Fated Striders: Fatal Mindlink

TS大好きマン

黒い宙域

 黒い宙域が、静かに口を開けていた。

 地球圏外縁、小惑星帯の外れ。恒星の光は粉砕された鏡のように散り、大小の岩塊や金属残骸が乱反射する。

 昼夜の境界が渦のように混ざり、そこに漂う影は一瞬ごとに形を変えた。ぶつかり合う破片は電磁ノイズへと変換され、無線通信をざらついた雑音で満たしていく。

 ノイズによって友軍IFF信号すら時折かき消され、ただの光点として闇に呑まれては現れる。

 その迷路を、灰色の輸送艦バージが推進炎を必死に吐きながら進んでいた。

 外板は擦過痕と焦げ跡で縫い潰され、断熱材が剥き出しに冷たい光を返している。旋回は鈍く、加速も重いのは攻撃を受けたことによる障害に他ならなかった。

 その背後を、五機のストライダーが弧を描いて追い詰めるように機動する。

 旧式の軍用アサルトフレームと港湾作業用のワーカーフレームの寄せ集め、統一感がない機体の混成部隊。その機影は雑多でありながらも、包囲の形だけは美しく計算され、それは戦術AIデータリンクの影響下にあることを示していた。

 さらに後方。小惑星の影を利用し、アステリオンが身を潜めている。それは全長百五十メートルの異形の輸送艦だった。

 船体の七割以上が推進システムで構成され、船体前方にはセンサー群と戦術通信アンテナ、無人整備アームが増設された外観は、実用一点張りで華やかさなど微塵もない。

 しかしそれがストライダー運用における一つの答えであり、その格納区画は人型兵器であるストライダーを扱うために最適化されている。

 整備や補給、そして戦術情報の取得や即応送信まで、戦場を生き抜くための艤装が隙なく施されていた。

 

『バージはまだ生きている、どうやら間に合ったようね。アシェル、射出準備完了。最適なコースを送るわ』

 

 冷徹でありながらも、雅な女性の美声がデータリンク越しにストライダーのコックピットに響いた。

 

「……確認した。出撃する」

 

 艦首ハッチが展開し、漆黒の巨影がカタパルトによって宙へ押し出される。

 アシェルの駆るストライダー。軍用のアサルトフレームとして開発されたOH-07<ブルワーク>――角ばった外殻が光を吸い込み、巨大な壁そのものの威圧感を漂わせていた。

 左手には、蒸散装甲を幾重にも積層した防盾。艶消しの表面は一切の傷を許さぬ新品の鈍い輝きを放ち、ただ直撃を受けるためにあるという冷徹な存在感を示している。一度の攻撃を受け止めたら使用交換されるそれは、戦場に持ち込まれる消耗品――しかし、今この瞬間に限っては絶対に必要な防壁だった。

 

 右腕に携えた主砲であるレールガンは、長大な銃身を構えただけで空間の重心を引き寄せるような迫力を持つ。砲口がわずかに振れるたび、背部スラスターが短く噴き、巨体を微調整する。

 両肩のハードポイントには追加武装が組み込まれている。右肩には高速回転の多砲身機関砲、左肩には射出レールが組み込まれた流線型のミサイルコンテナ。偏った重心を打ち消すために計算された配置で、動作の一つ一つに無駄がない。

 脚部は分厚い装甲に覆われ、堅牢さを優先した造り。しかし各所に組み込まれた全方向ベクタスラスターが青白い閃光を散らし、百トンを超える質量を思いのほか柔軟に操っていた。

 その姿は、まさに戦場の砦。前線を支え、突破の要となるために設計された、重装突撃型アサルトフレームの象徴とも言えるストライダーであった。

 

 漆黒の巨体は、岩影を縫うようにして前進を開始した。

 核融合パルス推進は絞られ、巡航用の磁気プラズマスラスターが淡く光を洩らす。残光は破片の影に吸い込まれ、長くは留まらない。

 姿勢を変えるたび、全方向ベクタスラスターが鋭く閃き、巨体を滑らかに修正する。そのわずかな閃光でさえ敵センサーに拾われかねず、アシェルの指先は緊張で固くなる。

 輸送艦バージまでの距離は数十キロ。単純な直進であるなら瞬く間に到着する距離だった。

 しかし敵が張り巡らせた索敵の網を考慮に入れなければならない。いかに旧式とはいえ、軍用ストライダーのセンサー類は依然として効力を発揮しているはずであった。

 アシェルは意味はないと知りつつも息を殺し、慎重に思考と操縦桿を操作して、わずかな放熱すら遮蔽物に隠すように進路を刻んでいった。

 

『速度を落としすぎないで、アシェル。バージが持たないわ』

 

 リオナの声がデータリンク越しに届いた。

 

「わかってる……だが焦れば目立つし、数の利は敵にある。先制の一撃を放ち主導権を握らなければ勝ち目はない」


 自分に言い聞かせるような言葉と同時に、ブルワークは破片帯の切れ間へと躍り出た。

 右肩のミサイルコンテナがわずかに開き、射出レールが展開する。即座に炉心からエネルギーが転送され、ミサイル内部の融合キャパシタが白く点滅――その瞬間、電磁加速器が轟き、一本の矢が放たれた。

 ミサイルは即座に推進システムを起動させて、圧縮されたプラズマが弾体を高速で飛翔させていく。

 突如の奇襲となったミサイルに気づき、慌てて回避行動を取るも遅かった。

 敵の軍用ストライダーの一機へと襲いかったミサイルは、AIが相手のスラスター振動を捕捉し、終末オーバーブーストを起動。光の閃きと共に急激な軌道修正を行い、機体の胴部に突き刺さる。

 

 直撃の衝撃だけで外装がひしゃげ、圧倒的な運動エネルギーが装甲を歪ませてゆく。続いて弾頭内部の一次炸薬が起爆、成型弾芯が細い矢のように突き進み、装甲の奥へ穿孔を開けた。

 その瞬間、核融合キャパシタに蓄えられた余剰エネルギーが解放される。白熱したプラズマ衝撃波が、開けられた穴を通じて機体内部に注ぎ込まれた。

 機関部の配管が一斉に破裂し、冷却材が閃光と共に噴き出す。圧壊する構造材と、爆ぜるスラスターの火花。全身を内側から食い破られた機影は、わずかな時間とともに光と破片の渦へと分解されていった。

 

『命中確認、一機撃破。残り四機よ』


 リオナの声が淡々と告げると同時に、僚機を吹き飛ばされた残りの四機が一斉に反応する。

 生き残りの軍用ストライダーが一機ビームライフルを構え、三機のワーカーフレームはレールガンを抱えて散開する。

 銃口がアシェルを狙い、高エネルギーの光と実体弾が破片帯へと飛び込んでくる。先ほどまで無秩序に漂っていたデブリの影が、一斉に切り裂かれ、殺気を帯びた閃光は狙いたがわずに<ブルワーク>へと直撃する。

 しかしアシェルはすでに防盾を前へ構えていた。新品の蒸散装甲が焼け、閃光が盾の表層を剥ぎ取っていく。警告灯が弾けるように点滅する。


『アシェル、もう一度直撃を受ければ二層目まで削られるわ。受け続けるのは危険!』

 

 無線越しにリオナの声が響く。冷静さを装いながらも、息遣いに緊張が滲んでいた。


「分かっている! このまま接近してビームライフル持ちをやる!」


 アシェルは盾を半ば押し返すように構えを変え、慣性を殺さずに機体を横滑りさせる。次の瞬間、ワーカーフレームのレールガンから発射された金属弾が、わずか数メートル先を掠めていった。

 ブルワークの姿勢制御スラスターを連続点火――スラスターの微細なパルスが線となり、敵の照準を滑らかに外していくことでレールガンから放たれる弾丸は当たらない。それは人機一体の機体制御の賜物であった。

 しかし、どのような機体制御をしても回避できない攻撃は存在する。それは生き残りの軍用ストライダーのビームライフルだった。


 ヘッドアップディスプレイに浮かぶ敵影が再び狙いを定めていた。

 銃口からの閃光が直線を描き<ブルワーク>へ迫る。その光を受け止めたことで灼熱の光が表層を削ぎ落とす。

 だが、<ブルワーク>は止まらない。盾の陰から突き出すように右腕のレールガンを構え、反撃の照準を合わせ、撃ち放つ。

 電磁加速された弾丸が空間を裂き、標的となった軍用ストライダー胴部を粉砕する。火花が散り、敵機が大きくのけ反った。

 その瞬間、アシェルの脳内に他者――敵機を操る者たちの思考が割り込んでくる。

 

(くそっ、おれはまだ――)

(こいつはストライダーズランカーか!? 聞いてないぞ!)


 断片的な怒号、苦痛に染まった声、これから死にゆく敵の意識が、思考の隙間から脳裏に直接流れ込む。


「……ちっ」

 

 舌打ちと共に、憎悪めいた衝動がアシェルの精神に叩きつけられている。

 それを無視してのけ反ったストライダーに追撃の一撃を放つと、コックピットが完全に粉砕され、苛立ちの元になる声が一つ消えた。

 だが、思念のざらつきをもたらすものはまだ戦場に残っている。それは余計な雑音が神経を焦がすように纏わりつくかのようだった。


「……残りは三機」

 

 アシェルは深く息を吐き、視界のヘッドアップディスプレイに浮かぶ残った敵影へと意識を固定した。

 ビームライフル持ちは全て撃破した。残るは武装したワーカーフレームが三機。数の利は敵にあるが、純粋な機体性能ではアシェルに分がある。

 死に際の念も、苛立ちも切り捨てる。いま必要なのは、ただ敵を沈め、輸送艦を守ることだけ。

 だが次の瞬間、爆発が起きた。

 撃墜された一機の残骸から、散布型ECMが起動された。炸裂と同時に、無数の金属微粒子と電磁反射材を混ぜ込んだ特殊散弾が宙域へ霧のように撒き散らされる。

 おそらくは誤作動だとアシェルは理解する。残った敵機にとってもデータリンクを阻害するECMは脅威であるはず――しかし、それは後方のアステリオンからの戦術情報に頼るアシェルにとって確かに意味のある妨害となっていた。

 

『……っ、ノイズ……い。……消える』

 

 散布された粒子は高エネルギー帯の電磁波を反射・屈折させ、センサー画面に幾重もの偽影を走らせる。敵味方識別用のIFFすら歪み、通信はざらついたノイズに覆われる。

 視界に映る光点はどれも曖昧に揺れ、真実と虚構の境界を失っていった。

 リオナの声が乱れ、波打つように途切れる。

 アシェルの視界にも、赤いエラーの帯がいくつも走った。


「ちっ! 面倒な! これ以上は……通常通信じゃ無理か」

 

 舌打ちと共に、アシェルは短く息を吐く。

 その瞬間、頭の奥に直接触れる響きが流れ込んできた。


(……アシェル、ここからはマインドリンクを使うわ。電磁波レーダーは使えないけど、量子レーダーはまだ生きてる。範囲は狭いけど、敵の加速ベクトルくらいなら補正できる。私の視界を重ねて敵を見て!)


 次の瞬間、脳裏にもう一つの像が重なる。

 リオナが見ている量子レーダーの残像、光学センサーが捕えた敵影のシルエット、バージの退避軌跡。

 映像ではなく、神経に直結する感覚そのものが流れ込み、もう一つの眼と耳が自分の体に組み込まれたかのようだった。

 戦える、優位を取れた!

 突如として起動したECMに戸惑う敵機を、アシェルは確かに補足している。

 マインドリンク――精神を接続することによる優位性が、この戦場には確かに存在していた。

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