第29話 企画案の大量発生
AIDMA戦略会議でクラス全体の決意が固まった今、いよいよ具体的な企画立案の時が来ていた。
「先ほど決めた成功定義とAIDMA戦略を踏まえ、具体的な企画を考えましょう」
委員長の力強い言葉に、クラスメートたちは背筋を伸ばして気合を入れ直した。
「社会現象化ですかぁ……」
月美が小さく呟いた。
「でも、みんなでやってやろうぜって決めたもんな」
田島が力強く答えた。
「その意気です。まずは思いつく限りのアイデアを出してください。ブレインストーミングをしましょう」
「ブレインストーミングのルールを説明します。まず、出されたアイデアに対する批判は一切禁止です。どんな突飛なアイデアでも否定せず受け入れてください」
委員長が真剣な表情で続ける。
「次に、質より量を重視します。とにかくたくさんのアイデアを出すことが目的です。そして自由奔放に発想してください。実現可能性は後で考えます」
クラスメートたちが真剣に耳を傾ける中、委員長は最後の重要なポイントを強調した。
「特に意識してほしいのは、AIDMAのA、Attention、『注目』です。SNSでバズったり、メディアに取り上げられたりするような、女子校らしさを表現した企画を考えてください」
◆
「やっぱりメイド喫茶でしょ!これならSNSでバズること間違いなし!」
田島が勢いよく最初に手を上げた。
「カフェ系は確かに定番だけど……話題性という点では少し弱いかもしれませんね」
佐藤が腕を組みながら慎重に分析する。
「じゃあ俺はバニーガール喫茶!」
松本の突然の発言に、教室の空気が一瞬で凍りついた。
「「「は???」」」
クラス全体から三重のツッコミが同時に響いた。
「あなた、女子校でバニーガールをやるって聞いたことありますか?」
月美が呆れ果てた表情で言うと、松本は青ざめて慌てた。
「あ……すみません、AIDMAの注目性を意識しすぎて……」
批判禁止とはいえ、思わず突っ込む一同であった。
「手作りスイーツなんてどうでしょう?見た目も可愛くてインスタ映えしそうですし」
山田が控えめながら現実的な提案をする。
「ファッションショーなんてどうですか?メディアの方々も取り上げてくれそうですし」
鈴木も便乗して提案を続けた。
「プリンセス体験なんてどうだ!これは絶対に話題になるぞ!」
中島の熱のこもった提案に、クラス全体がざわめき始める。
「少女漫画的に読者が憧れるのは……」
野崎が口を開いた。
「お嬢様学校の優雅なティーパーティー」
「ティーパーティー……」
田島がオウム返しする。
「あとは……恋愛相談室とかどうだ?」
野崎の提案に、委員長が頷く。
「いいですね」
「俺、BL系の恋愛相談も得意で……」
「待て待て待て」
中島が慌てて止める。
「BLって何?」
田島が首をかしげる。
「ボーイズラブです」
野崎の何の悪気もないあっけらかんとした回答に、教室が死のような静寂に包まれた。
「……野崎、その知識は封印しておけ」
中島が苦笑いした。
◆
アイデア出しが続く中、クラスメートたちの意外な一面が次々と明らかになった。
「着物の着付け体験とか?」
美原が提案する。
「実を言うと俺、小学生の頃から茶道を習っていまして……」
護堂の意外すぎる告白に、クラス全体が驚きでざわめき立つ。
「ギャップ萌えってやつか?」
田島が感心した。
「TikTokで絶対バズる企画、思いついちゃいました」
網野が現代っ子らしい軽やかな口調で提案する。
「そういえば俺の姉、コスプレが趣味で衣装いっぱい持ってるから借りられるぞ」
田島が実用的かつ具体的な情報を提供する。
「料理得意だから任せて」
松本が特技をアピールした。
「実は僕、アニメ声が得意なんです」
委員長の完全に予想外の発言に、クラス全員の視線が一斉に集まった。
「は?」
月美が困惑する。
「にゃん♥ お帰りなさいませ、ご主人様♥」
委員長の完璧すぎるアニメ声が教室の空気を切り裂くように響き渡った。
時が止まったような長い長い沈黙。
クラス全員が、まるで石化したかのように完全に動きを止めていた。
「……委員長、破壊力が強すぎる。脳がバグりそうだから封印してくれ」
田島が震え声で言った。
◆
アイデアが一通り出尽くしたところで、今度はどのアイデアが最適かをめぐって激しい論争が始まった。
「やっぱり上品系だろ。お茶会とか」
護堂が茶道経験者として主張する。
「いや、今どきはインスタ映えでしょ」
網野が反論する。
「メイド系が一番ウケるって!」
田島が譲らない。
「プリンセス系の方が夢がある!」
佐藤も負けていない。
「おい、ケンカしないでください……」
月美が慌てて仲裁に入ろうとすると、委員長がなぜか満足そうにニヤリと笑った。
「これも想定内です」
次第にアイデアが暴走し始める。
「お姫様だっこ体験!」
山田の提案に月美がツッコむ。
「誰が誰をお姫様だっこするんですか。女子校の女性同士が抱っこするっておかしいですよね!?どんだけマッチョなんですか!」
思わず本来の性格が顔を覗かせそうになる月美。
「キス顔練習コーナー!」
中島の発言に月美が慌てる。
「あの……どうか絶対にやめてください」
「胸盛り体験!」
鈴木の提案で月美の頭痛が悪化した。
「皆さんのアイデアをスケッチしてみました」
野崎が、誰も気づかないうちにいつの間にか描き上げていたスケッチブックを、まるで作品発表会のように得意満面で披露した。
「うおお、俺がメイド服着てる!」
田島が興奮した。
「俺のプリンセス姿……意外といけるかも」
佐藤が照れている。
「なんで私だけこんなに可愛く描かれてるんですか」
月美が困惑すると、野崎が恥ずかしそうに答える。
「つい、筆が勝手に……」
◆
委員長がホワイトボードに大量のアイデアを整理し始めた。
委員長は、まるでビジネスコンサルタントのように精密かつ美しく、ホワイトボードに丁寧なカテゴリー分けで整理していく。
「カフェ・グルメ系:メイド喫茶、スイーツカフェ、ローズガーデン、いちごフェア」
数種類の色とりどりのマーカーを使い分けて、それぞれに美しい枠線を引き、一目で分かるように見やすく整理していく。
「美容・ファッション系:ビューティーサロン、着物体験、プリンセス体験、ファッションショー」
「体験・参加型:アクセサリー作り、お嬢様レッスン、恋愛相談、ダンス体験」
「エンタメ系:ミニコンサート、朗読会、演劇、ファッションショー」
クラスメートたちは委員長の整理能力の高さに感心しながら、改めて自分たちが出したアイデアの意外な多様性と豊富さを実感していた。
「思ったより多様なアイデアが出ましたね」
委員長が満足そうに言う。
「みんなそれぞれ全然違う『女子校らしさ』を持ってるんですね」
月美が感心した。
「組み合わせ次第で可能性は無限大ですね」
委員長が分析する。
「素晴らしいアイデアが出ました。では現実的な課題を整理しましょう」
「材料費とか、けっこうかかりそうだな」
護堂が心配そうに言う。
「準備期間も限られてるし」
佐藤が付け加える。
「技術習得に時間かかりそうなのもある」
網野が現実的な問題を指摘した。
「でも、『みんなでやってやろうぜ』って決めたんですから、方法はあるはずです」
月美が励ます。
「組み合わせれば効率化できませんか?」
野崎が提案する。
「私も技術指導で手伝います♥」
美原がにっこり笑う。
「俺の姉のコスプレ衣装、マジで借りられるよ」
田島が再び実用情報を提供した。
「料理は、まじで俺の得意分野なんで任せてください!」
松本が今度は自信に満ちた表情で頼もしく宣言した。
「みなさんの協力があれば、必ず実現できます」
委員長が力強く宣言した。
「皆さん、本当に素晴らしいアイデアの数々です。先ほどのAIDMA分析の通り、注目性の非常に高い企画が見事に揃いました」
委員長が成果を確認する。
「で、結局うちではどれをやるんですか?」
月美が核心を突く。
「全部、とはいえないですが、できる限り多くのものをやろうと思っています」
委員長の爆弾発言に、クラス全員が声を揃えた。
「えぇぇぇ???」
「学校全体で分担すれば可能です。社会現象化には、これくらいの規模が必要です」
委員長が冷静に分析した。
「ああ、失念してました。今回はクラス企画、ではなく学校全体でやる企画の洗い出しでしたね。だったらたしかに分担すれば可能なのかな──」
月美が徐々に委員長の壮大な戦略を理解し始める。
「でも、そのためには技術的な実現可能性の検証が必要ですね」
委員長が次の段階を示す。
「まず重要なことをお話しします。学校全体で『女子校』をテーマにした文化祭を行うため、各クラスの出し物は完全自由ではありません」
月美が首をかしげる。
「どういうことですか?」
「今回私たちが検討したアイディアを、学校側が各クラスに提示する予定です。つまり、各クラスは私たちが出したアイディアの中から選んで実施することになります」
「え……そんな重要な役割だったのか?」
田島が目を丸くして驚く。
「はい。ですから、僕たちが今考えている企画は、全校生徒が実施する可能性があります。だからこそ実現可能性を慎重に検討する必要があるのです」
「他のクラスにお願いする以上、実現可能で魅力的な企画でなければなりませんね」
月美が心配そうに言った。
「明日はより現実的な検討をしましょう。技術、予算、時間、人員の4軸で各企画を総合的に評価します」
クラス全員が高揚する期待と押し寄せる不安で複雑に入り交じった表情を見せた。
「……なんか、本当に社会現象起こしそうで怖くなってきました」
月美の小さな呟きが、緊張と期待に満ちた教室の空気を見事に代弁していた。
新たなフェーズへの扉が開かれようとしている。理想と現実の間で、彼らはどんな選択をするのだろうか。
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