所持金6000億円の断罪聖女。〜転移先の近未来都市で魔道具を売ったら国家予算を超えたので、財力と聖女の力で美食革命を起こします!〜

ケロ王

第1話 新世界へようこそ!

「やっと来たか、聖女エリスよ。貴様が魔女であるとの密告があった――」


 密告されたと聞いても、顔色一つ変えないエリスの様子に国王は眉を寄せる。


「オホン! よって、貴様を魔女裁判にかける!」

「執行は三日後となります」


 エリスがちゃんと聞いていないと思ったのか、国王はわざとらしく咳ばらいをしてから宣言した。続いて隣に控えていた宰相が事務的に告げる。


 時の流れが止まったように、沈黙が場を支配する。国王たちは彼女が慌てふためき泣き喚くのを期待していた。しかし、彼女は勢いよく立ち上がり――。


「えっ、ホントに……」


 エリスはゆっくりと両腕を上げて、握りこぶしを作った。


「ウオォォォォォォ! キタァァァァァ!」


 予想外の反応にその場の全員が呆気に取られていた。それはエリスにとって、平民だからと、銀髪紅眼だからと、嫌がらせを受けたり雑用を押し付けられてきた教会からの解放。


「やっとですか! やっと神の世界に行けるってことですよね?」

「何を言っておるのだ、貴様は!」

「えっ、聖女の泉に沈むと神の世界に行けるっていう噂、もしかして知らないんですか?」


 意外そうな表情で訊ねるエリスに、国王は拳を震わせ、こめかみに青筋を浮かべる。


「それは教会が言っている方便だ! それに魔女裁判に掛けられたものは、ほぼ浮かび上がって火炙りにされておるわ!」

「大丈夫です。沈めばいいんですよね!」

「言っとくが、浮かばぬように服に石を縫い付けるのは禁止だ!」

「心得ております! では、三日後に!」


 エリスはニッコリと微笑んで帰ろうとする。しかし、衛兵が彼女の行く手を塞いだ。


「まて、お前は魔女裁判までの間、王宮から外に出ることは認められん。逃げられたら敵わんからな!」

「そんな……あ、でも逆に都合がいいかも?」

「都合?」

「あ、いえいえ。こっちの話です!」


 エリスは聖女と言うこともあり、王宮の貴賓室へと通された。豪華な調度品の数々に目を奪われる。


「このベッドふかふかじゃない!」


 勢いよくベッドに飛び込んだが、エリスの体は柔らかく膨らんだ布団によって優しく包まれた。


「こんなの教会じゃ絶対に使わせてもらえなかったよ!」


 素晴らしい部屋を堪能しつつ、エリスは夜を待って密かに行動を開始することにした。



 夜――多くの人が寝静まったころ、エリスはこっそり部屋を出た。


「おっと、こんな所にも巡回している騎士がいるのか……でも、スラムでヤバい奴らから追われるのに比べたら大したことないね」


 慎重に巡回の目をかわしながら、静まり返った王宮を進んでいく。


「ここが騎士団の倉庫かな。ここなら目当ての物が置いてあるはず……」


 エリスは静かに扉を開ける。暗いせいで薄っすらとしか見えないが、奥の方にフルプレートの鎧が置かれてることに気付いて静かに近づいていく。


「うん、私でも何とか着れそうな小さいサイズもあるし、これを貰うとしよう」


 エリスは鎧をばらして何往復もかけて少しずつ部屋へと運んだ。


「これでよし。あとは見つからないようにベッドの下にでも隠して――これで当日を待つだけだ」



 魔女裁判当日の朝、エリスは少し早い時間に起きるとベッドの下から鎧を引き出して着込んでいく。


「よし、これで――あれ?」


 体力には自信があったが、それでも鎧が重すぎて立ち上がることができない。


「ぐぬぬぬ、はあはあ……ダメだ。立つことができれば、歩くことはできそうなんだけどなぁ……」


 立ち上がれないけど、沈むために鎧は必須。エリスは鋼の意思で脱ぐという選択肢を排除する。しばらくして、部屋の扉がノックされた。


「どうぞ!」

「エリス様、今日は僕の方で担当いたし――」


 話しながら扉を開けて中に入ってきた執行官の動きが止まった。


「えっ!」

「おはようございます! 私を聖女の泉に連れてってください!」

「えっと……その鎧は?」

「服装は自由ですよね!」

「そ、それは!」

「何か問題が?」

「し、失礼しました!」


 執行官は鬼気迫るエリスの勢いに押されて反射的に頷いた。


「しょ、少々お待ちを!」


 慌てて部屋から出ていくと手押し車を持ってきた。


「こちらにお乗りください――って一人じゃ立ち上がれないんですか?!」


 執行官の手を取ってエリスは立ち上がった。ゆっくりとした足取りで手押し車に乗ると聖女の泉へと向かう。



 聖女の泉には、国王を始めとした貴族や大司教を始めとした神官や聖女が勢ぞろいしていた。


 ガラガラとエリスを乗せた手押し車が、執行官に押されて聖女の泉へとまっすぐ向かう。


「なんだあれは!」

「何で鎧を運んでるんだ!」

「どういうことだ? エリスじゃないのか?」


 鎧の中にエリスがいると思っていない周囲の人間たちが執行官を責める。国王が苛立ちながら執行官を問い質す。


「静まれ! これはどういうことだ?」

「こちらが聖女エリス様でございます」

「命令通り来てあげましたよ」


 兜の前の部分を上げて顔を見せたエリスを見て全員が押し黙った。先ほどまで彼らが責め立てていた執行官は忠実に職務を全うしたに過ぎなかったからだ。


 しかし、彼らの罪悪感はすぐにエリスに対する非難へと変わる。


「静まれと言っているだろう! なんだ、その鎧は!」

「服装は自由だと仰いましたよね?」

「だが!」

「別に石を仕込んだりしていませんよ」


 エリスは大勢に囲まれながらも泰然自若としていた。国王も威厳を保つべく強気に出ようとするが、彼女の気迫に押されまくっている。


「不敬な!」「所詮は平民だな」「躾がなっていない」「教会は何で……」


 エリスの態度に貴族も神官も聖女も、元平民であることを理由に、露骨に見下し国王への不敬を糾弾する。


「もういい、こいつの戯言には付き合ってられん。そのふざけた鎧を脱がせてしまえ!」


 体面を潰された国王は怒りに震えながら騎士に命じる。騎士たちが動くより早く、エリスが動いた。


「脱がせろって……それはちょっと……破廉恥――」


 エリスが嫌悪感をあらわにしながら一歩後ずさる。すると手押し車がバランスを崩して大きく傾いた。


「うわっ!」


 そのまま転がって泉の方に投げ出され、そのまま泉へと真っ逆さまに落ちていく。


 ――ドボォォォン!


 盛大な音と共に水柱が吹き上がり、周囲の人々を水浸しにする。突然ビショビショになった国王たちは、何が起こったか理解するまで、呆然と立ち尽くしていた。


 一方、エリスは圧倒的重量によって泉の底へと一直線に沈んでいった。


 泉の底にたどり着いたエリスは周囲を見回す。上からわずかに日の光が降り注いでいるとはいえ見通しが良いとは言えなかった。


(聖女の加護のおかげで呼吸は問題なさそうね)


 水中でも問題ないことを確かめ、エリスは神の世界への道を探して歩き回る。


「あ、あれかな?」


 水草や岩に隠れるようにして、薄っすらと白い光が揺らめいていた。光の中には、見たことのない近代的な景色が映し出されてた。


「ここで良さそう……」


 エリスの顔から思わず笑みが零れる。すでに覚悟は決まっていた。


「ここから私の自由な生活が始まる!」


 迷いを振り切って、エリスは白い光の中へと飛び込んだ。



「本当に来れたんだ……」


 目の前に広がった景色に目を奪われる。


 身分や教会から解放され、自由を得たのだと実感する。


 一方で、先ほどまではお世話になっていたはずの鎧の重さが、過去を思い起こさせて鬱陶しく感じてしまう。


「もう鎧は用済みだ!」


 迷うことなく鎧を脱ぎ捨てる。体が軽くなると同時に心まで軽くなるような気がした。


 真上に伸ばした手のひらの先には透明のドームが広がり、さらに先には星々の煌めく夜空が広がっていた。


 地上からは、教会よりも高い建物が無数に天へと伸びていて、こちらの世界は教会に影響されていないのだと実感する。


 建物の間に敷かれた道はキレイに舗装されていて、わずかなデコボコすら無いように見えた。


「キレイな世界……だけど、誰も見かけないな」


 完璧なまでに整備された景色であったが、その中に人の姿はなかった。


「あっちの方にいるのかもしれないな」


 エリスは奥に伸びている道を目指し、目の前を横切っている道路を渡る――。


 ドン、という衝撃音が横合いから聞こえて、エリスは思わずそちらの方を見る。


 黒塗りの鉄の箱が目の前でひっくり返っていて、凄い勢いでクルクルと回っていた。


「聖女の加護ではじき返されたのかな? でも、これは何――」


 ――ドゴォォォォォン!


 エリスが言い終わるより早く、鉄の箱は激しく爆発した。

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