【独り言】と【根性論】と【検索】がスキル? LUCK 1のニートが異世界を生き抜く話。

@shira56

第1話

30歳。独身、定職なし。



これが俺、田中裕太の現状だ。



そこそこの国立理系大学を卒業したが、就職に失敗し、

社会との繋がりを断ち切って引きこもるうちに気づけば鬱病を患っていた。



そこから8年、分厚いカーテンを閉め切った六畳一間のアパートで、俺はひたすらネットの世界に没頭し、特に異世界ファンタジー小説を読み漁ることに人生の時間を費やした。




外の世界で挫折した人間が小説の世界で成功を夢見る、最も醜い逃避だ。

生計は、生活保護で細々と立てていた。




「……ふう」




薬が効き病気が少しずつ回復してきたのか、ここ最近気分が少し上向いていた。

部屋に籠りきりの生活に嫌気が差し、今日は重い腰を上げて外に出ることにした。




久々の、気分転換だ。




重いドアチェーンを外し、久々に開けた玄関のドアの隙間から外の冷たい湿気が流れ込んできた。




(やっぱり、外に出るのは抵抗があるな……)




数年ぶりに外に出るわけではないが、この瞬間はいつも緊張する。

社会との接続点である玄関を出ることは、いつだって小さな苦痛を伴った。




ビニール傘を手に、俺はアパートの細い廊下を歩く。




その時、廊下の向こうから、派手なスーツを着た若い男が携帯電話で苛立たしげに話しながら歩いてきた。




おそらく、アパートの他の部屋の住人だろう。




男は俺を一瞥し、すぐに顔を顰めた。




「チッ...邪魔だ。」




男は舌打ちをして俺を追い抜いていった。




俺の足は、その場で止まった。




、か)




冴えない顔をしたアラサーの引き籠りは、外の世界の人間にとって異物に映るのだろう。




屈辱感が胸に広がった。

小説の中の主人公なら、ここでチート能力に目覚め、この男を見返すシーンだが、現実の俺はただの無職で、なにもない。




(俺が外に出たところで、何一つ変わらない)




散歩の目的を失いかけたが、立ち止まるわけにもいかない。




俺は、その場に立ち尽くす自分に鞭を打ち、意を決して公園の脇へと歩を進めた。




時刻は昼過ぎ。 空は低い雲に覆われ静かな雨が降り続いている。




俺はビニール傘を手に、誰もいない寂れた公園の脇を歩いていた。




雨音だけが耳に届く。




ドゴゴゴゴゴゴッ!




突然、凄まじい地響きが轟き足元のコンクリートが激しく揺れた。




「うわっ、地震か!?」




揺れは、ただの地震ではなかった。

眼前の地面にまるで巨大な怪物が口を開けたかのような亀裂が、雷のように走った。




大地が轟音と共に、深く、大きく裂けていく。




「な、なんだこれ……!」




俺は恐怖で立ち尽くした。




次の瞬間、亀裂は俺の立っていた場所へ達し、支えを失ったコンクリートが足元から崩れ落ちた。




「ひっ……!いやだ、落ちたくない!」




俺の体は重力に引かれ、持っていたビニール傘を握りしめたまま轟音を上げる闇の中へと吸い込まれていく。




「うわあああああああああああああああ!!!」




激しい落下。そして、硬い石の床に激突。




全身を強打した衝撃で、肺の中の空気が強制的に吐き出される。 ズキズキとした鈍い痛みが体中を走る。




(生きてる……?)




恐る恐る手足を動かしてみる。 関節に痛みはあるが、動く。




(痛ぇ……けど、折れてはいない。歩けるな)




落下時の勢いが、途中の岩棚か土砂で相殺されたのかもしれない。




俺は咳き込みながら、必死に起き上がった。




周囲を見渡す。




遥か高い天井。巨大な石柱が林立し、延々と続く暗い通路。

空気が冷たい湿気を帯び、鉄臭い、生々しい匂いが鼻腔を突き刺す。




「ここは.....なんだ、これ.....」




俺の脳は、このあまりに非現実的な光景を拒否しようとした。




だが、何年も読み漁ったファンタジー小説の知識が勝手に状況を把握していく。




(巨大な石柱、松明、鉄の匂い....まるで地下に隠された古代の遺跡のようだ。

まさか、ダンジョンなのか?


いや、そんなバカな。ありえない...!)




俺の心臓は、恐怖で喉が潰れるほど早鐘を打っている。




ダンジョンの通路の壁面には、等間隔に松明がかけられ、その揺らめく光が、

表面は粗いが長方形に均一に組まれた石壁に不気味な影を落としている。




通路の幅は広く、大人二人が並んで歩ける程度。

床は湿った石畳で、天井は高すぎて闇に溶けていた。




(この通路を進んでみるか?

落ちてきた穴は.....見上げるほどの高さだ。とても登れそうにない)




俺が通路の奥を警戒した、その時だった。




ニュル.....ニュル.....




床の上で半透明のゼリー状の何かが蠢く音が聞こえた。

松明の光を反射してぬらぬらと光る、サッカーボールほどの何かだ。




「スライム!?」




小説で読んだ、迷宮の最下級モンスターだ。

スライムは、鈍い動きで俺目掛けてゆっくりと近づいてくる。




俺は反射的に通路の床に転がっていた石ころを拾い上げ、半ばパニックになりながら叫んだ。




「う、うわああああ!」




石ころをスライム目掛けて全力で投げつけた!




ベチャッ!




石ころはスライムの体を通り抜け、シュー...と音を立てながら虚しく転がっていく。




まるで水風船に触れたかのように、攻撃は完全に無効化された。

石が転がりながら溶けていく音だけが、通路に響いた。




(物理攻撃が効かないし石が溶けた?!小説の通りかよ!)




スライムはさらに接近しペチャペチャと不気味な音を立てる。

次の瞬間、スライムの体液が俺の足元の石畳に垂れた。




ジュッ!




白煙と共に、石畳の表面が溶ける。




(食らったらまずい!)




俺は後ずさりする。

酸性の飛沫が傘のビニール部分をかすめ、わずかに焦げた匂いがした。




手には傘しかない。




逃げようにもスライムにじわじわと追い詰められつつある。

恐怖で全身が震え、心臓が早鐘を打った。




(どうする、どうすればいい!?)




後ずさりした俺の背中は、石壁にぶつかった。逃げ場はない。

スライムは体を揺らし、その中心にある『核コア』のようなものがぼんやりと赤く光っている。




「う、うわあああああ!」




パニックに陥った俺は、持っていたビニール傘を何の考えもなくただ反射的にスライムに向かって突き出した!




その動きは、あまりにも拙く震えていた。




シュウウウウウウ!




傘のビニール部分に酸性の体液が掛かり激しく溶け始めた。




キンッ!




しかし、傘の金属製の先端が狙い定めたわけでもないのに、偶然にもスライムの赤いコアの真上に勢いよく突き刺さった!




「えっ……?」




次の瞬間、スライムの体が激しく光りそのまま粒子となって砕け散った。

ビニールの溶けた傘だけが俺の手に残る。




【魔物を討伐しました】

【経験値:10を獲得しました】

【ステータスが確定しました】




「うそだろ……」




呆然とする俺の目の前に、半透明のウィンドウが浮かび上がった。




名前:田中タナカ 裕太ユウタ

年齢:30歳

種族:人間(ニート属性)

職業:無職


レベル:1

HP:50/50 MP:20/20

力(STR):5

耐久(VIT):5

器用(DEX):4

魔力(INT):3

敏捷(AGI):4

運(LUC):1




「『無職』……『ニート属性』……それはいい、知ってたことだ。だが……運(LUC)が、1!?」




俺は目を見開き、全身を震わせた。




スライムのコアに偶然傘が当たって助かった。

あれは本当にたまたまで、この運の数値では再現はできないだろう。




絶望的な状況。その時、ウィンドウの下部に項目が追加された。




【スキルを獲得しました】

【スキルリストを開示しますか?】


YES / NO




最後の希望を託してYESを選択する。




【スキルリスト】




独り言(N):Lv.1

根性論(C):Lv.1

検索(R):Lv.1

偁□□?□偁□(EX):Lv.-




「……ゴミじゃねぇか、ひとつバグってるし。」




今度は怒りよりも虚脱感が勝った。




「なんだこの地味なスキルは!?チートでも魔法でもねぇ。ただの引きこもりじゃねーかよ!」




EXという文字はあるが、バグっているし、ネットファンタジー小説で読み漁った時空魔術や即死魔法などの最強のチートスキルはどこにもない。




俺が手に入れたのは、8年間のニート生活で培った薄っぺらなスキルとバグだけだった。




俺は、骨組みだけになった傘の先端と、目の前の石の床に転がるわずかに光を放つ小さな魔核を見下ろした。




(この溶け残った傘、武器になるか……?)




LUC 1という絶望的な運と、バグとゴミのようなスキルだけを持って俺はこれからどうなってしまうのだろうか。




このダンジョンで、俺は一体何を信じて生きていけばいいのか。

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