第17話 洞窟脱出

 顔に何かくすぐったいものが当たっているなと思った。

 目が覚めたらしい。さっきと同じ小部屋だ。毒が回って二度と目覚めないという事態は防げたらしい。



「気づかれましたか。完全に寝ちゃってましたよ」



 変に近いところからイライザの声がする。ほぼ顔の真上あたりから。



 実際、そうだった。イライザに抱(いだ)かれるようにして眠っていたらしい。くすぐったいのは髪が当たっていたようだ。



「どれぐらい眠っていた……?」


「30分ぐらいだと思いますよ。正確には計測してませんけど、1時間ってことはないんじゃないかと」


「そうか、その様子だとイライザも無事みたいだな」


「はい。呼吸困難を一時的に引き起こす毒だったようです。おそらく赤ガシラという魔物で、このへんにはいない、もっと南方の種かなと」


「だとしたら、最初から罠を仕掛けられたか。帰りも慎重に引き返したほうがいいな」



 俺は手をぱんと赤ガシラの死骸の前で叩く。



「死骸の前で手を叩いて、どういう効果があるんですか? 位置はもうわかってますよね」


「皮膚の質感によって反響は異なるんだ。赤ガシラと三つ首毒ヘビは同じヘビだが、頭の数が違うからその区別はすぐつく」


「ということは……」


「少なくとも赤ガシラかもしれない毒ヘビが近くにいるか、帰路は確認できる」



 おそらくここまで通ったルートを引き返して危険ということはないだろう。


 序盤に仕掛けて、見慣れない毒ヘビがいるからと引き返されたら、それより先にどれだけ仕掛けても意味がない。やるとしたら、最下層にまとめて設置して一気に仕留める。



「犯人は誰なんですかね? レアな毒ヘビが複数同じ部屋にいるなんてことはありえませんから」



 イライザもこれが偶然とは考えていない。



「わからない、としか言えない。聖剣を抜いた奴にムカついてるのかもしれない」


「それにしては殺意が濃すぎる気がするんです。こんなの用意だけも相当危険――あっ……」


 イライザが寂しそうな声を出した。



「誰かわかりました。人の匂いって人によって微妙に違うし、それが洞窟の中だと目立つんで。嗅いだことのある匂いを感じました」



 ということは、犯人はイライザが知っている人間だ。初見の匂いでは絶対にわからない。



「私が振った盗賊――リケルって奴です」



 恋愛のもつれか。下世話な話になるので、聞き返すことはせずにおいた。



 大事なのは近くに敵がいるかもしれないということだ。







◇◆◇◆◇








 帰路は何度も手を叩いて、赤ガシラがいないか確認をした。


 足元のほうからヘビの質感の反響が来たら最大限の注意をしたほうがいい。幸い、自分たちが歩いたルートには赤ガシラの姿はなかった。ただ、部屋を満遍なく探せば遭遇した可能性は十分ある。


 しばらくはこのダンジョンは危険すぎて使えない。ヘビ注意の看板でも立てときたいな。


 そして、どうにかヘビの襲撃もなく、洞窟を出ようというところで――



「ちょっと待て」



 と俺は手でイライザを制した。



「どうしました? 忘れ物だったら、忘れたことすら忘れてこのまま帰ったほうが無難ですよ」


「違う。外で待ち伏せされてる可能性はある」


「えっ」




 イライザが怯えたような顔になった。

 やはり知ってる顔に狙われたというのは辛いことなんだろう。



「まさか……。リケルの匂いは部屋で感じましたけど、あくまで可能性の話です。全然別の犯人が偶然近い匂いだったかもしれませんし」


「全然別の犯人だとしても、とにかく犯人が待ち伏せしている危険はある。赤ガシラは傷つけられてたんだぞ。あれが二か月前の出来事で、いまだに赤ガシラが興奮してるって思えるか?」

「あっ、ほんとだ!」


「犯人は直近で赤ガシラを設置した可能性が高い。イライザを狙ってたわけじゃないにしても、冒険者の殺害を目的にしてる奴がいたことにはなる」



 腹の中がぞわぞわした。神官同士でケンカすることもあったが、少なくとも暗殺に近いことを誰かが企んだなんて話は一度も聞いていない。


 ここには強い悪意を持った奴が関与している。



「狙うとしたら洞窟に至る道から街道に合流するまでの間ですよね。この辺は人家もないので、冒険者じゃない人間が通りかかる可能性も低いです。人通りもないから目撃もされづらいです」


「そういうこと。だから、念には念を入れて帰りたい」


「家に帰るまでが冒険――ってやつですね」


「……なんだ、その格言みたいな言葉」


「サヴァラニア周辺の冒険者の間では流行ってる言葉です。元は王都の冒険者の言葉かもしれませんが。にしても、隠れられてるとなると厄介ですね」



 イライザは不安そうな顔になる。冒険者だから突発的な事態にもある程度慣れてるとはいえ、剣士は奇襲にはそこまで強くない。なにせ剣を抜かなければ戦えない。とくに領主階級の騎士は戦場の乱戦を別にすると、堂々と戦うことしか前提にしてない者が多い。



「精度は落ちるけど、やるしかないか」


「えっ……?」


「イライザ、耳をふさいでてくれ。山に入る時にクマ除けで使うやつなんだ」



 俺は洞窟を出る少し手前で、大きく息を吸い込む。

 そして、叫ぶ。いや、音を発する。






「アッッッッッッ!」







 何かに備えて中腰になって、耳をふさいでいたイライザがこてんと背中からひっくり返った。申し訳ないことをした。事前の説明が少なすぎた。


「なんですか、今のは! 洞窟がちょっと揺れましたよ!」


「悪い、悪い。いわば【反響隠者】の強化バージョンだ。近場のモノじゃなくて遠方の確認に使う。ただ、遠くなれば遠くなるほど反響も小さくなるから、ヘビみたいな小さい奴はもちろんわからない」


「ああ、だからクマ除けなんですね。クマほど巨体なら反応が出ると」


「ご明察。だから人間が潜んでいるならなんとなくわかる。全然違う農作業中の人間かもしれんけどな」


「で、結果はどうなったんです?」



 あまり知りたくない結果だった。

 でも伝えないといけない。



「四人か五人。それがほぼ同じ所に固まってる――気がする。イノシシの親子とかならいいんだが、人間だとしたら何かの意図がないとそんなに集まらないよな」


「いかにも暗殺を考えてるような数ですね。じゃあ裏をかきましょうか」



 にやりとイライザが笑う。



「死にそうな顔で足を引きずって歩きますよ」

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