第7話 ブラジャー装着大作戦

「メイクの次は下着よ」


美桜がブラジャーを取り出す。


「え?下着も?」


美月が驚く。メイクだけでも大変だったのに、まだ続きがあることに絶望している。


「女装においておっぱいは大事な武器よ。あんただっておっぱいばっかり見てるじゃない」


「べ、べつに見てねえよ……そんなには」


美桜がブラジャーを取り出してきて、美月が恥ずかしくなる。実際の女性用下着を見るのは人生で初めてで、どう反応していいかわからない。


「スポブラでいいんじゃないの?」


「甘いわね。スポーツブラは胸を押さえつけるものだから、女性らしいシルエットは作れないの。ワイヤーブラじゃないと自然な胸の形にならないわよ」


美桜が複数のブラジャーを並べる。


「A、B、C、D......これ全部サイズが違うの?」


「そうよ。しかもアンダーバストのサイズもあるから、組み合わせは膨大なの」


美月は頭が混乱する。男性用下着のS・M・Lとは次元が違う複雑さだ。


「美桜のブラつけるのとか、流石に恥ずかしいんだけど」


「あんた意外と初心ね……これ、買ったあとでサイズが合わなかったから使ってなかったやつ。安心しなさい」


「あ、それなら」、と言って美月はブラジャーを手に取る。とはいえ、女性物の下着を手にして恥ずかしいものは恥ずかしい。


「でも大事に使いなさいよ。ブラって意外と高いんだから」


「え、そうなの?」


「5000円くらい。いいものだと1万円を超えるわよ」


「うお、マジか」


美月がまじまじとブラを見る。確かに男性用の下着に比べ、ワイヤーが入ってたり肩紐の長さ調整できる機能があったり、フックが付いてたりギミックが多い。高くなるのは当然なのかもしれない。


「しかも消耗品なのよ。ワイヤーが歪んだり、ゴムが伸びたりして、定期的に買い替えが必要なの」


「男性用下着より遥かに大変じゃないか……」


「だから女性は下着にお金がかかるのよ。1セット揃えるだけで1万円近くになることもあるし」


外から見えない下着にまでお金をかけないといけないなんて、女の子は大変だ。


(男はシャツとパンツだけでいいのに……)


でも、なんで?


「なんでそこまでして、女の子はブラジャーするの?」


「痛いのよ」


「え?」


「しないと乳首が服にこすれて痛いのよ。赤くなるし、ヒリヒリする」


それを聞いて真っ赤になる美月。


「ああ、もう!あたしは、なんで弟に乳首の話を熱弁してんのよ!!!」


「そんなこと考えたこともなかった……」


(俺は今まで何も知らなかったんだなあ)


美桜が顔を赤くしながらも説明を続ける。


「それに、ブラをしないとおっぱいが揺れるの、乳首も浮き出るし。他の人におっぱいが揺れたり乳首が浮き出てるの見られるの嫌なのよ。あんただって揺れてたり浮き出てたりしたら絶対見るでしょ」


見る。


絶対見る。


(うん、見るなあ)


美桜の言葉に、美月の顔がさらに真っ赤になる。


「さらに言うと、年齢を重ねると重力に負けて形が崩れるから、それを防ぐ意味もあるのよ。クーパー靭帯っていう胸を支える靭帯があるんだけど、これが一度伸びると元に戻らないの。だから普段からブラで支えておく必要があるのよ」


「女子って……思ってた以上に大変なんだな」


(俺はこんなこと、一度も考えたことがなかった)


女子は男子の知らないところで、色々……本当に「色々」と、苦労していたことを知った。


「全然知らなかった……ごめん」


(俺は、美桜や他の女の子たちがこんな苦労をしてるなんて知らなかった)


美月は美桜に謝る。


「ごめんってなによ……」


美月、美桜ともに恥ずかしくなって顔を背ける。


(こんな話、姉ちゃんとしたことないし……)


ごほん。


美桜は咳払いすると続けた。


(姉ちゃんも恥ずかしいんだなあ……でも、教えてくれてありがとう)



「早速ブラを付けてみましょうか。上半身裸になりなさい」


「え、いま?」


「胸は今日はタオルを詰めるのでいいけど、ヌーブラを買ってもいいかもね」


「ヌーブラって何?」


「シリコン製の貼り付けるブラよ。粘着力で直接肌に貼り付けるの」


美月が想像して顔をしかめる。


「痛くないの?」


「慣れれば大丈夫。でも剥がす時にちょっと痛いかも」


(剥がす時に痛いって……想像しただけで痛い)


「でも、なんで貼り付けるブラなんてあるの?」


「背中が開いた服とか、肩紐が見えちゃいけない服の時に使うのよ。あと、普通のブラだとどうしても肩紐や背中のホックが見えちゃうでしょ?」


「ああ、なるほど」


(服って、いろんなことを考えて作られてるんだなあ)


「オフショルダーとか、キャミソールとか、女性の服は肩や背中が見える服が多いからね」


美桜がタオルを胸に当ててくれる。


「じゃあつけるわよ」


「いだだだだ!」


実際にブラジャーを着けてみると、美月が悶絶する。


「しかもワイヤーブラは結構痛いのよ。ワイヤーが肋骨に直接当たるから」


「なんだこの圧迫感は!」


美月が胸を押さえながら苦しそうにする。


「男性の平坦な胸だと、ワイヤーが肋骨に直接当たって余計に痛いのよ」


「前かがみになるとワイヤーが胸に刺さる感じでしょ?」


美月が前かがみになった瞬間、「うわあああ!」と叫ぶ。


「拷問だ!これは拷問だ!」


「腕を上げてみて」


美月が腕を上げると、ワイヤーがずれて脇腹に当たる。


「これ拷問器具じゃないか!」


「女性は毎日これを我慢してるのよ。深呼吸してみて」


美月が深呼吸すると、ワイヤーが食い込む。


「息ができない……」


「でも、ノンワイヤーブラだと胸の形がきれいに出ないのよ。女性らしいシルエットを作るには、この苦痛が必要なの」


(美しさのための犠牲か……女の子は本当に大変だ)


「ああ、肩紐のバランスがちょっとおかしいわね。左右のバランスを取るのも一苦労なのよ」


美桜が肩紐を調整しようとするが、美月が痛がる。


「短すぎると肩に食い込んで痛いし、ブラが上にずれるし、長すぎるとブラがずり落ちて、おっぱいの位置が下がるのよ」


「どうすればいいんだよ……」


(どうやっても痛いんじゃないか……)


「後ろからの調整で見えない位置での作業だから、片手だと調整しにくいの」


美桜が美月の後ろに回って肩紐を調整する。


「左右を同時に調整できないから、バランスを取るのが難しいのよ」


「女性って毎朝こんなことやってるの?」


「そうよ。だから朝の準備に時間がかかるの」


(男の俺はパンツ履いてシャツ着て終わりなのに……)



ブラを調整するに当たり、おっぱいというパワーワードが飛び交いながら、ブラジャーという拷問器具に七転八倒させられ、装着完了時には美月はぐったりしていた。


(もう疲れた……こんなの毎日やってるのか、女の子は)


「パンツ──は、今回は穿かなくていいかしらね」


「零れそうだからいいよ」


何がこぼれるとは、言わない。


(さすがにこれ以上は極限だ……)


美桜がショーツを見せる。


「まあ、履かないにしても、知識としては知っときなさい」


「前から気になってたんだが、このリボンってなんなんだ?」


「男性用は……その、前に穴があって前後がわかりやすいけど、女性用は、男性用と違って穴がないから、前後の区別がわかりにくいのよ」


美桜が説明しながら、自分も恥ずかしくなってくる。


「だからリボンやレースで前側を示してるの。でも下半身の形状にそってデザインされているから、前後間違えると、収まりが悪いわよ」


「ふーん」


美月が試しに履いてみたところ、案の定前後を間違えて履く。


「なんか変だ……お尻がきつい」


「逆よ、逆!」


美桜が慌てて指摘する。


(前後を間違えるなんて……情けない)


「女性用下着って、こんなに複雑なのか……」


美月は改めて女性の大変さを実感した。毎日こんな複雑な下着を身につけているなんて、想像もしていなかった。


(俺はまだまだ知らないことばかりだなあ……女の子になるって、こんなに大変なんだ)

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