第18話 痴情のもつれの解決

「うっ……足が……うぅっ……痛い……きつい……きつい……」



 イライザはいかにも負傷したというように、猫背でずるずる歩く。俺はそれを離れたところから、隠れるように見守る。



 そういうフェイクなのはわかるんだが――

 言葉のほうがウソっぽすぎないか?



「痛い、きつい……苦しい……苦しい……。毒がぁ……」



 目の前で毒で死んだ人間を見たことないけど、少なくともこんな奴がいたら、こいつは死なないだろうって思う気がする。あまりにも仮病臭すぎる……。


 これで暗殺者でも何でもなかったら、イライザが大根役者で移動してるだけということになるが、安全なら安全であるに越したことはないからいいのか。


 死んでしまえば恥をかくことすらできないのだ。恥ずかしいことをやって帰れてる時点で万々歳とも言える。



「痛い、きつい……]





 さて、ひどい芝居の間に俺も確認の精度をあげないと。

 気配を探る。





 呼吸を浅くする。




 五感を一度すべて落とすイメージ。




 そこから五感が再び自分の内側に入ってくるイメージ。



 あくまでも「イメージ」だ。本当に五感を消すなんてことは人間にはできない。せいぜいが集中していると、あまり意識しなくなる程度のものだ。



 ただ、こうすると、生きてるモノの感覚を察知しやすい。



 このあたりのことはラジェナ神殿の先輩神官たちが教えてくれた。

 山中で木やら山菜やらを持ってくることも多い。その時に大型の獣や魔物に襲われてはシャレにならないから、こういう技術が継承されてきた。




 てっきりどこの神官も似たことを学ぶものだと思っていたんだが、州都などに買い物に行った時によその神官と話したら「なんだ、それ?」という反応をされたので、おそらくラジェナ神殿がどこか異質なんだろう。



 いる。

 やはり固まっている。

 付近に農地があるわけでもないから、集団の農作業ということもないはずだ。





 怪しいな。





 クマを倒す時の技を応用するか。

 自分の手のひらに目をやる。




 両方の手のひらにわずかに黄色い光が宿る。




 これで敵を仕留める。


 神官は無益な殺生はしない。だが、卑怯な人間を許しもしない。



「くぅっ……あぁっ! 毒が、毒がぁ……」



 相変わらずの辛そうというより不審なイライザの芝居が続く中――

 ぞろぞろと前方と後方から武装した男たちが飛び出てきた。






 もう間違いない。

 敵だ。



 俺も動く。



 俺はイライザ後方の男一人に接近すると、その顔に手を当てた。



「何だ、お前――ぶあひっ!」



 男の顔が地面に叩きつけられる。


 手に魔力を溜めて一気に押した。ラジェナ神殿に仕えるものなら基本的な動作だ。これぐらいやれないとクマに殺されるからな。


 もう一人は角度的に地面に叩きつけづらそうだから、左腕をぐっと下に引いた。



「なんだよ、お前はっ!」



 当然抵抗しようと逆のほうに力を入れたので、思いきり力を入れたほうへと押してやる。



 半回転するようにして、男が顔から落ちる。力が入りすぎて、体が空回りしたわけだ。

 前の男の一人はイライザが「峰」の部分で顔を思いきり叩いていた。



「はぁぁっ!」

「ぶぐあっ!」



 これも男が吹き飛んで草むらに落ちていった。相手が油断してる前提で突っ込んでいったから、すぐ攻めかかるつもりのイライザの攻撃が先に入った。


 というかあの大根芝居でもまあまあ騙せるんだな。毒で言動が乱れているとでも判断したんだろうか? 胡散臭い程度で見過ごすわけにもいかないか。


 残りは一人なんだが、そこでイライザの動きが止まった。もっとも、敵も勝手が違ったからか、突っ込んでこようとはしない。


 両者の間に緊張が走っている。



「リケルさん、やっぱりあなただったんですね」


「なんだ、毒は効かなかったらしいな。せっかく危ねえ目して仕込んだのによぉ!」



 リケルという男は線の細い二枚目だったが、少し顔が酷薄だ。冒険者ギルドの登録名といより、本物の犯罪者のほうの盗賊と言ったほうがしっくりくる。



「振られたから殺してやろうと思ったんだけど失敗か。まあ、まだ失敗って決まったわけじゃねえよな」


「そこまですることはないでしょう。明らかにやりすぎです」


「そんなこたぁねえよ。あのあと、パーティーは解散したし、おかげで金が入る前提で借りていた金が返せなくなった。このままじゃ、金を貸してくれてる奴らに何をされるかわかったもんじゃねえんだ。どうせ遠くに飛ぶならその前にお前を殺そうってわけだよ!」



 おそらく博打でもやって金がなくなったんだろう。師範からも博打で首が回らなくなったゴロツキの話はちょくちょく聞いたし、そういう奴は州都にすらいた。大都市のサヴァラニアなら数えられないほど存在するだろう。


 イライザはあきれたため息を吐いた。



「話になりません。あなたを振って正解だったようです」



 その目は笑っていない。心底愛想を尽かしたという顔だった。



「舐めんなよ。そんな中年男のほうがいいって言うのかよ。ここまでコケにされたら動くしかねえだろ!」



 あっ……俺が彼氏だと思われている……。



「あの、誤解なので訂正しときますけど、全然違いますよ? 自分はしがない神官です」


「ウソつけ。聖剣引き抜いた奴だって名前が広まってるだろうがよ! 武勇伝のおかげで若い女引っかけたんだろ!」



 やっぱり聖剣の余計な影響が出てるな……。


「イライザ、お前を殺す!」



 リケルは両手にナイフを持っていた。盗賊らしい戦い方だが、イライザは落ち着いていた。


「動きが遅いんですよっ!」



 剣をリケルの前に出ている顔のほうに突きつける。



 恐怖でリケルの動きが一度止まる。

 その隙を狙ってまず右手のナイフをイライザは弾く。


「ちっ!」


「顔を狙うと、人間の動きは止まる。アレックスさんから学びました」



 別に俺の専売特許でもなんでもなく、一般論だけどな。とくに前傾姿勢で向かってくる敵に対してはその顔を攻撃しやすいので、これで勢いをくじくのはやりやすい。


「ふんっ! お前を殺すだけなら左手のナイフだけでできんだよ!」



 死に物狂いでリケルがイライザに向かっていく。


 少しまずいな。

 あれは自分がどうなろうと知ったこっちゃないという戦い方だ。イライザが容赦なく斬り殺すつもりなら対処できても、知った顔を殺したくないと思えば、そこに付け込まれる。


 俺はリケルの真横につく。

 そして、ナイフを持つ左手に俺の右手を添え――


 軽く体を反った。

 リケルの体が一気に前へ飛ぶ。

 そこで寝ててくれ。



「うえええええぇぇぇぇっ!」



 リケルの体が弧を描くようにして、川にでも飛び込むように頭から地面に落下した。

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