第8話
Lv. 9になり、食事と睡眠で体力を回復させた俺は、再び五層の巨大な扉の前に立った。
扉は、石壁に比べて異様に重厚で、複雑な装飾が施されている。
その威圧感は、Lv. 9になった今の俺でも、挑戦への覚悟を鈍らせるには十分だった。
俺は剣を抜き、その刃先に『リペア』をかける。
「リペア」
MP:63/65。
淡い光が剣を包み、刃を極限まで研ぎ澄ます。
(やるしかない)
俺はステータスウィンドウを開き、最後の確認を行った。
【Lv. 9 ステータス】
レベル:9
HP:130/130 MP:65/65
力(STR):36
耐久(VIT):21
器用(DEX):23
魔力(INT):21
敏捷(AGI):21
運(LUC):1
よし。俺は扉に両手をかけ、全身の力を込めて押し開けた。
ギー…グゴゴゴゴゴゴ…!
扉は重い軋み音を立てて、ゆっくりと開いていく。
中を覗き込むが、そこは松明の光が届かない、完全な暗闇だった。
一歩踏み込み、体が完全に室内に入った瞬間、
背後の巨大な扉がドスン‼と重々しい音を立てて閉まった。
俺はすぐに背後の扉に『検索』を発動した。
【解析情報 解析結果:ボスエリア専用扉。内部から解除不可。ボス討伐後、自動解除。】
(倒すまで出られないだと...!)
直後、室内を手前から順々に松明の灯がともし始めた。
部屋は広大な円形の広間だ。松明の光が中央へと集約していく。
そして、その中心部に、通常のオークよりも遥かに巨大なオークが立っていた。
黒ずんだ革のベルトと、骨を飾りにした装飾品を身につけている。
その手に握られたメイスは、俺の頭ほどの大きさがあった。
「グルァ……」
俺は巨大なオークへ『検索』を発動する。
【解析情報 解析結果:オークコマンダー。 耐久力、攻撃力が非常に高い。知能もオークとしては異例。 弱点:なし。
スキル:指揮官の威厳(C)、部下召喚(R)。】
(スキルを持っている!?初めてだ……しかも二つも!)
オークコマンダーは、その名が示す通り、指揮官という意味だ。
部下召喚というスキルは、その能力にあまりにも適していた。
オークコマンダーは、俺を嘲笑うかのように、メイスを床に突き立てた。
その瞬間、奴の背後の闇から、二体のオークがノロノロと姿を現した。
「グルァアア!」
二体のオークは石斧を構え、俺に向かって突進してきた。
独り言と根性論を発動させる。
「田中優太、俺ならやれる。必ず倒すんだ。」
俺は集中力と回復力を高めた。舞台は整った。
オークコマンダーは、メイスを床に突き立てたまま動かない。
どうやら、様子見だと言わんばかりに、部下に俺を削らせるつもりのようだ。
(あいつが動き出す前に速攻で部下を削る!)
俺はリペアで新品なった剣の切れ味を活かし、二体のオークの突進を躱しながら、その首筋へ斬りかかる。
Lv. 9になった俺のステータス、そして新品の剣の切れ味は、全てこの一撃のためにあった。
俺は一体目のオークの首を目掛けて、剣を迷いなく振り抜いた。
ザンッ!
剣は硬い皮膚を貫通し、確かに首の動脈を断ち切った。瞬時にオークを粒子へと変えた。
俺は二体目のオークの突進を躱し、その心臓の位置目掛けて、剣を冷静に突き出した。
ドシュッ!
急所に刺さった剣は、心臓を貫き、二体目のオークも一瞬で光の粒子となった。
(いける!Lv9の今なら急所に当たれば一撃だ!)
コマンダーは、その様子を見て、わずかにブタの顔を歪めた。
「グルルァアア!!」
コマンダーは咆哮と共に、床に突き立てたメイスを強く打ち鳴らした。
直後、奴の背後から、五体のオークが新たに湧き出てきた。
(五体!?まだ出てくるのか!?)
オークコマンダー自身はまだ前に出ず、五体に増やし俺を試すようだ。
(くそっ、まだ俺のことを舐めてやがる...!)
俺は、五体のオークとの乱戦に身を投じる。
『根性論』の三分の一無効化が発動し、オークの攻撃を奇跡的に弾きながら、剣でオークを一体ずつ確実に削っていく。
五体との戦闘は初めてであり、その包囲網は致命的な厳しさだった。
だが、オークは俊敏性に欠け、その攻撃は鈍重だ。
俺はその鈍重さに助けられながら、常に五体の外側を回って剣の切れ味を活かして攻撃を叩き込み、何とか耐え凌ぐ。
五体のオークを相手にした乱戦は、持久戦となった。体力の消耗は激しい。
ドカッ!避けきれず 俺の脇腹に一撃が入り、HPが激減する。
だが、その隙に俺は剣を振り抜き、一体を仕留めた。
激しい攻防の末、俺は傷を負いながらも、ついに五体のオークを全て倒した。
「ハァ、ハァ……」
俺が呼吸を整える間もなく、オークコマンダーは再びメイスを打ち鳴らし、五体の部下を召喚した。
「グルルアアアアア!!」
(さらに五体!? どんだけ出てくるんだ!?)
今度は、オークコマンダー自身が巨大なメイスを振りかざし、五体のオークと共に、俺目掛けて突進してきた!
(最悪だ……!)
俺は五体のオークの群れを躱しつつ、コマンダーの一撃を警戒する。
コマンダーのメイスは轟音と共に、俺の頭上へ振り下ろされた。通常のオークとは一線を画す破壊力だ。
ドガァン!
メイスが石畳を叩き割り、その衝撃で俺は体勢を崩した。
その隙に、二体のオークが側面から石斧を叩き込む。
【物理攻撃を『根性』で無効化しました!】
【物理攻撃を『根性』で無効化しました!】
三分の一が二連続で発動し、奇跡的に俺は二撃を耐え抜いた。
しかし、この乱戦の中で、俺のHPは風前の灯だ。
それでも俺は、必死に部下のオークを狙い続けた。
オークコマンダーのメイスを躱し、部下の群れの中に飛び込み、一体ずつ剣で仕留めていく。
ザンッ! ザシュッ!という鋭い音と共に、部下オークは瞬時に粒子となる。
激しい死闘の末、コマンダーのメイスだけは必ず躱し続け、俺は残りの五体の部下を全て倒した。
「グルルゥ……」
オークコマンダーは、信じられないものを見るように、唸り声を上げた。
奴は再びメイスを床に突き立て、部下を召喚しようと咆哮した。
しかし、何も起こらない。奴のブタの瞳には、わずかな焦燥が浮かんでいた。
(召喚失敗?MP切れか!?)
目の前には、満身創痍の田中裕太。
そして、スキルを使い果たしたオークコマンダー。
舞台は、1対1の最終決戦へと移った。
オークコマンダーは、スキルが使えないと知るや、原始的な怒りを露わにし、メイスを水平に薙ぎ払ってきた。
そのメイスの一振りは、質量そのものが武器になったかのような重さだ。
俺は剣を正眼に構え、わずかに攻撃の方向を逸らす。
キン!という甲高い音と共に、メイスの衝撃が腕から全身に伝わり、激しい痛みが走る。
体勢を立て直す間もなく、コマンダーは巨体を活かした踏み込みで、間合いを一気に潰してきた。
俺は必死に躱す。
メイスの先端が、俺の破れた服をかすめるたびに、もろに食らったら即死という冷たい恐怖が肌を這い上がる。
「根性論!」
スキルが発動し、HP回復は続くが間に合わない。
俺はコマンダーの猛攻を避け続けるが、疲労で俊敏性が落ちていく。
剣を盾のように掲げてメイスを受け止めた瞬間、腕が痺れ、体勢が崩れる。
三分の一の幸運は、この時ばかりは発動しない。
回避動作が遅れた一瞬、コマンダーの強烈な蹴りが俺の脇腹を襲った。
ドッ!
俺は石壁に叩きつけられ、口の中に鉄の味が広がった。
HPはもはや残り僅か。コマンダーは、メイスを頭上に掲げ止めを刺しにかかる。
(このままでは死ぬ。今ある能力を命がけで使うんだ!)
俺はコマンダーの大振りなメイスを転がるように回避した、その一瞬の隙を見逃さなかった。
「独り言!」
心の底からただ一つ、現実になってほしい願望を喉から絞り出した。
何故か1日に1度だけランダムに発動する効果が、今、絶対に成功する確信があった。
「全快だったら倒せるのに!!!」
その瞬間、俺の全身からまばゆい光が溢れ、破れた服や傷口、そして失われたHPとMPが、瞬時に回復した。
【『独り言』の特性が発動しました】
(よし!いけた!)
全快した俺は、驚き目を見開くコマンダーへ、剣を突き立てて苛烈に攻め込んだ。
俺の攻撃は、コマンダーの分厚い皮膚を容赦なく切り裂いていく。
コマンダーは防御が追い付かず、怒りと焦りから、渾身の最後の一撃を放とうとしていた。
コマンダーは、巨大なメイスを後ろに引き絞り、力を溜めるために大きく一歩踏み出した。
(これが最後の一撃になる……!)
俺は、剣を低く構え、全身の集中力を極限まで高めた。
この戦闘の決着だ。
俺は、その純粋な怒り、質量、そして速度をすべて見極めるため一切の回避行動を捨て、正面からその動きに集中することにした。
緊張感が、広間の冷たい空気の中で張りつめる。
メイスを放つ直前、コマンダーの足元の筋肉が弾けるように収縮した。
その瞬間、俺の脳裏に、メイスの軌道が、スローモーションのように鮮明に描かれた。
ドゴォォォン!!
メイスは、広間の空気を破裂させるような轟音と共に、俺目掛けて垂直に振り下ろされた。
しかし、メイスは空を切った。
俺の予測の精度が、コンマ数秒、コマンダーの動きを上回っていた。
コマンダーの猛烈な攻撃が、俺の身体のわずか数ミリの隙間を通り過ぎていく。
メイスの先端が通過した際の強烈な風圧だけが、俺の頬を叩いた。
攻撃を躱した俺は、コマンダーに渾身の力を込め最後の一撃を放った。
ザシュッ!
コマンダーは、その場に倒れ込み、光の粒子となって砕け散った。
【魔物を討伐しました】
【経験値:6,000を獲得しました】
俺の目の前に、第3層で見つけた宝箱よりも遥かに豪華な装飾が施された金色の宝箱と、オークコマンダーのドロップアイテムが、転がった。
【レベルが上がりました!】
俺は Lv. 10 に到達した。
【スキルリストを更新します】
俺は信じられない思いで、スキルリストに目を落とした。
偁□□?□偁□(EX):Lv.- の項目に、鮮明な文字が浮かび上がっていた。
【反転(EX):Lv.-】
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