第34話 全校集会での大発表
その日、音光学園校内に、緊急全校集会を知らせる放送が響いた。
「全校生徒は直ちに講堂に集合してください。繰り返します……」
生徒たちは困惑しながらも、足早に講堂に向かう。
「なんだよ急に」
「何か大変なことでも起きたのか?」
講堂に集まった生徒たちの前に、壇上には異例の顔ぶれが並んでいた。理事長、校長、そして生徒会委員長の三人が、重々しい表情で立っている。
いつもなら軽口を叩き合う生徒たちも、この雰囲気に押されて静まり返った。
理事長が歩み出て、マイクを手に取る。
「皆さん、急な招集で申し訳ありません。今回緊急事態のため、皆さんをお呼びさせていただきました」
理事長の言葉に、講堂がさらに静まり返る。
「詳細は校長から説明させていただきます」
校長が前に出ると、資料を手に厳粛な表情で話し始めた。
「皆さんにお伝えしなければならないお話があります。音光学園は、深刻な経営危機に陥っています」
ざわめきが起こる。
「定員割れが続き、予算削減も限界に達しました。昨年の文化祭には、来場者は保護者の方々だけでした」
生徒たちの表情が曇る。
「このままの状況が続けば……来年度、音光学園は廃校になります」
校長が深く頭を下げた。
「こうなってしまった事態には、我々教職員にも責任があります。皆さんに、このような現実を突きつけることになってしまい……本当に申し訳ありません」
理事長も、同じように頭を下げる。
講堂が静まり返った。
「……マジかよ」
「校長が頭下げるって、ただならぬ状況だぞ」
「本気で廃校になるのか……」
生徒たちの表情が一変した。冗談ではない。本当に学校が消えるかもしれない。
講堂は騒然となった。ざわめきが広がり、不安の声が飛び交う。
理事長と校長は、その反応を静かに受け止めていた。
やがて、ざわめきが少しずつ収まり始めた頃——委員長が前に進み出た。
「皆さん、まだ絶望する必要はありません」
委員長の落ち着いた声が、重い空気を切り裂く。
「確かに、現状は厳しい。定員割れが続き、予算も限界。普通の対策では、もう間に合わない状況です」
スクリーンに数字が映し出される。入学者数の推移、予算削減の実態、他校との比較データ。
「問題は明確です。音光学園は、世間に知られていない。魅力を伝える機会がない。特に昨年の文化祭は、来場者のほとんどが保護者でした」
生徒たちが頷く。確かに、去年の文化祭は閑散としていた。
「つまり、解決すべきは『認知度』と『話題性』です。この学校の存在を、全国に知らしめる必要がある」
委員長が力強く宣言する。
「そのために、文化祭で学校を全国にアピールする作戦があります」
「普通の文化祭じゃダメなのか?」
ある生徒が疑問を投げかける。去年の文化祭を知らない、一年生のようだ。
「昨年の文化祭を覚えている方はいますか? 来場者は少なく保護者だけでした。それではこの学校に入りたいと思ってもらうような目的は達成できていないんです」
委員長がきっぱりと答える。
「普通の男子校の文化祭では、誰も来ない。地味な男子校に、わざわざ足を運ぶ理由がありませんから」
生徒たちが静まり返る。確かに、その通りだ。
「ですが……」
委員長の声のトーンが変わった。
「もし、この音光学園が女子校だったら?」
「は?」
「女子校? 何言ってんだ?」
生徒たちが困惑する。
「全国から人を集めるには、圧倒的な話題性が必要です。そこで私たちが考えたのは……」
委員長が一呼吸置いて、はっきりと宣言した。
「音光学園を、文化祭の間だけ、女子校に見せかける作戦です」
講堂が一瞬、静まり返った。
「……は?」
「女子校に見せかけるって……」
「どういうことだよ」
「つまり、こういうことです」
委員長がスクリーンを指す。そこに映し出されたのは、パワーポイントの一枚絵。
『謎の美少女だらけの学園祭!? 音光学園女子校、今秋一般公開!』
「私たちは、『男子校だったはずなのに、女子校?』という疑問をきっかけに話題を作ります。
『嘘だろ、あの可愛い女子高生たちが全員男!?』という驚きで、全国から人を集めるんです」
「いや、無理だろ……」
「男が女子校生に見えるわけない」
生徒たちから懐疑的な声が上がる。
委員長は静かに微笑んだ。
「本当にそうでしょうか? では、実際に見ていただきましょう」
委員長がスクリーンを指す。
「まず、我々が制作したPR動画をご覧ください」
照明が落ち、スクリーンに映像が流れ始めた。
画面に現れたのは、魔女っ子コスプレをした女の子だった。ピンク色のウィッグ、大きな瞳を強調したメイク、魔女帽子を被った少女が、画面いっぱいに微笑んでいる。
ウインクと共に、キラキラしたエフェクトが画面を彩る。
「……え?」
「誰、あの子!?」
「めっちゃ可愛いじゃん」
「実写だぞ、あれ」
「マジで女の子雇ったのか?」
「本気すぎるだろ」
会場がざわめく。
PVは続く。魔女っ子コスプレの少女が学園を案内する映像。校舎、教室、そして美しい「女子生徒たち」の姿。どれも完成度が高く、本当に女子校のPRビデオのようだった。
そして最後、画面いっぱいに一人の女の子が登場した。
くるっと回転し、あざといポーズを決める。両手で猫耳を作り、首を傾げながら……
「みんな、こんにちは♥ 音光学園の文化祭、今年は特別なの。美少女だらけの学園祭……ぜひ来てにゃん♥」
ウインクと共に、映像が終わった。
「可愛すぎる……」
「あの子、誰だよ!」
「完璧じゃん」
会場は完全に魅了されていた。
映像が終わり、照明が戻る。
委員長が冷静に告げた。
「今の映像……あれは、私です」
「……………………は?」
講堂が一瞬、完全に静まり返った。
「嘘だろ!?」
「委員長が!?」
「あのあざといポーズ!?」
「マジで言ってんのか!?」
会場が騒然となった、その時。
委員長が急に声を変えた。女の子の、可愛らしい声で。
「みんな、私のために争わないで♥」
講堂が、完全に静まり返った。
「……………………」
誰も声を出せない。唖然としている。目の前の委員長は、いつもの冷静な男子生徒の姿のまま。なのに、今聞こえた声は、完全に女の子の声だった。
「え……」
「今の……」
「本当に委員長……?」
委員長がいつもの声に戻り、静かに微笑む。
「どうでしょう。可能性を感じていただけたでしょうか?」
委員長が壇上の袖に向かって声をかけた。
「2年A組の皆さん、お願いします。……当然、全員男性です」
照明が再び少し落ちる。
そして、袖から一人、また一人と、美しい女子生徒たちが壇上に現れ始めた。
制服を美しく着こなし、髪型も完璧にセットされた彼女たちは、まさに理想的な女子高生の姿だった。
「……え?」
「誰だ、あれ」
「うちの学校に女子いたっけ?」
生徒たちは困惑している。なぜこんなに多くの女子生徒がいるのか。
約三十人の「女子生徒」が壇上に並んだ。どの子も自然で、本物の女子高生にしか見えない。PVに映っていたのと同じ、美しい姿だ。
委員長が告げる。
「皆さんが見ている彼女たちは……2年A組の皆さんです」
「嘘だろ!?」
「えっ、マジで!?」
「あれが2-Aの連中!?」
講堂が爆発的にざわめいた。
生徒たちは目を凝らして壇上を見つめる。言われてみれば、確かに見覚えのある顔立ちだ。でも、完全に女子にしか見えない。
「田島……か? お前、そんなに可愛かったのかよ!?」
「信じられねぇ……」
「完全に女子じゃん!」
講堂の驚きは最高潮に達した。
委員長が説明を続ける。
「1ヶ月間、2年A組は女装の訓練を積んできました。この経過をご覧ください」
スクリーンに映し出されたのは、訓練中の写真や動画だった。最初はぎこちなかった動きが、日を追うごとに自然になっていく様子が映されている。
メイク講習、ウォーキング練習、仕草の訓練……全てが記録されていた。
「すげぇ……」
「マジで訓練してたんだ」
「ここまでできるのか……」
生徒たちの表情が、懐疑から驚愕へと変わっていく。
「どうでしょう、皆さん。男子校が女子校に化けることは、不可能ではないと分かっていただけたと思います」
委員長の言葉に、誰も反論できなかった。目の前の現実が、全てを証明していた。
「いや……しかし……」
「俺等が女装するってことだろ?」
「いくら見せられてもできる気がしないぜ」
一同を見渡し委員長はさらなるひと押しをする。
「実は、この取り組みは既にMHKの番組『プロジェクトχ』で密着取材されています。既にネタバレ込みで収録が開始されています」
「え?」
「もう撮られてるの?」
委員長は後ろの方を指差す。カメラマンがしれっと講堂に入ってカメラに撮っていることを示す。
「いつのまに」
「マジで……マジなのか……」
「さらに、今回の企画は、少女漫画『ほしみのひみつ』として、この体験を連載中です」
「『ほしみのひみつ』って、あの話題の漫画?」
「まさかうちの学校がモデルだったのか……」
「つまり、もう後戻りできない状況なんです」
委員長の言葉に、生徒たちは現実の重さを感じ始めた。
「マジで全国デビューするってことか……」
委員長が一度、深く頭を下げた。
「私たちは、ここまで本気で取り組んできました」
壇上に並んだ2-Aのメンバーも、一斉に頭を下げる。
「私たちの本気、誠意、そして……皆さんへのお願いが、伝わりましたでしょうか」
講堂が静まり返る。
委員長が頭を上げ、真っ直ぐに生徒たちを見つめた。
理事長が前に出た。
「皆さん、ご理解いただけましたでしょうか」
理事長の声は、震えていた。
「この企画は、全員参加とします。どうか、力を貸してください。この学校を……共に守りましょう」
講堂に重い沈黙が流れた。
校長が補足する。
「詳細は後日、各クラスで説明します。色々思われる方もいるでしょう。でもまずは、この現実を受け止めてください」
そして、委員長が最後に告げる。
「本日はこれで終わります。各自、よく考えてください」
集会が終了した。
講堂を出る生徒たちの間で、早くも様々な反応が飛び交っていた。
「お前、やるの?」
「まだ分からない……」
「でも、学校がなくなるよりはマシかも」
「俺、意外といけるかも」
「いや、俺が女装とか無理だって」
「MHKが絡んでるって本気すぎるだろ」
「親に何て説明すればいいんだよ」
賛成、反対、困惑、不安……講堂は混沌としていた。
委員長は壇上から、その光景を静かに見つめていた。
月美が隣に立つ。
「……これから、大変ですね」
「ええ」委員長は小さく頷いた。「ここからが本当の勝負です」
全校への発表は完了した。しかし、これは始まりに過ぎない。
生徒一人一人の心を動かし、真の協力を得るための、個別の説得戦が今始まろうとしていた。
音光学園の命運をかけた、最後の戦いが幕を開けた。
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