は?」


ジェイク「南方、氷の国グラキエス。

 三日以内に王と接触、状況を探り――可能なら抹殺せよ。」


エリナ「そんな……たった四人で?」


ジェイク「だからだ。

 少数なら探知を避けられる。

 裏切りが出ても、被害は最小で済む。」


その声に感情はない。

だが、言葉の裏に――覚悟の重みが滲んでいた。


ジェイク「同行者は、シオン・グラキエス王子。

 裏切りの兆しがあれば、殺せ。

 それがセレスティアのためだ。」


エリナが拳を握るが、アウリスは静かに頷いた。


闇が揺らぎ、ジェイクの掌に小さな光球が浮かぶ。

その中には、もう一人の“囚われの王子”が眠っていた。


ジェイク「本物はこれから出る。……影は三日もてば十分だ。」



シオンの部屋


月光が薄く差し込む。

扉が開くと、シオンが立ち上がり、

その前にはレオナルド王子の姿もあった。


シオン「来たか。……逃がす気になった?」

ジェイク「逃がすのではない。使う。

 君が王を討つ。それだけだ。」


シオン「……上等だ。」


ジェイクが短く指を鳴らすと、

影のシオンがベッドに横たわる。

本物は闇へと足を踏み出した。


その時、レオが一歩進み出て言った。


レオ「アウリス――シオン王子を頼んだぞ。」


アウリス「……はい。必ず、お守りします。」


その短い会話だけで、

主従の絆と別れの重さが静かに伝わった。


ジェイクは何も言わずに背を向ける。


ジェイク「風が止まる前に出ろ。」



白の塔・屋上


夜風が冷たく頬を撫でる。

月光に照らされた塔の上、四人の影が立っていた。


エリナ「……ここからどうやって行くの? 海路?」


ルーガは無言で外套の留め具を外した。

闇夜の中、彼の背で何かが蠢く。


包帯がほどけ、

――白銀の羽が、爆ぜるように広がった。


月光を切り裂く二枚の大翼。

その翼は光を吸い込み、夜を抱くように広がる。

風が唸り、空気が震える。


アウリス「……これが、君の力か。」

ルーガ「鳥人(ハルピュリア)の血が少し。

 空を渡るのは、生まれつきの仕事です。」


エリナ「……闇夜に映えるなんて、皮肉ね。」

ルーガ「光に焼かれるより、ましです。」


短い沈黙。

ルーガが翼を打ち、風が螺旋を描く。


シオン「三日で終わらせる。」

アウリス「南風が止まる前にな。」


羽ばたき一閃――

夜空を裂くような音が響き、

四人の影が闇の中へ吸い込まれていった。


その瞬間、

白の塔の最上部から羽根の欠片がひとひら、

月明かりに溶けるように舞い落ちた。

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