第31話 女装標準化システム完成
朝の2年A組。いつものような平穏な朝だった。
生徒たちが三々五々と登校してくる中、月美と田島が何気ない会話をしていた。
「昨日のテスト、どうだった?」
「まあまあかな。数学の最後の問題がちょっと……」
そんな時、教室に美しい女子生徒が入ってきた。
佐藤が美少女を目に、月美をちらっと見て首をかしげる。
「え? 誰あの女子? 月美ここにいるし……」
田島も目を細めて見つめる。
「めっちゃ可愛くない?」
その美少女は、制服を綺麗に着こなし、髪型も完璧にセットされている。教室に入ってくると、クラス全員の注目を集めた。
「おはよう」
その声と共に、クラス全員が凍り付いた。
「うわああああ!美原!?」
教室が一瞬にして騒然となる。
「美原がこんなに可愛くなるなんて!」
「完全に女子じゃん。美原化けたなぁ!」
クラスメート全員が美原を取り囲んで質問攻めにしている中、美原は少し照れくさそうに微笑んだ。
◆
時は遡る。
美月家での美桜女装合宿を終えて帰宅した美原だったが、鏡の前で自分を見つめながら思った。
「まだ完璧じゃない……」
合宿で美桜から教わったことは確かに大きかった。だが、美原は自分の技術に満足していなかった。
自宅に戻ってからも、毎日鏡の前で練習を続けた。歩き方、座り方、仕草の一つ一つを何度も繰り返す。少しでも違和感があれば、やり直す。その繰り返しだった。
土日になると、美月家を訪れて美桜にアドバイスを求めた。
「美原くん、練習成果を見せてちょうだい」
美桜の前で、一週間の練習成果を披露する。歩く、座る、立ち上がる、髪を触る。
美桜は厳しい目で美原を観察していた。
「ここがまだ甘いわね」
美原の歩き方を指摘する。
「大股すぎる。もっと歩幅を小さく、重心を上に保って」
「はい……」
「それと、座る時。膝をもっと内側に」
「こうですか?」
「もう少し自然に。意識しすぎると逆に不自然になるのよ」
美桜の厳しい指導を受けながら、美原は自分の成長過程を詳細に記録していた。
ノートには、びっしりとメモが書き込まれている。「歩幅:自分の足のサイズの1.5倍以内」「座る時:膝の角度は90度を意識」「髪を触る:指先は優しく、力を入れない」。
つまずきやすいポイントとその対策法。美桜の指導内容を体系化し、重要ポイントを要素整理していく。それらを「誰でもできる」基礎マニュアルへと昇華させていく作業だった。
ある日、美桜が厳しい表情で言った。
「美原くん、人に教えるなら、自分が完璧じゃないとダメよ」
「はい……まだまだ頑張ります」
美原はその言葉を胸に、さらに練習に励んだ。平日の夜も、週末も、休む暇なく練習を続けた。
そして──
ついに美原の標準化ドキュメントが完成した。基本動作の要素分解、つまずきポイントの対策法、タイプ別攻略法の整理、重要チェックポイントの明確化、評価基準の文書化。それらすべてが一つのマニュアルにまとめられた。
美桜による最終チェックの日がやってきた。
完成したマニュアルを美桜に渡す。美桜はページを一枚一枚、丁寧に確認していく。美原は緊張しながらその様子を見守った。
「これは……素晴らしいわね」美桜が顔を上げた。「まだ改善点はありますかね……?」美原は緊張しながら尋ねた。
「いえ、完璧よ。これなら私がいなくても指導できる」
美桜の言葉に、美原は安堵の表情を浮かべた。
そして、美桜による実技試験も行われた。
「では、実際に見せてちょうだい」
美桜の前で、美原は女装姿を披露した。外見、立ち振る舞い、声のトーン、シチュエーション別の対応。美桜は一つ一つをチェックしていく。
すべての項目で、美原は合格点を得た。
「美原くん、あなたもう完璧よ」美桜が微笑んだ。「本当ですか……?」美原の声が震える。「ええ。明日から学校で実践してみなさい」
その夜、美原は決意した。「明日、女装して学校に行こう」
緊張と期待の入り混じった心境で、入念な準備をして眠りについた。
◆
そして、冒頭に戻る。
クラスメイトの反応を見て、女装の成果が十二分に出ていたことに美原はほっと胸を撫で下ろしていた。
その日の放課後、美原は生徒会室の委員長のもとを訪れていた。
「委員長、標準化ドキュメントが完成したよ」
「本当ですか? 見せてください」委員長が前のめりになって、美原の持参した資料を受け取る。
「基本動作を要素分解して、つまずきやすいポイントと対策をまとめたんだ」
委員長は資料をめくりながら感嘆の声を上げた。「これは……すごいですね。素晴らしい。非常にわかりやすいです。しっかり体系化されていますね」
「美桜さんの指導内容の賜物だね」
しかし、美原の表情は浮かない。
「どうしました?」
「マニュアル自体は自分でも良く出来てると思ってるんだけど、これをどうやって全校に広めればいいのかが全然算段がたってないんだよね」
委員長も頷く。
「ああ、確かに……数百人に教えるのは非常に難易度が高いですね」
美原は困ったような顔をした。
「何か良い方法はないかな……」
委員長は眼鏡を光らせながら考え込んだ。
「うーん……」
しばらくの沈黙の後、委員長の顔が急に明るくなった。
「そうです!ゲームみたいにすればいいんじゃないでしょうか?」
「ゲーム?」
美原が首をかしげると、委員長は興奮気味に説明し始めた。
「美原君のドキュメントを見ていると、レベル1、2、3という段階がありますね」
「うん、基礎→応用→実践の流れだ」
「それをゲームのレベルアップみたいにすれば……」
美原が首をかしげる。
「どういうこと?」
委員長は眼鏡を光らせながら詳しく説明し始めた。
「例えば、スタンプカードみたいなものを作るんです。美原君のドキュメントにある項目をクリアするたびに、スタンプを押していく」
「スタンプカード……」
「レベル1なら『ウィッグを自然に被れる』『歩幅を小さくして歩ける』『声のトーンを調整できる』『膝を閉じて座れる』みたいな基礎項目。全部スタンプが集まったらレベル1クリア」
美原の目が輝いた。
「なるほど……できたらスタンプを集めていって、全部クリアしたら次の段階に進む、って流れだね。うん、確かにゲーム感覚なら取り組みやすいかも」
「そうです!さらにレベル2、レベル3と進んでいって、最終的にはマスター認定まで。そして、レベルをクリアすると女装して登校することが認められるんです」
委員長はさらに続けた。
「こうしてマスター認定された人は、教える資格が得られます。このようにして、教えられる人を段階的に増やして、みんなでレベルアップしていくんです。」
「ネズミ算式に指導者が増えるのか……!うまいなぁ」
「このようにゲームっぽくして主体的に取り組めるようにすることをゲーミフィケーション、って言うんですよね。我ながら良いアイディアが浮かんだ気がします」
「なるほどなぁ、ゲーミフィケーションかあ」
そして委員長は決定的なアイデアを口にした。
「まずは僕たちのクラスから始めましょう。月美、田島をはじめとしたみんなにマスター認定を撮ってもらい、トレーナーになれるようにするんです」
「そして彼らがトレーナーとして、他のクラスの生徒に女装を教えるってことか!」
「そうです。僕たちが先頭に立って、全校に広げていくんです」
美原と委員長は、具体的な戦略を練り始めた。
委員長がさらに具体的なシステム設計を説明する。
「スタンプカードで進捗を可視化して、レベルクリアしたら認定証を発行します。クラス内でランキングを作って、誰が一番進んでいるかも分かるようにするのも面白いかもしれません」
美原が感心する。
「それなら、みんな楽しみながらやれそうだ」
「そうです!さらに、マスター認定を受けた人は、今度は他の人にスタンプを押してあげる権限を得るんです」
「すごい良さそう。でも、マスター認定ってすごく大事だよな。どうやってその合格ラインの品質を担保しよう」
「そうですね……僕としては、最終的なマスター認定は美桜さんにお願いしたいと思います」
美原が頷く。
「なるほど美桜さんが最終承認者か……確かにそれなら品質も保てるな」
「マスター承認者はたちが基礎レベルのスタンプは押せますが、『マスター認定』だけは美桜さんの統一基準による厳しいチェックを通った人だけ」
「うん、行ける気がする」
美原と委員長は手を握り合う。
「俺は基礎的な内容とポイントをまとめるよ」
「僕がそれをゲーム化して、システムにします」
委員長はさらに具体的な展開を描いた。
「桜井くんはすでに完璧ですから、シニアトレーナーですね」
「田島たちも、俺が指導すれば2週間もあれば……」
「そうして僕たちのクラス全員がトレーナーになれば、他のクラスを教えられます」
美原も計算し始めた。
「2-Aが20人の他クラス生徒を教えて、その20人がまた他の生徒を教えて……」
「1ヶ月もあれば全校カバーできますね」
委員長が満足そうに頷く。
「美桜さんにも相談して、最終承認システムの詳細を詰めましょう」
美原も確信に満ちた表情で応えた。
「これで全校展開が現実的になったな……」
美原の標準化ドキュメント完成と、委員長のゲーミフィケーション着想。そして2年A組全員をトレーナーにする具体的な戦略。
全校展開への道筋が、ついに見えてきた。
「標準化ドキュメント完成、普及方法も見えた」
美原は達成感を感じていた。
「これなら本当に全校展開できそうです」
委員長も期待に胸を膨らませている。
文化祭委員長説得の材料は完成し、システム化への確信も得られた。全校女装プロジェクトの実施可能性が、いよいよ現実のものとなろうとしていた。
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