第7話
心身ともに回復した俺は、第3層の広間を拠点と定めた。
広大な空間に泉がぽつんとあるだけの静寂。 魔物の気配はない。
ここが安全地帯である保証はないが、休まる場所はここしかない。
俺は錆びた剣を握り直し、第4層へ足を踏み入れた。
鼻を突く獣臭。湿った空気。 第4層はオークの縄張りだ。
オークは経験値効率が良いが、集団で囲まれれば即死する。
かつてのモンスターハウスでの死闘が脳裏をよぎる。
(狙うは孤立した個体のみ。慎重にいけ)
通路の奥、壁に背を預けて座り込むオークを発見した。
距離を詰める。 心臓の音がうるさい。
「独り言」
呟くと同時に、視界がクリアになる。 集中力が極限まで高まり、周囲の音が鮮明に聞こえだした。
気配を察知したオークが、のそりと立ち上がり雄叫びを上げる。 巨大な両手斧が風を切って迫る。
(見える!)
俺はオークの懐へ潜り込んだ。 STR 32の腕力で、剣を皮膚の柔らかい脇腹へ突き立てる。
硬い。 一撃では仕留められない。
オークが苦痛に暴れ、斧を振り回す。 俺はそれを紙一重で躱し、傷口を広げるように斬りつけた。
「グギィッ!」
ドスン、と巨体が崩れ落ちる。
【経験値:200を獲得しました】
荒い息を吐く。 勝てた。だが、時間がかかりすぎる。 剣の切れ味が落ちてきているのがわかった。
その後も俺は、神経をすり減らしながら探索を続けた。 肉を持ちきれなくなれば第3層へ戻り、また潜る。 その往復は、根性論で追いつけないペースで精神を確実に摩耗させていく。
(肉を置いて戻っても、広間には何もスポーンしていない。やはりここはセーフティエリアなのか?)
確証はない。だが、そう信じなければ眠れなかった。
泥のような疲労の中でオークを狩り続け、全身が光に包まれたのは、限界が近い頃だった。
【レベルが上がりました!】
Lv. 8に到達。 そして、待ち望んでいた通知が届く。
【スキルがレベルアップしました!】
俺は震える手で『独り言』の項目に『検索』をかけた。
【解析情報 解析結果:スキル『独り言(N)』Lv.2:MP非消費。集中力を飛躍的に向上させる。 特性:24時間に一度、口にした言葉がランダムで現実に反映される。(発動タイミングは制御不能。チート級の願望は無効)】
「……なんだこれ」
疲労が一瞬で吹き飛ぶほどの衝撃だった。 口にした言葉が現実になる? だが、制御不能? ランダム?
(どこまでがチート級なんだ? 試すしかない)
俺は第3層の泉の横で、オーク肉を齧りながら呟いた。
「経験値一億くれ!」 「不老不死になれ!」 「Lv. 10に上がれ!」
何も起こらない。虚空に俺の声が響くだけだ。
(やっぱり、そんな都合のいい話はないか……)
期待した分、落胆が大きい。 俺は手元の剣に視線を落とした。 刃こぼれし、赤錆が浮き、血脂で汚れたボロボロの剣。
リペアを使っても、もう限界が近い。 こんな棒きれで、この先を生き抜けるのか?
不安が口をついて出た。
「はあ……せめて、剣が新品だったらなぁ」
その瞬間だった。
カッ!
手元の剣が、まばゆい光を放った。
「うわっ!?」
俺は思わず剣を取り落とす。 光が収束した石畳の上には、さっきまでの鉄屑が嘘のような、真新しい銀色の剣が転がっていた。
刃先は鋭く研ぎ澄まされ、柄には真新しい革が巻かれている。
【『独り言』の特性が発動しました】
(マジかよ……こんなボヤきが通るのか!)
狙ってやったわけじゃない。 だが、この独り言は、俺に「武器」を与えた。
新品の剣を握りしめる。 吸い付くようなグリップ。重心の良さ。 これなら、戦える。
俺は興奮のままに第4層へ戻った。
Lv. 8のステータスと、新品の剣。 その威力は劇的だった。
通路で三体のオークと遭遇する。 以前なら逃げていた数だ。だが、今の俺は退かない。
「シッ!」
踏み込みと同時に、先頭のオークの首を薙ぐ。 恐ろしいほどの切れ味で、刃が肉を断つ。
(軽い! 今までとは別次元だ!)
残る二体が斧を振り上げるが、俺はその隙間を縫うように駆け抜け、すれ違いざまに急所を貫いた。
完勝だった。 三体相手でも、ヒット&アウェイで圧倒できる。
俺はそこから、憑かれたようにレベリングに没頭した。 四体以上の集団からは逃げ、三体以下なら狩る。 肉を拾い、3層へ運び、また狩る。
時間の感覚が曖昧になっていく。 ただ、強くなることだけを求めた。
そして、二日が過ぎた頃。 再び体が光に包まれた。
【レベルが上がりました!】
Lv. 9。 一つの区切りに到達した感覚があった。
第3層へ戻り、冷たい泉の水で顔を洗う。 ステータスを確認する。
レベル:9
HP:130/130 MP:65/65
力(STR):36
耐久(VIT):21
器用(DEX):23
魔力(INT):21
敏捷(AGI):21
運(LUC):1
(ずいぶん強くなった……。来た時とは別人だ)
食事をとり、泥のように眠った。 そして目覚めた四日目。
俺は、第4層の最奥に立っていた。
突き当たりには、これまでの石壁とは明らかに異なる、巨大で重厚な装飾が施された石造りの扉が鎮座していた。
扉の隙間から漏れ出る、濃密な死の気配。
『検索』を発動する。
【解析情報 解析結果:第5層への入り口。ボスエリア(オークコマンダーの広間)に接続。】
「ボス部屋……」
喉が鳴る。 心臓が早鐘を打つ。 逃げたいという本能と、進まなければならないという理性がせめぎ合う。
だが、このダンジョンに出口はない。 進むしかないのだ。
俺は新品の剣を強く握りしめ、深く息を吐き出した。
「いくぞ」
重い扉に手をかける。 俺は、ボス戦へと足を踏み入れた。
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