第33話 文化祭委員会への説得
翌日の放課後。文化祭委員会のメンバーが委員会室に集まっていた。いつもより緊張した空気が流れている。それは当然だ。今日は「緊急ミーティング」として招集されているからだ。
文化祭委員メンバーの集合に少し遅れて藤田が委員会室に入ってくる。
「みんな、お疲れ様」
席に着くと、委員たちも座った。
「今日は重要な話がある。生徒会から文化祭の内容に関する提案があったんだ」
「文化祭の提案?」
副委員長の田中が首をかしげる。
「どんな提案なんです?」
会計の佐々木が興味深そうに尋ねる。
「生徒会から提案されたのは……今年の文化祭について、『男子校全員で女装して、女子校風の文化祭をやろう』という企画だ」
委員会室が一瞬静まり返った。
「……は?」
複数の委員が同時に声を上げる。
「生徒全員で女装って……マジで言ってるんですか?」
広報担当の山本が困惑した顔で聞く。
「冗談じゃない。本気の企画だ」
藤田の真剣な表情に、委員たちは戸惑いを隠せない。
藤田は委員たちの困惑した表情を見回すと、深く息を吸った。
「みんなの気持ちはよく分かる。最初俺も同じ反応だった。でも、まず現状を思い出してほしい」
藤田が立ち上がり、ホワイトボードに向かう。
「去年の文化祭、来場者はどれくらい人が集まったか覚えているか?」
「……保護者だけでしたね」
二年生の文化祭委員の一人が苦々しく答える。
「そうだ。準備にあれだけ時間をかけたのに、来てくれたのは家族だけ。今年もこのままなら同じ結果になる。いや、もっと悪くなるかもしれない」
藤田の言葉に、委員たちの表情が暗くなる。
「だからこそ、これくらい飛び抜けたことをしないといけないんだ。『男子校が女子校に!』これは確実に話題になる」
「でも……」
「ちょっと待ってください」
渉外担当の鈴木が手を上げる。
「俺、身長180センチで体重80キロなんですけど……女装なんて無理ですよ」
「そうですよ。僕もガタイいいし……」
設営担当の木村が困った顔をする。
「去年みたいに誰も来ないよりはマシかもしれませんけど、あまりにもリスク高すぎませんか?」
副委員長の田中が慎重な意見を述べる。
一方で、諦めムードの委員もいる。
「どうせ何やったって今年も保護者だけでしょ」
会計の佐々木がため息をつく。
「やるだけ無駄じゃないですか。恥かくだけですよ」
庶務の橋本が消極的な意見を口にした。
しかし、興味を示す委員もいる。
「でも話題性はあるかもしれませんね」
広報の山本が前向きに考える。
「『男子校が女子校に!』ってすごいパワーワードだな。確かにSNSでバズるきがする」
渉外の鈴木も少し興味を持ち始めた。
「まあ待て。順番に説明させてくれ」
藤田が手を上げて、委員たちを制した。
「まず、実際に見てもらいたいものがある」
藤田が立ち上がる。
「えっ、見るって何を?」
「生徒会委員長、橘のクラスの連中が既に女装の練習をしてるんだ。それを見学しよう」
「はあ……」
「練習?」
委員たちは半信半疑のまま、委員会室を出て、生徒会委員長の所属である2-Aのクラスに向かった。
教室の扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「……え、マジで女子に見える」
鈴木が声を失う。
「嘘だろ……あれ本当に男子?」
佐々木が目を丸くした。
教室では、女子制服を着た生徒たちが自然に談笑している。どこから見ても女子高生の風景だった。
「すごい……」
田中が感嘆の声を漏らす。
「あの子、特に可愛いですね」
山本が月美を指差す。
その時、委員長が教室に入ってきた。秀子の姿である。そして、その隣には月美が並んで歩いてくる。
二人は息の合った双子のような装いだった。同じデザインの制服、同じ髪型、同じ上品な仕草。まるで本物の姉妹のように見える。
「うわあああああ!」
山本が思わず声を上げる。
「可愛すぎる!完璧じゃないですか!」
「双子みたい……いや、双子以上だ」
「双子以上って意味がわからんが、気持ちはわかる」
木村も目を輝かせている。
「文化祭委員の皆さん、いらっしゃいませ」
「あ、生徒会委員長」
藤田が挨拶する。
「いかがでしょうか?我がクラスの成果は」
委員長が誇らしげに言う。
「信じられません……本当に男子なんですか?」
木村が驚きを隠せない。
「これ、絶対にSNSでバズりますよ!『美人双子姉妹が実は男子校生』って、もう映画レベルの話題性です!」
山本が広報担当らしい視点で分析する。
「月美、こちらにいらっしゃい」
委員長が声をかけると、月美が委員たちの前にやってきた。二人が並ぶと、その完成度の高さに委員たちは改めて息を呑んだ。
「こんにちは、月美です」
月美が丁寧にお辞儀をする。
「完璧じゃないですか……本当に実現可能なんですね」
橋本が呟く。その声には、最初の諦めムードが消え、期待の色が混じっていた。
◆
委員会室に戻った一行。雰囲気が明らかに変わっていた。先ほどまでの否定的なムードが消え、興奮と困惑が入り混じった空気が流れている。
「確かにすごかったです。特にあの双子コスプレは……でも……」
田中が口を開く。その表情には、感動と現実的な不安が同居していた。
「あれは特別に才能のある子だからできたんじゃないですか?生徒会委員長と月美さんは本当に完璧でしたけど」
「僕たちみんながあのレベルにいけるかっていうと……」
木村が不安を口にする。しかし、その声には先ほどのような完全な否定ではなく、挑戦への戸惑いが滲んでいた。
「そういう側面はあるだろう。ただ橘のクラスは全員が取り組んだうえでのあの結果だ。みんなも見てもらってわかった通り、人によって差はどうしてもある」
藤田が頷く。
「だから段階的にやるんだ。全員が同じレベルを目指すわけじゃない」
「段階的って?」
「参加レベルを分けて、それぞれの能力や事情に合わせて参加できるシステムだ。詳細は後で全校に説明するが、無理なく取り組める仕組みになっている」
「なるほど……それなら確実性が高いな」
藤田が頷く。
「それなら……」
鈴木が考え込む。
「僕は、できる範囲でなら構いません」
「俺も、やれる範囲でなら……」
委員たちの表情が少しずつ変わってくる。
藤田はその変化を見逃さなかった。好機と見て、さらに畳みかける。
「実は、これには大きな仕掛けがあるんだ」
藤田が切り札を出す。
「MHKが取材に来てる。この取り組みが全国放送される」
「MHK?」
委員たちがざわめく。
「さらに、この企画の漫画化が進んでいるんだ」
「少女漫画?」
「『ほしみのひみつ』っていう、既にSNSで話題になってる作品らしい。文化祭当日に『実は実話』と暴露する予定だ」
「え!あの『ほしみのひみつ』!?あの漫画、ウチの妹読んでるぞ」
「うちは姉貴が──確かに今回の話、めっちゃ内容にてるわ。まさかの実話か」
藤田の説明に、委員たちの目が輝き始める。
「それって……本当に全国的な話題になるかもしれませんね」
「ドキュメンタリーに漫画化って……去年とのギャップがすごすぎますね」
山本が興奮する。
「今年こそ、たくさんの人が来てくれるかも」
鈴木も期待を込めて言う。
「でも失敗したら?」
佐々木が心配そうに聞く。
「失敗を恐れて何もしなければ、結果は見えてる。去年と同じだ」
藤田が力強く答える。
「委員長……」
田中が感動したような声を出す。
「俺たちは今年で最後だ。最後の文化祭を、去年と同じにしたいか?」
藤田の問いかけに、委員たちは顔を見合わせた。
長い沈黙の後、田中が口を開いた。その目には、決意の光が宿っていた。
「……やってみましょう」
「田中……」
「正直、不安はあります。それでも、去年の悔しさを思い出すと……あの双子コーデを見た時、確信したんです。これは本当に話題になるって」
田中の言葉に、他の委員たちも頷き始める。先ほど見た光景が、彼らの心を動かしていたのは明らかだった。
「俺も賛成です」
鈴木が手を上げる。
「私も」
山本が続く。
「あの双子のプロデュース、広報担当として絶対に成功させたいです」
「俺も……Bランクでも、やれることはある」
木村が前向きに宣言する。
「僕も参加します。あれを見て、可能性を感じました」
橋本も続いた。
一人、また一人と賛成の意思を示していく。先ほど見た双子コーデの衝撃が、彼らの心を確実に変えていた。
「みんな……」
藤田が感動で声を震わせる。委員長の作戦は見事に成功したのだ。
「よし、それじゃあ具体的な計画を立てよう」
「何から始めますか?」
木村が積極的に聞く。
「まず、学校全体への発表の準備だ。全校集会を開く必要がある」
「全校集会?」
「そうだ。今度は学校全体を説得する番だ」
藤田が決意を込めて言った。
委員会室に、新しい希望の光が差し込んできた。個人から、クラスから、委員長から、そして委員会へ。
輪は確実に広がっている。次は学校全体だ。
大きな挑戦が、いよいよ始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます