第14話 王子の休日 ― 見舞いの日(ルミナ・サナトリウム)

 王立治癒院〈ルミナ・サナトリウム〉は、いつも静かだ。

 外の喧騒とは無縁で、白い回廊には薬草と光の匂いが満ちている。


 その静けさを破ったのは、少年の声だった。


「おい、カイル! 寝てるのか!」


 病室の扉が勢いよく開き、レオ・カイエル・セレスティアが顔を出す。

 その後ろには、少し疲れた顔のアウリス・シュトラウスが続いていた。


 ベッドの上のカイル・ノアは目を丸くして、それから笑った。


「……うるさい王子だな。患者に安静って言葉、知らないの?」

「知らない!」


 即答するレオの後頭部を、そばにいた少女が軽くはたいた。

 リオナ・エヴェレット。

 カイルのクラスメイトで、レオとは学院時代からの付き合いだ。


「こら、治りかけの患者をびっくりさせないの!」

「だってこいつ、ずっと寝てるって聞いたんだよ。」

「寝てるっていうか、退屈してるの。毎日おかゆと薬草茶だけだし。」


 リオナの言葉に、カイルが小さくため息をつく。


「なあレオ、アウリス。お前ら、今どうしてる?」

「どうって……俺は外出禁止中。アウリスは真面目に仕事してる。」

「“真面目に”ってなんですか、それ。」アウリスが苦笑する。


 他愛もない話が続く。

 学院の授業のこと、塔の食堂のパンがまずいこと。

 レオとリオナが言い合いを始め、カイルがそれを笑いながら聞く。


 ――ほんの少し前まで、こんな日常が当たり前だった。



 しかし、ふとした沈黙のあと、カイルがぽつりとつぶやいた。


「……当分、学校は無理だな。」


 その一言に、空気がわずかに重くなった。

 リオナが表情を曇らせ、レオは言葉を探して視線を泳がせる。


「まだ歩けないし、剣も持てねえ。

 みんなが進んでる間に、俺だけ取り残されるんだろうなって。」


 アウリスはその場の空気を感じ取って、静かに立ち上がった。


「……飲み物を取ってきます。」


 そう言って扉を閉め、外で息をついた。

 廊下の光が、床に淡く反射していた。



 部屋の中では、リオナが首を傾げた。


「置いてかれるって、何の話?」

「別に……ただ、今までみたいに一緒に笑えなくなるのが嫌なんだ。」


 レオは黙っていたが、次の瞬間、手を叩いた。


「じゃあ――また笑えるようにすればいい。」

「は?」

「退院したらパーティーしようぜ。でっかいやつ。」

「バカ、それ王子の特権使う気でしょ。」リオナが呆れ顔で言う。

「もちろん。特権はこういう時に使うんだ!」


 カイルが吹き出した。

 笑いが少しずつ部屋に戻る。


「……お前ら、本当バカだな。」

「でしょ?」リオナが笑う。


 外で立ち聞きしていたアウリスも、思わず口元を緩めた。



 夕方、治癒院を出た帰り道。

 塔の回廊を歩きながら、レオがぽつりと呟いた。


「カイル、少し元気出たかな。」

「ええ。殿下があれだけ騒げば、誰でも笑います。」

「……褒めてないだろ、それ。」

「まさか。敬意をこめて言いましたよ。」


 アウリスの言葉に、レオが小さく笑う。


「退院したら、ちゃんと笑わせてやらなきゃな。」

「ええ。その時は、私も手伝います。」


 二人の足音が、石の廊下に静かに響いた。

 夕陽が白い塔を赤く染め、王都セレスティアの一日がゆっくりと終わっていく。

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