第15話 王子の休日 ― 白き塔の午後 ―

 白き塔の中層に、昼の光が満ちていた。

 ガラス張りの天井から射し込む陽光が床の魔法紋に反射し、

 まるで水のように空気が揺れている。

 風花の庭――塔の魔力を循環させるための中庭。

 普段は治癒師や研究員しか入らない静かな場所で、

 今は、少し場違いな少年王子の声が響いていた。


「よし、ここならバレない! いい場所じゃん!」

「殿下、そもそも“バレない”前提で計画するのをやめてください。」


 アウリスがため息をつくと、レオは笑って肩をすくめた。


「だって外出禁止だろ? 外に出られないなら、中でやればいいだけの話だ!」

「発想が……殿下らしいというか……。」


 そこへ、エリナとリオナが風除けの布を抱えて現れる。

 リオナの両腕には、塔の食堂から拝借した包みが山ほど。


「はいはい、お菓子と果実水、それに花びら用のバスケット!」

「リオナ嬢、それ全部どうやって――」

「“王子の指示”って言ったら通してくれました!」

「……そんな魔法の言葉が通用するの、ここくらいですよ。」


 エリナが布を広げながら、庭の中心に小さな光陣を描く。

 火属性の魔法で花弁を温め、香りを立たせるのだという。


「少し熱を加えると、香りがよくなるの。焦がさないようにね。」

「あの……ほんとに大丈夫なんですか?」リオナが心配そうに覗き込む。

「制御してるから。これでも魔導士階級です。」

「いえ、そういう意味じゃなくて……ちょっと煙が。」

「……風、お願い。」

「了解です。」


 アウリスが手を上げると、風がすっと流れ、

 白い花びらがふわりと舞い上がる。

 煙が消え、香りだけが残った。


「……わあ……。」リオナが目を見張る。

「まるで花が踊ってるみたい。」

「エリナ准尉、すごいですね。」アウリスが淡々と感心すると、

「もっと感情を込めて褒めなさいよ。ほら、リオナちゃんも。」

「え、えっと……すごく綺麗です、准尉。」

「よろしい!」エリナが笑う。


 レオが手を叩いた。


「よし! あとは本人を呼ぶだけ!」

「殿下、ここで音を立てるのは……」

「平気平気! 今日は祝いの日だ!」


 アウリスが諦めたように肩を落としたとき、

 扉の向こうから足音がした。



 カイル・ノアが入ってきたとき、

 光がちょうど天井の魔石に反射し、庭を照らした。


「……なんだ、これ。」

「退院おめでとう!」


 花びらが一斉に舞い上がる。

 リオナが果実水を掲げ、エリナが炎の粒で灯を点す。

 テーブルクロスは風でふんわりと揺れ、

 まるで塔の中だけ時間が止まったようだった。


「……お前ら、ほんとにやったのかよ。」

「あたりまえでしょ!」リオナが笑う。

「殿下がどうしてもって。」

「だって、笑ってほしかったんだよ。」レオが少し照れたように言う。

「……王子が自分で言うなよ。」カイルが呆れた声を出す。


 笑いが溢れる。

 エリナが紅茶を注ぎ、リオナが持ってきた焼き菓子を並べる。

 アウリスは警戒のため周囲に魔力障壁を張っていたが、

 それもやがて、安心に変わっていった。


「殿下、もう少し静かに――」

「アウリス、今日は許してくれ!」

「……了解です。特例ということで。」


 少しして、風がまた吹いた。

 それは偶然なのか、アウリスの気まぐれなのか。

 花びらが空を舞い、光の粒がそれに混じる。


「きれいだね……」リオナが呟く。

「うん。」カイルがうなずいた。

「でも一番きれいなのは、今の顔だよ。」レオが言うと、

「お前、そういうこと言うとモテないぞ。」カイルが返す。

「なんでだよ!」

「言い慣れてるから。」

「なっ……!」


 笑いが一段と広がった。

 それは戦場の喧騒とも、王の威厳とも違う――

 ただの少年たちの、平凡で幸せな笑い声。



 夕暮れ。

 皆が去ったあと、アウリスとレオだけが残っていた。

 風花の庭は静かで、花びらの残り香が風に乗っている。


「なあアウリス。」

「はい。」

「俺、今日ちょっとだけ思ったんだ。」

「何をですか?」

「護り人って、こういう時間を守る人のことかもな。」

「……ええ。」

「戦うだけが仕事じゃないんだな。」

「それを理解できる王子がいるなら、この国はまだ安泰です。」


 ふと、レオが笑った。


「それ、褒めてる?」

「ええ。ごくまれに、ですけど。」


 風が流れる。

 花びらがふたりの間をすり抜けて、

 夜の白き塔へと吸い込まれていった。


 その風は、確かに笑いの匂いを運んでいた。

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