第2話 新しい世界には不思議なものであふれてました!
「な、何が起こったんだ?!」
激しい爆発による爆風も、吹き上げられて空から降ってくる破片も、聖女の加護に弾かれた。そのためエリスの体には傷一つない。
「これはもしかして……歓迎の花火?! 打ちあがってないから私じゃなかったら大惨事になるところだったよ――って誰もいないから文句も言えないじゃない!」
最初は追っ手かと思ったが、もしかしたら歓迎してくれているのだとエリスは考え直した。いずれにしても、周りに誰もいないので確かめる術はない。しばらく考え込んでいると、今度は白黒に塗られた鉄の箱が猛スピードで向かってきた。
「今度は何なの?!」
――キキィィィ!
鬱陶しくなって思わず叫んだエリスの目の前で、耳障りな音を立てながら鉄の箱が急停止した。
バタンと箱の片側の蓋が開いて、中から肉体派と思われるガタイのいい男が出てきた。
「さっき爆発があったと思うんだけど、大丈夫かい?」
「大丈夫ですよ。何ですか、あれは。完全に不良品じゃないですか!」
エリスは鉄の箱の残骸を指差す。男はチラリと残骸に視線を移すが、特に気に留める様子もなく、再びエリスの方へと向き直った。
「あの距離で爆発して傷ひとつ――いや、服がボロボロだな」
男はエリスの肩をガシッと掴み、目を逸らした。みるみるうちに、男の顔はトマトのように顔が真っ赤に染まっていく。
「下に反物質アーマーを着込んでいるのかと思ったが……何も着ていないじゃないか!」
「服がボロボロなのは元からなんだけど! 何か文句あるの?」
確かに先ほどの爆発によって完全にお亡くなりになったエリスの服は元からボロボロだった。平民聖女ということで、新しい服を支給されなかったせいで。
「仕方ない、これを着ておけ」
箱の中からブカブカのワイシャツを取り出してエリスに寄越す。大柄な男のワイシャツは、まるでワンピースのように小柄なエリスの膝上あたりの長さだった。
「しかし、この距離で爆発があって無傷だったとは……嬢ちゃんは運がいいな」
「突然ぶつかってくるなんて思わなかったですけどね。その上、爆発までするなんて……」
「えっ?」
エリスが事実をありのままに話すと、男は豪快に笑い出した。
「ははは、なるほど。最新式の光学迷彩アーマーだったか!」
「何をワケわからないことを……」
「大丈夫だ、理解した。ああ、そうだ。何かあったらここに連絡してくれ」
男が差し出した名刺には『宇宙警察テロ対策本部
「その下の番号に掛ければ、俺に繋がるから」
「そうですか……」
エリスはとりあえず頷いた。
(番号に掛ければって言われてもなぁ……)
当然のように言っているのは、こちらの世界の常識ということなのだろう。
だが、久我にそのことを悟られてはいけない。そうエリスの勘が告げていた。
久我の方は理解したと思ったのか、今度は残骸を漁り始めた。しばらくして、奥の方から四角い板のようなものを取り出してきた。片手に板を持って、もう片方の指を表面に滑らせる。
「これは……自動運転用の端末か?」
「自動運転?」
「ああ、人間が運転しなくても勝手に目的地まで自動車を走らせるものだ」
久我が端末とやらに指を滑らせながら、少しだけ言うべきか逡巡しているようにエリスには見えた。
「色々と改造されていて……たとえば障害物があっても止まらないようになっていた」
「なるほど、だから誰も乗ってなかったし、止まる気配もなかったのか」
「ああ、そうだな。……こ、これは?」
久我の指が止まる。
「もしかして、ここにヤツらのアジトが……すまない、俺は行かなきゃいけないんだ!」
久我は端末を懐にしまうと、勢いよく白黒の自動車に乗り込んで走り去ってしまった。
「行っちゃったか……」
エリスは自動車が走り去っていった先を見ながらつぶやいた。
「とりあえず、あっちの方に行ってみるとするか」
エリスは気持ちを切り替えて最初に決めていた道を進んでいく。
通りの先はまさに神の国と言っても過言ではない幻想的な光景が広がっていた。正体不明の飛行物体が茶色い箱を積んで飛び回り、空には商品の売り込みをする人の映像がデカデカと映し出されていた。
「うひゃあああ」
その光景に目を奪われながらふらふらとエリスが通りを横切っていると脇から押し寄せてきた人の波に押し流されていく。さすがの聖女の加護もこれには無力だった。
「はあはあ、さっきは酷い目にあった……店も見つからないし、どうしようか」
道のわきにある縁石に座り込んで、エリスは息を整える。こんなことになるのであれば、最初から久我に聞いておけば良かったと後悔しても後の祭りだった。
「あ、あのっ、大丈夫ですか?」
項垂れていたように見えたのか、少し大きめの眼鏡を掛けた真面目そうな雰囲気の女性の一人が心配そうな表情でエリスを見つめている。
「あ、えっと。すみません、少し疲れてしまって……」
「この辺り、人が多くて疲れますよね。あ、ちょっと待っててください!」
彼女は近くにあった箱に駆け寄ると、たくさん並んだボタンの一つを押して、黒い所に手をかざした。
――ピッ、ガコン。
「手をかざしただけでお宝が出てきたの?!」
彼女は謎の宝箱の下にある穴に手を突っ込んで何かを取り出す。もう一度繰り返して手に入れたお宝を持ってエリスの下に戻ってきた。
「どっちにする?」
「うーん……」
エリスは差し出された二つの筒を見比べる。
『アクアウォーター』と『紅茶伝説』
(お宝って飲み物なの? うーん、紅茶、は高そうだしなぁ……)
「じゃあ、こっちで」
「はい、じゃあこれ。やっぱり疲れた時にはミルクティよりスポーツドリンクの方がいいよね」
言っている意味はよく分からなかったが、彼女の反応からエリスの選択は間違っていないと確信する。受け取ろうと筒に触れた瞬間、あまりの冷たい感触に驚いて手を引っ込めてしまう。
「ひゃっ!」
「あ、冷たかったかな?」
冷たくて当然という彼女の様子を見て、エリスは恐る恐る筒を受け取った。
(これは……どうすれば?)
受け取ったはいいものの、エリスの視線は筒と彼女の方を行ったり来たりする。
「遠慮しないで」
彼女は迷わず筒の上にある飾りを引っ張って立て、プシュッという音と共に筒の上部に穴が開き、飾りを戻して飲み始めた。
エリスも見よう見まねで同じように筒に穴を開けて飲み始める。冷たい水だと思っていたが、フルーティーな香りとほのかな甘さがあって飲みやすくなっていた。
「おいしい……」
「そう、よかったわ。じゃあね!」
「あ、あの! お代は……その、手持ちがなくて……」
「気にしなくても大丈夫よ。支払いは済んでるし、困っている子を見捨てるわけにはいかないしね」
「あ、ありがとうございます。それで……手持ちがないので、どこか物を売れる場所はありませんか?」
エリスの言葉に女性は目を見開いてため息を吐いた。
「お金に困ってるんでしょうけど、親の物を勝手に売るのは――」
「いいえ! 私の物を売って当座を凌ごうかと……。あ、こう見えても立派な大人です!」
女性はじっとエリスを見つめる。
(この目は信じてなさそう……)
華奢なせいか、やはりエリスは幼く見えるようだ。
「わかったわ。質屋に行けば手持ちの物をお金に換えてくれるわ」
「えっと、その質屋はどこに?」
「案内するからついてきて」
エリスは女性に先導してもらい、通りを進んでいく。
キレイだが殺風景だった風景は、次第にごちゃごちゃした賑やかな風景へと変わっていく。その先に現れた王城のように雄大な建物に、思わず目を奪われた。
「ここは駅よ。目的地はこっち」「あ、はい」
思わず駅に見とれていたエリスに女性が声を掛けて現実に引き戻す。さらに彼女についていくと、駅のすぐ隣のような場所にこじんまりとした建物が建っていた。
「ここよ。それじゃあ、頑張ってね!」
女性は手を挙げて別れを告げると、元来た道を戻っていった。
彼女の姿が見えなくなるまで見送って、エリスは店の前に立つ。
その瞬間――。
店の扉が横にスライドした。
「うわっ! びっくりしたなぁ……」
一瞬、エリスは身構えたが何も起こらなかったので警戒を解いて扉を注視する。しばらく待っていると、扉が閉まり始めた。
「ちょっとまったぁぁ!」
エリスが閉まる扉に手をかけると、扉が開き始めるが、焦っていたエリスは勢い余ってこじ開けるようになってしまう。
――ギギ、ガギッ、ガギッ!
「お客様、やめてください!」
店の中から飛び出してきた店員が慌ててエリスを止めた。
「扉が閉まりそうだったから!」
「いやいや、どうみても自動ドアですよね?! それより用があるなら、さっさと中に入ってください!」
言い訳するエリスに店員が盛大なツッコミを入れると、強引に中に入らせる。
「そこに座ってください!」
ソファを勧められて、エリスは静かに腰かけた。王宮のベッドに匹敵するくらいのふかふか具合にびっくりしたが、何とか顔に出ないようにする。
「それでご用件は?」
「えっと、これを売りたくて……」
向かいのソファに座った店員が用件を尋ねると、エリスは自分の指にはめていた指輪を外してテーブルの上に置いた。
その指輪は聖女の加護を疑似的に再現した防御魔法を展開することができる。しかし、聖女の加護を持っているエリスにとっては無用の長物だった。
「ふむ、これは……」
指輪を手に取ってしげしげと眺める。
「素材は……銀でも金でもプラチナでもないな……玩具じゃないとは思うが……全く分からないな」
店員は指輪を手に持って眉を寄せて唸る。
「鑑定機に掛けてみますね」
店員は奥に置いてある鑑定機へと向かった。
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