第10話 足裏に魔力を置く

 よかった……。

 真剣な勝負はろくにやってきてないからな……。どこまで通用するかまったく未知数だった。


 この調子なら残り3人ともどうにか戦えるかもしれない。





 次は背の高い武道家が前に出てきた。



「どういう流派か知らないが、サヴァラニア正道筋肉会の俺が勝つ!」


「武道もいろんな流派があるんだな」



 完全に初耳だが男は侮辱されたと思ったらしく、突っ込んできた。

 ぱんと軽く手を叩いて、敵の状況を確認する。こっちは戦慣れはしてないのだから手に入る情報はすべて把握したい。



 ああ、左腕を痛めてるのか。



 俺はさっと左腕をつかんだ。



「や、やめろ! まだそこは治りきってないんんだよ! 痛いっ! 痛いっ!」


「知らん」


「こ、降参する!」



 武道家が叫んだ。残りは二人。



「回復しきらない状態での参戦はお勧めしない。こんなふうに嫌な目に遭うことになるし。さあ、次の方、どうぞ」







 今度はクマみたいに横幅の広い男が出てきた。



「サヴァラニア正道筋肉会の若手のホープ、ゴードンだ!」



 手を叩いたら、膝が悪いのが音の反響でわかったので……ずるい気もするが、そこを蹴り上げた。


 さっきよりは踏み込むのが難しかったが、当たらないギリギリで動くのは割と得意なのでどうとでもなる。



「つっ……! くっ……。お前、膝を狙うとか卑怯……」


「気持ちはわかるけど、こっちが練習中にケガをしても延期を許してはくれなかっただろ?」


 ゴードンという武道家が立てなくなったので、この勝負も俺の勝ちでいいんだろう。



「あと一人か」



 意外と善戦できている。

 もっとも、相手が手負いなだけだったからかもしれない。厳密に言うと、膝が悪い奴は自分でも弱点を忘れていた。それをこっちは反響で察知できた。



 これは道場での練習でわかったことだ。ケガをしている練習生もいるわけだが、手を叩いた時のケガの場所の反響は微妙に違う。



 神官時代につちかった技術を武道家用にすべて転用した。


 付け焼刃もいいところだ。だが、もう一戦だけ持ってくれ


 最後の武道家はこれまでの奴と空気からして違った。

 俺に武道の心得はないからただの勘だが、やり手という感じはする。



「おい……。敵の用心棒一人になんてザマなんだ……。前払いであんたらに金を出してるんだからちゃんとやってくれよ……」



 詐欺師も自軍が残り一人になって不安がっている。



「心配無用。私は気を抜いたりはしません。サヴァラニア正道筋肉会の副会長として必ず勝ちます」



 全部同じ流派から人間を集めてきたのか……。


 詐欺師の片棒をかついでる時点でどこが正道なんだと思うが、これこそが絶対の正義というものはないのかもしれない。



 大僧正も何かに偏るなと言ってたなあ。

 偏ってしまうと、そっち側にこてんと倒れてしまう。それでは巨石を運ぶことなどできない。


 まあ、完全な不偏不党なんてものはないが、人を救うって点では間違いはないだろう。





 また試合開始とともに手を叩――

 その前に敵が突っ込んでくる!



「そのぱちんと手を叩くのがお前の術か何かの正体だろう! そんなものにはかからんぞ!」


 やむをえないので、俺は敵の攻撃をしばらくかわす。

 リーチが長い。この男、腕が想像以上に長い。それでかわしたと思っている敵の鼻先に一撃を喰らわせる手法らしい。



 聞いたわけではないが、おそらく正解だ。

 余裕ができたところで、どうにか手を叩く。腕が長いことも【反響隠者】で把握した。



「ちっ! なんで当たらないんだ? 俺の攻撃は当たらなそうで当たるんだぞ!」


「わかるんだから、しょうがないだろ!」



 存在しない腕で殴るならともかく、存在する腕で攻撃するなら空気が変化する。

 だから軌道も自然とわかる。



「くそっ! くそっ!」



 不安になった敵の手数が増えてくる。早く当てて安心したいんだろう。



「武道家のくせに落ち着きがないな」


「なんでお前は構えもろくにとってないのにそんなに動けるんだよ! どうってことのない動きのようでいて、やけに素早いじゃねえか!」



 それは魔力での補強――だと思う。無意識にやっているので自分でも上手く説明できないが。





 俺は足裏にわずかに魔力を置いているらしい。






 神官の時に精神修養の時間がやたらとあったが、その際にこういう技術を手に入れた。



 うちの神殿は本来は使わないところに魔力を少しだけ利用する傾向にあるらしい。魔力がなければ巨石も持ち上げようがないしな……。




「どういうことだ! 突っ立ってるだけのようでいて、異様に速い!」



 だんだんと敵の型のほうが崩れてくる。


 これなら飛び込めるな。


 一歩、二歩。

 真ん前に踏み込む。




 俺は相手の真ん前に立って――




「はぁっ!」




 両手で敵の胸を押した。





「ぶえええぇぇぇぇぇっ!」





 敵の体が思いきり後方へ吹き飛んでいった。

 何度も回転してようやく止まった。



「このへんの地面はそう硬くはないし、受け身も軽くはとってただろうし、多分大ケガはないだろう。まあ、修行しなおしてくれ」



 さて、これで勝ったと思うが、一応確認はしておこう。


 俺はゆっくりと詐欺師のほうへと進む。



「これで諦めてくれるはずですが、念には念を入れて、この土地に手出しはしないと一筆いただけませんか?」


「ひっ! ひぃっ! 化け物っ!」


「人を化け物扱いはよくないですね。私はしがない中年神官です。約束の完全な履行のためのお願いをしているだけのはずですから、聞いていただけますよね?」



 詐欺師がその場に座り込んだ。どうやら腰を抜かしたらしい。そこで、こくこくと首を縦に振ってきた。



「言われた通りにしますので、命ばかりは……」

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