第54話 閉会式
午後四時。閉会のアナウンスが流れる。観客たちが帰り始めていた。
校内放送が流れた。
「本日の文化祭は、これで終了いたします。ご来場ありがとうございました。生徒の皆さんは、16:30に体育館に集合してください。閉会式を行います」
月美は、深く息を吐いた。
(終わった……半年……本当に終わった……)
圧倒的な疲労と達成感が月美を包んでいた。
委員長が、生徒会メンバーに指示を出す。
「全員、体育館へ誘導してください。最後の集まりです」
生徒たちが、三々五々体育館へ向かう。
疲れた表情。
でも満足そう。
女装姿のまま、歩いていく。
◆
体育館。
全校生徒が、女装姿で集合していた。
制服、メイク、ウィッグ。
壇上には委員長、月美、生徒会メンバー。
照明が灯る。
生徒たちのざわめき。
「疲れたな……」
「でも、成功したよな」
「最高の文化祭だった」
あちこちで会話が続いている。
委員長が、壇上へ歩いていく。マイクの前に立つ。
委員長を目に、生徒たちは、静まった。
期待と緊張。
月美は、壇上の端で委員長を見守っていた。
◆
委員長が、マイクを握った。
「みなさん、本日は本当にお疲れ様でした」
委員長は、壇上から全校生徒を見渡した。
女子高生の制服を着た、男たち。
スカート、ウィッグ、メイク。
半年間、女装を続けた仲間たち。
「音光学園を救うため、全員で女装し、この文化祭を成功させました」
生徒たち、息を呑む。
委員長は、続ける。
「来場者数、予想の1.5倍。SNSでのトレンド、1位。メディア取材、多数」
委員長は、データを読み上げた。
「そして、真実を公表し、多くの拍手をいただきました」
生徒たち、静かに聞いている。
「みなさんの努力が、実を結びました」
委員長は、一呼吸置いた。
「もう――」
体育館が、静まり返った。
委員長は、静かに言った。
「女装を解いて大丈夫です」
◆
一瞬の沈黙。
全員、固まる。
委員長の言葉を理解するのに時間がかかる。
「女装を解いて大丈夫」
(もう……解いていいんだ……)
その言葉と同時に――
「「「うおおおおおおっ!!!」」」
野太い、圧倒的な咆哮。
体育館が震えるほどの、男の雄叫び。
窓ガラスが震え、天井が震え、床が震えた。
生徒たち、一斉に叫ぶ。
「やったあああ!!」
「終わったあああ!!」
「最高だあああ!!」
拳を突き上げる。
ジャンプする。
抱き合う。
スカートを履いたまま。
ウィッグを被ったまま。
メイクをしたまま。
でも、声は完全に男。
壇上の委員長は、静かに微笑んでいた。
月美も、笑顔。
生徒会メンバーも、拍手している。
肩を震わせ、声を上げて、男泣きに泣いている。
「やった...やりきった...!」
「俺たち、やったよな...!」
互いに抱き合い、背中を叩き合う。女の子の格好をした男たちが。
1年生、泣きながら笑っている。
「初めてのメイク、大変だった……」
「でも、楽しかった……」
2年生、抱き合っている。
「美月、すごかったな……」
「みんなすごかったよ……」
3年生、静かに涙を流している。
「最後の文化祭……最高だった……」
「最高の思い出だよ」
北条と演劇部のメンバーが、握手している。
「やりきった……」
「部長、すごかったです」
「お前もな」
護道と野崎が、互いに頷き合っている。
月美は、生徒たちを見ていた。
(みんな……泣いてる……半年……本当に大変だった……でも、ついにやりきった。やりきれた)
月美も涙ぐんでいた。
委員長は、壇上からそんな生徒たちを見渡していた。
徐々に、咆哮と泣き声が収まっていく。
生徒たち、笑顔。
疲れているが、満足そう。
委員長が、再びマイクを握る。
「それでは、解散です。明日は休みですから、ゆっくり休んでください。本当に、お疲れ様でした」
生徒たち、拍手。
「お疲れ様でした!」
体育館を出ていく生徒たち。
まだ女装姿。
でも、歩き方が男に戻っている。
声も男。
「やっと終わったな」
「メイク落としたい」
「でも、ちょっと名残惜しい」
笑い声が響く。
生徒会メンバーは、残って片付けを始めた。
月美も手伝っている。
委員長も、壇上から降りてくる。
◆
やがて、体育館には月美と委員長、二人きりになった。
夕日が、西の窓から差し込んでいる。
しばらく、無言。
二人、体育館を見渡す。
さっきまでの咆哮と泣き声。
今は静寂。
月美はウィッグを取り外し、ウィッグ用のネットも外す。そして美月に戻った。
美月が、口を開いた。
「委員長、一人でよくここまで走り抜けたな」
委員長は、静かに首を振った。
「ひとりなわけないじゃないですか。これだけのみんながいたから、走り抜けられたんですよ」
委員長は、空になった体育館を見渡した。
「それは、そうだけど。でも、計画を立てたのも、決断したのも、全部お前一人だったじゃないか」
美月は、少し困ったように笑った。
委員長は答えなかった。
答えられなかった。
「桜井くんの今の言葉は、ちょっと、いえ……すごく、響きますね」
美月は、委員長を見た。
顔を上げた委員長の頬を、一筋の涙が伝っていた。
女装姿のまま。
委員長は、静かに泣いていた。
「……ありがとうございます」
小さな声で、そう言った。
美月は、何も言わなかった。
ただ、静かに頷いた。
二人は、夕日が差し込む体育館を見渡した。
半年間の戦いの舞台。
そして、新しい始まりの場所。
夕日が、二人の影を長く伸ばしていた。
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