星を読む本屋

無咲 油圧

プロローグ ― 失われた灯 ―

――その夜、世界は音を失った。

雨が降っていた。窓の外で、無数の雨粒が街灯を滲ませていた。

十四歳の結人(ゆいと)と、十一歳の灯(あかり)は、その夜を永遠に忘れられないだろう。

父と母が乗っていた車が、山道でスリップして転落したのだ。

警察の言葉も、親戚たちの涙も、結人の耳には届かなかった。

灯はずっと母の名前を呼び続けていたが、やがて声も出なくなった。


葬儀が終わっても、世界は灰色のままだった。

二人は遠い町に住む叔母の家に引き取られた。

叔母は優しかった。けれど、家の空気は冷たく、他人の家の匂いがした。

食卓の笑い声も、夜の静けさも、すべてが「自分たちのもの」ではなかった。


結人は学校でほとんど喋らなかった。

灯は絵を描くのをやめた。

二人の時間は止まったまま、ただ日々が過ぎていった。


そんなある日の放課後、結人は灯の手を引いて歩いていた。

西日に染まる路地の先、ふと風に揺れた古い木の看板が目に入る。

そこには、かすれた文字でこう書かれていた。


《星渡書店》


「……こんなところに、本屋なんてあったっけ?」


灯が首をかしげる。

結人も知らない。だけど、その木の扉の向こうからは、不思議な匂いがした。

紙とインク、そして星空を閉じ込めたような

――懐かしくて、温かい香り。


二人は、互いに顔を見合わせ、静かにその扉を開けた。

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