所持金6000億円の断罪聖女〜転移先の近未来都市で魔道具を売ったら国家予算を超えたので、財力と聖女の力で美食革命を起こします!〜

ケロ王

第1話 新世界へようこそ!

 聖女の泉が雲母のようにキラキラと輝いている。


 ガシャン、という音を立ててフルプレートの鎧に身を包んだエリスが台車から降りた。これから行われる魔女裁判によって泉に飛び込む。泉の底にあると教会が言っている神の世界。本当かどうかは分からないが、好きなように過ごせる世界で自由に生きる未来が、彼女の目に映る。


 エリスの周りには、国王をはじめとして貴族や神官、聖女、騎士といった人々が取り囲むように立っていた。長閑な泉の景観を台無しにするほど騒々しい連中だ。


「その格好は何だと聞いている!」

「えっと、正装ですけど?」


 国王の怒鳴り声に、エリスが顔を上げて答え首を傾げた。美しい水面とは対照的に醜悪な国王や大司教の顔が彼女の視界に入り、思わず顔をしかめてしまう。集まった参列者たちは彼女の態度を不敬だとして一斉に責め立てた。


「まったく、これだから平民は常識がない!」

「銀色の髪と紅い瞳の女でしょう? やっぱり魔女にしか違いませんわ!」

「聖女と言ってたけど、雑用しかできなかったらしいじゃないか!」


 実態を知らない彼らは、エリスのことを無能で不気味な平民聖女だと見下してきた。教会が利益を貪るために聖女の力を無理矢理遣わされ、残飯のような食事で飢えを凌いできた。


 魔女だと告発されてからは、他の聖女たちが邪悪だと聖水を掛けてきて、どうせ死ぬのだからと残飯の食事すら出されなくなった。聖女の加護によって聖水は弾き返すため気にならなかったが、食事だけはどうにもならない。


夜中にこっそりと抜け出して酒場のゴミ捨て場で残飯を漁っていなかったら、一歩も動けなくなっていただろう。


(いつかは告発されるだろうと思ってたけど、意外と早かったな)


 ざわめきだした場を鎮めるように、国王は大きく咳払いをする。外野が静かになった頃合いを見計らって、彼は言葉を続けた。


「そのフルプレートの鎧を正装だと言うつもりか?」

「えっ、そうですよね? ほら……」


 エリスは参列している騎士を指差す。彼らも同じフルプレートの鎧を着込んでいた。


「そやつらは騎士だ。鎧を着ていて当然だろうが!」

「じゃあ、私も騎士ってことにしてください。これで問題ないですよね?」

「いくら正装でも動けないなら認められるわけないだろうが!」


 国王だけでなく、騎士たちもエリスの言葉に殺気立つ。一触即発の雰囲気となるも、国王が問い詰めたことで少し落ち着いた。


「ゆっくりとしか動けなかったので、こうして台車で運んできてもらっただけですよ」


 ガシャン、という音を立ててエリスが泉に向かって一歩を踏み出した。


「ほら、もちろん動けますよ!」


 ガシャン、ガシャン、と音を立てながら、エリスはゆっくりと進んでいく。その先には、魔女裁判の儀式の中で飛び込むはずの聖女の泉。儀式を始めようと準備をしていた大司教が慌てて声を張り上げた。


「いかん! 待つのじゃ!」

「いいじゃない。どうせ形だけの儀式なんだし――それじゃ、あとはよろしくっ!」


 エリスが進みながら大司教を煽りながら、泉へと向かう。大司教や神官が慌てて止めようとするも、時すでに遅く、あと一歩のところでエリスの体は宙を舞い、そのまま泉の中へと落ちていった。


「くそっ、間に合わなかったか!」

「ぐぬぬ……神の神聖な儀式を愚弄するとは! 許せん、魔女め!」


 魔女裁判の儀式を始める前に終わってしまったことで、面目を潰された大司教は唇を震わせ怒りを露わにする。


「でも、浮かんできませんね。これは神の下に行ったのでは?」

「バカモン! そんなこと認められるか!」


 新人の神官のぼやきを聞いた大司教は地団駄を踏んで当たり散らした。だが、その言葉は元々教会が言っていたこと。あっさりと覆した大司教が、周囲から白い目で見られることになった。



 無事、鎧のおかげで泉の底にたどり着いたエリスは神の国の入口を探して歩いていた。聖女の加護によって、周囲には空気が膜のように体を覆っている。長くは持たないが、呼吸の心配は不要だった。


「どこにあるのかな?」


 しばらく歩き回ったエリスは、岩と水草の間に歪んだ空間を見つける。少しだけ青白い光を放ちながら揺らめいていた。


「これかな?」


 さらに近づくと、歪みから重苦しい振動音が聞こえてくる。


(これでいいと思うんだけど、ちょっと怖いなぁ……でも、ここまで来ちゃったからなぁ……)


 エリスは歪みを手で触れてみたりしたが、特に変わったことはなかった。大丈夫そうなので、そのまま歪みの中に入っていくと、視界が真っ白に塗りつぶされた。


「うわ、眩しい!」



 エリスが目を開けると、そこは別世界だった。天に届きそうなほど巨大な建物が建ち並び、その先には夜空が広がっていた。


「夜? でも空が全体的に光っているせいか、暗くないのかも……」


 エリスの見立て通り、黒い夜空の手前に光る骨組みのようなものがあって、地上が明るくなっていた。目を凝らせば、その骨組みの間に透明なガラスのような壁が張られているのが分かる。


「そうだ、鎧を脱いでおこう」


 動こうとして鎧の重さに気付いたエリスは手際良くフルプレートの鎧を脱いでいく。


「さすがに重くて持っていけないか……しかたない、端の方にまとめて置いとくか」


 鎧を隅の方に小分けにして移動させる。身軽になったエリスは細い通りの向こうから、雑多な音が聞こえてくるのに気付いた。


「あっちの方に誰かいるのかも」


 細い通りに入るために道を渡ろうとする。道の半ばまで渡った辺りで、隣からドンという重い衝撃音が聞こえた。


「うん? あ、なんだろう、これ?」


 エリスの体に宙に浮かぶ黒塗りの歪な箱のようなものがめり込んでいた。正しくはぶつかったはずの箱の方にエリスの体がめり込むような形ではあるが。当然ながら、エリス自身は傷ひとつ負っていない。


「何これ? 突然突っ込んできた――」


 突然の出来事に戸惑っていると、エリスの目の前で自動車が盛大に爆発した。


 ドゴォォォン!


 耳をつんざくような破裂音と灼熱の爆風を撒き散らす。鉄の箱も爆発の勢いによって逆さまにひっくり返っていた。あまりにも突拍子もない光景だが、エリスは良く分からずに首を傾げる。


「うーん……もしかして、攻撃魔法を撃たれたのかも」


 先ほどの爆風はもちろんのこと、吹き上げられて降り注ぐ鉄の箱の残骸も聖女の加護によって守られているエリスには傷ひとつ負わせることはできなかった。


「もしかして追っ手かな? さすがに泉に潜ってまで追いかけてくるのはないか……」


 周囲を見回してみても誰もいない。どうしたものかと考え込んでいると、今度は白黒に塗られた鉄の箱が猛スピードで走ってきた。


 キキィィィ!


 それは、エリスの目の前で耳障りな音を立てながら急停止した。

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