第8話 完全女装マニュアル習得編

下着の次は制服での練習が始まった。


「スカートは歩幅に制限があるの」


美桜が女子校制服のスカートを美月に履かせる。


美月がいつものように大股で歩こうとして転びそうになる。


「うわあああ!」


「タイトスカートやミニスカートは物理的に大股で歩けないの。歩幅は肩幅程度に制限されるのよ」


美月が恐る恐る小股で歩く練習をする。


「なんか情けない歩き方だな……」


「慣れれば自然に見えるから。でも最初は確かに違和感があるわよね」


「風でめくれそうになるのが怖い……」


美桜が扇風機を持ち出して風を起こす。


「きゃああああ!」


美月が慌ててスカートを押さえる。


「風でスカートが舞い上がるのを防ぐ必要があるのよ。特に階段や高い場所では要注意」


「女子って常に風を気にしなきゃいけないのか……」


「そうよ。だから風の強い日はパンツスタイルを選ぶ女性も多いの」



美桜がスマートフォンを構える。


「ちょっと待って、これ撮らせて」


「え?何で?」


美月が慌てる。


「こんな面白い特訓、記録に残さないともったいないじゃない」


「やめてくれよ、恥ずかしい……」


「大丈夫よ、誰にも見せないから。でも、変身の過程って絶対面白い映像になるのよ」


美桜の目がキラキラ輝いている。


「before/afterの比較もできるし、失敗シーンも含めて記録しておきましょう」


美月は諦めた。美桜が決めたことは変えられない。


「まあ、記録として残すのも悪くないか……」



階段の練習では、美月が四苦八苦する。


「座る時は膝を揃えて」


美月が椅子に座ろうとして、いつものように足を開く。


「だめ!膝を揃えるの!」


「なんで膝を揃えなきゃいけないんだ?」


「スカートの中が見えちゃうからよ。男性と女性では座り方の基本が違うの」


美桜が正しい座り方を実演する。


「膝とかかとを揃えて、背筋を伸ばして、手は膝の上に軽く置く」


「階段の上り下りは片手でスカートを押さえながら」


美月が階段を上がろうとして、両手を使おうとする。


「片手でスカートを押さえて!下から見えちゃう!」


「片手だと手すりが使えないじゃないか」


「だから女性は階段で転倒しやすいのよ。特にヒールを履いてる時は危険なの」


「なんで女子はこんな大変な服着てるんだよ……」


「美しさのためよ。でも確かに機能性は犠牲になってるわね」



「ストッキングも履いてみて」


美桜がストッキングを渡す。


「こんな薄い布、すぐ破れそうだ」


「その通り。爪が長いと履く時に破れるのよ」


美月が履こうとして、案の定破いてしまう。


「やっちゃった……」


「伝線すると見た目が悪くなるから、予備を持ち歩く必要があるの」


美桜が新しいストッキングを取り出す。


「この薄さで500円とかするのよ。しかも消耗品」


「高い!そんなに高いのに破れやすいのかよ」


新しいストッキングで再挑戦するが、今度は静電気でスカートにまとわりつく。


「なんだこれ!スカートが脚にくっついて歩きにくい!」


「静電気よ。乾燥する季節は特にひどいの」


「静電気防止スプレーとか使うの?」


「そうよ。でも完全には防げないから、女性は常に静電気と戦ってるの」



「最後にトイレ問題を解決しましょう」


美月の顔が青ざめる。


「これが一番の難問かもしれないな……」


「間違えて男子トイレに入りそうになって慌てる危険性があるし、女子トイレに入るのも罪悪感があるでしょうね」


「うん……どっちに入ればいいかわからない」


「結局保健室のトイレを使うのが無難ね」


「トイレ行くだけで一苦労かよ……」


美桜が実用的なアドバイスをくれる。


「通学路も変更した方がいいわね。近所の人に見られる危険性があるもの」


「そうか、近所の人にバレたら大変だ」


「電車内での座席での姿勢にも気を使う必要があるし、痴漢にも注意が必要よ」


「痴漢!?」


「女性として生活するってことは、そういうリスクも背負うってことなのよ」


美月はすでにぐったりしていた。


「とにかく、女性として生きるのは想像以上に大変なのよ」



「次は手の動きや仕草よ」


美桜が美月の動作をチェックする。


「男性らしい大げさな動きを控えて」


美月が普通に歩くと、美桜が止める。


「だめ!肩を振りすぎ!女性はもっと控えめに歩くの」


「指先まで意識した優雅な動作を心がけて」


美月が物を取ろうとして、いつものようにガシッと掴む。


「そんなガサツに取っちゃダメ!指先を使って繊細に」


美月が改めて挑戦するが、ぎこちない。


「なんか変だ……」


「腕の使い方も女性らしく。物を取る時はこうよ」


美桜が手本を見せるが、美月には難しすぎる。


美桜がスマートフォンで美月の動作を撮影している。


「もう一回やって。今の動き、すごく自然だったわ」


「撮影してると余計に緊張するんだけど……」


「でも客観的に見ると、どこが不自然か分かりやすいのよ」


美桜が撮影した映像を美月に見せる。


「うわ、俺ってこんな動きしてたのか……」


「改善点が分かりやすいでしょ?映像記録って便利よね」


美桜が続けて撮影する。


「この変身映像、編集したらすごく面白くなりそう……」


「面白くって何だよ」


「いえいえ、独り言よ」


美桜が慌てて誤魔化す。


「女性の動作って、全身で表現するものなのね……」



「声のトーンの調整も重要よ」


美月がいつもの声で話すと、美桜が首を振る。


「高めの声を意識的に出して」


美月が無理に高い声を出すと、変になる。


「きんきん声になってる!もっと自然に」


「話し方のスピードや抑揚も女性らしく」


美月が一生懸命練習するが、なかなか上達しない。


「笑い方や相槌の打ち方も違うのよ」


美桜が女性らしい笑い方を実演する。


「あはは♪」


美月が真似すると、「あははは」と男らしく笑ってしまう。


「だめだこりゃ……」



「髪留めやヘアピンの使い方も教えるわ」


美桜がヘアピンを取り出す。


「適切な位置に留めないと取れやすいの」


美月がヘアピンを留めようとするが、うまくいかない。


「痛い!頭皮に刺さった!」


「長時間つけていると頭皮が痛くなるのよ。髪質によって合う合わないもあるし」


美月が苦戦している間に、ヘアピンがぽろぽろ落ちる。


「何で女子はヘアピンをあちこちに落とすんだ?」


「あるあるね。気づくとヘアピンが消えてるのよ」



「ネイルも重要よ」


美桜がマニキュアを取り出す。


「日常生活に支障のない長さで、TPOに合わせた色選びが必要なの」


「男性は爪が短いことが多いから、長さの調整が必要ね」


美月の短い爪を見て、美桜がため息をつく。


「まずは爪を伸ばすところから始めないといけないわね」


「爪を伸ばすって、どのくらい?」


「最低でも白い部分が2〜3ミリは必要よ。でも長すぎると日常生活に支障が出るし」


美桜がネイルファイルで美月の爪を整え始める。


「痛くない?」


「大丈夫だけど……なんか変な感じ」


「ネイルをしてると、細かい作業がしにくくなるのよ。缶ジュースのプルタブを開けるのも一苦労」


「そんなに不便なのに、なんでやるの?」


「女性らしさの表現の一つなのよ。でも確かに機能性は犠牲になるわね」



「香水や柔軟剤の選択も重要よ」


美桜が香水を美月にかける。


「うっ!きつい!」


「つけすぎると不自然になるの。季節や時間帯に合わせた選択も大切」


「男性用とは違う香りの系統だから、慣れるまで時間がかかるわよ」


美桜が複数の香水瓶を並べる。


「フローラル系、フルーティー系、ムスク系……女性の香水は種類が豊富なの」


「こんなにあるのか……」


「しかも体温や肌質によって香りが変わるから、同じ香水でも人によって違う香りになるのよ」


美月はもうへとへとだった。


「女性って、こんなに大変なことを毎日やってるのか……」


「そうよ。だから女性の大変さを理解してくれる男性は貴重なの」


美桜がにっこり微笑む。


「美月なら、きっと女性の気持ちがわかる素敵な人になれるわ」


「でも正直、ここまで大変だとは思わなかった……」


「まだ基本中の基本よ。これに加えて、季節ごとの服装の変化、TPOに合わせたコーディネート、肌や髪のケア……」


美桜が指折り数える。


「やめてくれ……想像しただけで疲れる」



一ヶ月間の地獄の特訓が終了した。


美月は疲れ切って床に倒れ込む。


「やっと終わった……」


美桜が満足そうに頷く。


「お疲れさま。これで基本的な女装技術は全部マスターしたわ」


美桜がスマートフォンの動画フォルダを確認している。


「すごい量の映像が撮れたわね。最初と今を比べると、別人みたい」


「そんなに撮ってたのか?」


「特訓の全過程よ。失敗から成功まで、すごい記録になってる」


美桜が嬉しそうに画面を眺めている。


「これ、本当に貴重な映像よ。こんな変身記録、なかなか撮れないもの」


「変身記録って……大げさだな」


「でも本当よ。これだけの変化を記録できるなんて、滅多にないわ」


「正直、女性がこんなに大変だとは思わなかった……」


美月は天井を見上げながら深いため息をつく。メイク、ファッション、立ち振る舞い、日常動作まで、全てが男性とは違うルールで成り立っていた。


「でも、これで準備は整ったのよ。明日からいよいよ実践テストが始まるわ」


美桜の言葉に、美月の表情が引き締まる。


一ヶ月間の特訓を経て、美月は確実に変わっていた。外見だけでなく、女性の大変さを身をもって理解した。


果たして、この特訓の成果は実際の学校生活で通用するのだろうか——

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