第8話 完全女装マニュアル習得編
下着の次は制服での練習が始まった。
「スカートは歩幅に制限があるの」
美桜が女子校制服のスカートを美月に履かせる。
美月がいつものように大股で歩こうとして転びそうになる。
「うわあああ!」
「タイトスカートやミニスカートは物理的に大股で歩けないの。歩幅は肩幅程度に制限されるのよ」
美月が恐る恐る小股で歩く練習をする。
「なんか情けない歩き方だな……」
「慣れれば自然に見えるから。でも最初は確かに違和感があるわよね」
「風でめくれそうになるのが怖い……」
美桜が扇風機を持ち出して風を起こす。
「きゃああああ!」
美月が慌ててスカートを押さえる。
「風でスカートが舞い上がるのを防ぐ必要があるのよ。特に階段や高い場所では要注意」
「女子って常に風を気にしなきゃいけないのか……」
「そうよ。だから風の強い日はパンツスタイルを選ぶ女性も多いの」
◆
美桜がスマートフォンを構える。
「ちょっと待って、これ撮らせて」
「え?何で?」
美月が慌てる。
「こんな面白い特訓、記録に残さないともったいないじゃない」
「やめてくれよ、恥ずかしい……」
「大丈夫よ、誰にも見せないから。でも、変身の過程って絶対面白い映像になるのよ」
美桜の目がキラキラ輝いている。
「before/afterの比較もできるし、失敗シーンも含めて記録しておきましょう」
美月は諦めた。美桜が決めたことは変えられない。
「まあ、記録として残すのも悪くないか……」
◆
階段の練習では、美月が四苦八苦する。
「座る時は膝を揃えて」
美月が椅子に座ろうとして、いつものように足を開く。
「だめ!膝を揃えるの!」
「なんで膝を揃えなきゃいけないんだ?」
「スカートの中が見えちゃうからよ。男性と女性では座り方の基本が違うの」
美桜が正しい座り方を実演する。
「膝とかかとを揃えて、背筋を伸ばして、手は膝の上に軽く置く」
「階段の上り下りは片手でスカートを押さえながら」
美月が階段を上がろうとして、両手を使おうとする。
「片手でスカートを押さえて!下から見えちゃう!」
「片手だと手すりが使えないじゃないか」
「だから女性は階段で転倒しやすいのよ。特にヒールを履いてる時は危険なの」
「なんで女子はこんな大変な服着てるんだよ……」
「美しさのためよ。でも確かに機能性は犠牲になってるわね」
◆
「ストッキングも履いてみて」
美桜がストッキングを渡す。
「こんな薄い布、すぐ破れそうだ」
「その通り。爪が長いと履く時に破れるのよ」
美月が履こうとして、案の定破いてしまう。
「やっちゃった……」
「伝線すると見た目が悪くなるから、予備を持ち歩く必要があるの」
美桜が新しいストッキングを取り出す。
「この薄さで500円とかするのよ。しかも消耗品」
「高い!そんなに高いのに破れやすいのかよ」
新しいストッキングで再挑戦するが、今度は静電気でスカートにまとわりつく。
「なんだこれ!スカートが脚にくっついて歩きにくい!」
「静電気よ。乾燥する季節は特にひどいの」
「静電気防止スプレーとか使うの?」
「そうよ。でも完全には防げないから、女性は常に静電気と戦ってるの」
◆
「最後にトイレ問題を解決しましょう」
美月の顔が青ざめる。
「これが一番の難問かもしれないな……」
「間違えて男子トイレに入りそうになって慌てる危険性があるし、女子トイレに入るのも罪悪感があるでしょうね」
「うん……どっちに入ればいいかわからない」
「結局保健室のトイレを使うのが無難ね」
「トイレ行くだけで一苦労かよ……」
美桜が実用的なアドバイスをくれる。
「通学路も変更した方がいいわね。近所の人に見られる危険性があるもの」
「そうか、近所の人にバレたら大変だ」
「電車内での座席での姿勢にも気を使う必要があるし、痴漢にも注意が必要よ」
「痴漢!?」
「女性として生活するってことは、そういうリスクも背負うってことなのよ」
美月はすでにぐったりしていた。
「とにかく、女性として生きるのは想像以上に大変なのよ」
◆
「次は手の動きや仕草よ」
美桜が美月の動作をチェックする。
「男性らしい大げさな動きを控えて」
美月が普通に歩くと、美桜が止める。
「だめ!肩を振りすぎ!女性はもっと控えめに歩くの」
「指先まで意識した優雅な動作を心がけて」
美月が物を取ろうとして、いつものようにガシッと掴む。
「そんなガサツに取っちゃダメ!指先を使って繊細に」
美月が改めて挑戦するが、ぎこちない。
「なんか変だ……」
「腕の使い方も女性らしく。物を取る時はこうよ」
美桜が手本を見せるが、美月には難しすぎる。
美桜がスマートフォンで美月の動作を撮影している。
「もう一回やって。今の動き、すごく自然だったわ」
「撮影してると余計に緊張するんだけど……」
「でも客観的に見ると、どこが不自然か分かりやすいのよ」
美桜が撮影した映像を美月に見せる。
「うわ、俺ってこんな動きしてたのか……」
「改善点が分かりやすいでしょ?映像記録って便利よね」
美桜が続けて撮影する。
「この変身映像、編集したらすごく面白くなりそう……」
「面白くって何だよ」
「いえいえ、独り言よ」
美桜が慌てて誤魔化す。
「女性の動作って、全身で表現するものなのね……」
◆
「声のトーンの調整も重要よ」
美月がいつもの声で話すと、美桜が首を振る。
「高めの声を意識的に出して」
美月が無理に高い声を出すと、変になる。
「きんきん声になってる!もっと自然に」
「話し方のスピードや抑揚も女性らしく」
美月が一生懸命練習するが、なかなか上達しない。
「笑い方や相槌の打ち方も違うのよ」
美桜が女性らしい笑い方を実演する。
「あはは♪」
美月が真似すると、「あははは」と男らしく笑ってしまう。
「だめだこりゃ……」
◆
「髪留めやヘアピンの使い方も教えるわ」
美桜がヘアピンを取り出す。
「適切な位置に留めないと取れやすいの」
美月がヘアピンを留めようとするが、うまくいかない。
「痛い!頭皮に刺さった!」
「長時間つけていると頭皮が痛くなるのよ。髪質によって合う合わないもあるし」
美月が苦戦している間に、ヘアピンがぽろぽろ落ちる。
「何で女子はヘアピンをあちこちに落とすんだ?」
「あるあるね。気づくとヘアピンが消えてるのよ」
◆
「ネイルも重要よ」
美桜がマニキュアを取り出す。
「日常生活に支障のない長さで、TPOに合わせた色選びが必要なの」
「男性は爪が短いことが多いから、長さの調整が必要ね」
美月の短い爪を見て、美桜がため息をつく。
「まずは爪を伸ばすところから始めないといけないわね」
「爪を伸ばすって、どのくらい?」
「最低でも白い部分が2〜3ミリは必要よ。でも長すぎると日常生活に支障が出るし」
美桜がネイルファイルで美月の爪を整え始める。
「痛くない?」
「大丈夫だけど……なんか変な感じ」
「ネイルをしてると、細かい作業がしにくくなるのよ。缶ジュースのプルタブを開けるのも一苦労」
「そんなに不便なのに、なんでやるの?」
「女性らしさの表現の一つなのよ。でも確かに機能性は犠牲になるわね」
◆
「香水や柔軟剤の選択も重要よ」
美桜が香水を美月にかける。
「うっ!きつい!」
「つけすぎると不自然になるの。季節や時間帯に合わせた選択も大切」
「男性用とは違う香りの系統だから、慣れるまで時間がかかるわよ」
美桜が複数の香水瓶を並べる。
「フローラル系、フルーティー系、ムスク系……女性の香水は種類が豊富なの」
「こんなにあるのか……」
「しかも体温や肌質によって香りが変わるから、同じ香水でも人によって違う香りになるのよ」
美月はもうへとへとだった。
「女性って、こんなに大変なことを毎日やってるのか……」
「そうよ。だから女性の大変さを理解してくれる男性は貴重なの」
美桜がにっこり微笑む。
「美月なら、きっと女性の気持ちがわかる素敵な人になれるわ」
「でも正直、ここまで大変だとは思わなかった……」
「まだ基本中の基本よ。これに加えて、季節ごとの服装の変化、TPOに合わせたコーディネート、肌や髪のケア……」
美桜が指折り数える。
「やめてくれ……想像しただけで疲れる」
◆
一ヶ月間の地獄の特訓が終了した。
美月は疲れ切って床に倒れ込む。
「やっと終わった……」
美桜が満足そうに頷く。
「お疲れさま。これで基本的な女装技術は全部マスターしたわ」
美桜がスマートフォンの動画フォルダを確認している。
「すごい量の映像が撮れたわね。最初と今を比べると、別人みたい」
「そんなに撮ってたのか?」
「特訓の全過程よ。失敗から成功まで、すごい記録になってる」
美桜が嬉しそうに画面を眺めている。
「これ、本当に貴重な映像よ。こんな変身記録、なかなか撮れないもの」
「変身記録って……大げさだな」
「でも本当よ。これだけの変化を記録できるなんて、滅多にないわ」
「正直、女性がこんなに大変だとは思わなかった……」
美月は天井を見上げながら深いため息をつく。メイク、ファッション、立ち振る舞い、日常動作まで、全てが男性とは違うルールで成り立っていた。
「でも、これで準備は整ったのよ。明日からいよいよ実践テストが始まるわ」
美桜の言葉に、美月の表情が引き締まる。
一ヶ月間の特訓を経て、美月は確実に変わっていた。外見だけでなく、女性の大変さを身をもって理解した。
果たして、この特訓の成果は実際の学校生活で通用するのだろうか——
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