第18話 氷の国 ― 静寂の檻 ―
夜明けの王都セレスティア。
鐘の音がまだ冷たい空気の中に滲む。
昨日の宣戦布告は、夢でも幻でもなかった。
氷の国グラキエス――ヴァルシオン王の名を記した戦の文が届いてから、
王都の時間は凍りついたままだ。
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王城・中央会議室
重苦しい沈黙の中、リュミエルが報告書を叩きつける。
「オルステッド大臣の部下どもを拘束した。
しかし、全員“何も知らない”の一点張りだ。」
ヴァルド将軍が腕を組んだまま、苛立った声を漏らす。
「昨夜まで友好を語っていた使節が、今朝には敵国の将か。
白々しいにも程がある。」
机の上には、氷に包まれたマルティス公爵邸の報告書。
氷像となった遺体の絵図が並ぶ。
アウリスたち若い兵士が立ち尽くす中、
カイエル王の声が静かに響いた。
「……オルステッドの部下たちを拘束せよ。
尋問を続けろ。だが、手荒はするな。
彼らは“駒”に過ぎぬ。」
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拘束現場・王都地下牢
氷の国の兵士たちは鉄格子の中に並べられていた。
彼らの瞳には怯えが宿っている。
「俺たちは何も聞かされていなかった!」
「大臣殿は部屋で休んでおられたはずだ!」
リュミエルが怒気を抑えて尋問を続ける。
「なら、誰がマルティス家を凍らせた?」
「わからない! そんな命令は受けていない!」
ヴァルドが壁を拳で叩く。
「結界を破って逃げたとなれば、外部の協力者がいる!」
その言葉に、アウリスは一瞬、胸の奥に嫌な感覚を覚えた。
“外部の協力者”――
それが誰か、まるで誰かが知っているかのように。
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黒の塔
王都北端、黒曜石のような塔が静かにそびえる。
そこは“黒の塔”――要人を隔離するための監視塔。
外観は荘厳だが、中はまるで墓所のように冷たい。
シオン・グラキエス王子は、そこに軟禁されていた。
監視の名目であり、保護の名目でもある。
シオン「……客から囚人になるとはな。」
リュミエル「申し訳ない。王命だ。」
シオン「わかってる。父の血のせいだろう。」
レオが憤然と食ってかかる。
レオ「こいつは敵じゃない!」
ジェイク「わかっている。しかし、王命は絶対だ。
――安全を保証するための“隔離”だ。」
レオの拳が震える。
アウリスはその肩に手を置いた。
「今は、守るために閉じ込めるしかない。」
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夜・ジェイク中佐 私室
灯りの消えた執務室。
地図と報告書が散らばる机の上に、一枚の黒い羽根が音もなく落ちた。
その瞬間、空気が張り詰める。
――黒羽の密使。
それは“声を運ぶ影”と呼ばれる、王国最高機密の魔法通信。
使えるのは限られた者のみ。
そしてその声は、ジェイクの“母”のものだった。
サリオネ「……オルステッドが逃げたようね。」
ジェイクは目を閉じ、低く呟く。
「またあなたの仕業ですか、母上。」
サリオネ「何のこと?」
(くすくすと笑う声)
「ふふ、私にそんな面倒な真似をする理由があるかしら。」
ジェイク「とぼけないでください。
控室は霜に覆われ、結界は破られていた。
――“見逃した”のは、あなたでしょう。」
一拍の沈黙。
そのあと、柔らかな声が刃のように冷たく響く。
サリオネ「……彼を処分して欲しいの?」
ジェイク「処分? 拘束して尋問する予定ですが?」
サリオネ「それでは困るのよ。拘束すれば、誰が通したかが分かる。
――私が“見逃した”ことが知られてしまうわ。」
ジェイクの瞳が暗く沈む。
「……つまり、“消せ”と。」
サリオネ「やり方は任せるわ。
貴方の判断で、速やかに。
証拠は残さないこと。」
闇の中でジェイクは短く息を吐き、
右手で羽根を掴むと、ゆっくりと握り潰した。
黒い羽根は霧のように溶け、消えた。
残ったのは、風の音すら奪われた沈黙だけ。
その中で、ジェイクは独り言のように呟く。
「……母上。あなたの命令がなければ、
俺は今もここに立てなかった。
だから――次も俺に命じてください。」
薄闇の中、その表情は狂気にも祈りにも見えた。
サリオネの影が、彼の心に確かに刻まれている。
「どうか……俺を、捨てないでください。」
風が止む。
ただ、彼の言葉だけが闇の中に残った。
⸻
――静寂の檻に囚われたのは、
シオンだけではなかった。
“母の愛”という幻にすがる男もまた、闇の中にいた。
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