第一話
代償
歴史の片隅に名を残す1人の魔法少女の話。
S級魔災、フォーリン・サン。
飛来した彗星の欠片、その一部が隕石となって襲来したもの。
さほど大きくはないものの、都市部への落下が予測され想定被害は甚大である。
前例のない魔災であったため対応が遅れたが、作戦立案に目立った問題はないとのことだった。
ちょうど魔獣討伐の遠征と時期が被り人手が足りていなかったため、他の地域からヘルプで来てくれた魔法少女たちとミーティングを行う。
作戦の主な概要とは飛来する隕石を空中で破壊、その後破片を障壁で受け止めることで被害を抑える算段。
わたしは地上に残って問題が発生した時サポートに回る、あくまで補欠のような役割だった。
隣の少女をちらりと見ると、真剣な表情で資料を読み込んでいる。
「以上で会議を終了とする。これより五分後に作戦行動開始だ、遅れるなよ」
指揮官はそう言うとスクリーンの電源を落とし、足早に去っていった。
少女たちも次々と立ち上がり、テントを離れていく。
わたしのバディの夕霧千聖も遊撃隊Bの隊長に任命され、部隊を引き連れてポイントに向かうのだ。
すっと立ち上がる彼女の制服の裾をきゅっとつまみ、呟く。
「その、ちぃちゃん、気をつけてね」
「うん。ユイも気を付けて。ぼーっとして、落ちてくる破片に頭ぶつけないでよ?」
「そ、そんなことないから!もう、早く行きなよ!」
「ふふ、ごめんって。じゃあまたあとでね」
彼女はそう言って頭を撫で、空へと飛び上がっていった。
一方地上に残った私は連絡を待ち、流れる雲を眺める。
気温はそれほど低くないが風が強く、少し肌寒い日だった。
無事に帰れたら温かいものを食べようと、夕飯のメニューに思いをはせる。
そんな時間も長くは続かなかった。
ふと、赤い光が視界の端に映った。あれは緊急連絡のサイン。
何かあったのだろうかと考える暇もなく、その原因は姿を現す。
邪素をまとったそれは遊撃隊の奮闘もむなしく多少の速度低下にとどまり、最後の防衛ラインであるわたしの前まで肉薄したのだ。
地上まで残り少し。
今動ける魔法少女はわたしだけ。
「わたしが、やるしか」
震える手をどうにか抑え込み、覚悟を決める。
唯一得意だった防御魔法。
一世一代の大舞台、わたしは持てる力の全てをそれに注いだ。
「お願い、止まって」
呼吸を整え、障壁を展開する。
ガン、と鈍い音が響き渡り、多重展開した防御魔法が次々と破られていく。
突き出した右腕から何かが折れる音。
痛い。痛い。身体が熱い。
全身の熱を感じながら魔力回路を稼働させ、焼き切れた神経を根性で繋ぐ。
迫りくるそれを見据えて、それでも目をそらさなかった。
「ああ、あぁぁぁぁッ────!」
昔から体力もないし、運動クラスではいつも下から2番目だった。
競い合うことに嫌気がさして、困ったらちぃちゃんの陰に隠れて。
誰かのサポートに回り支援に徹するばかりで、わたし自身それで満足していた。
でも今は、今だけは。
「がん、ばれ、わたし」
折れそうな心に魔法をかけて、必死に前を向く。
わたしにだって、きっと守れるものがあるはずだから。
「────」
瞬間、視界が白に染まる。
地面が震え、次に大きな音がした。
塊が地面に落ち、それが大地を震わせた音だと理解するには至らなかった。
「ぁ、れ」
目の前が歪んだまま、地面が近づいてくる。
身体の感覚を失って痛みも忘れた今のわたしは抜け殻みたいで、何も残っていない。
…………。………………………………。
瞼の裏に闇が広がる。
耳鳴りが響いて、いつの間にかわたしは意識を手放した。
◇
わたしが目を覚ましたのは、それから三日後だった。
口元のマスクから延びる管と、白い無機質な天井。
起き上がろうとしたけれど身体はびくともせず、動かせたのは眼球を少しだけ。
わたしはなにをしているんだろう。
記憶があやふやで、頭の奥がズキズキと痛む。
一度考えるのをやめて天井の黒いつぶつぶを数えてみたり、視界に泳ぐ白い毛糸を追いかけてみたりした。
数分、もしかしたら数時間経ったのち、看護師さんがきた。
意識がはっきりしないわたしに優しく言葉をかけ、左手を握ってくれた。
わたしが自分の右腕の消失に気づいたのはこのときである。
右肩から先の感覚が全くなく、肩口から血がじんわりと滲みだすかのような錯覚に襲われた。
わたしのからだ、今どうなっているのかな。
それからお医者さんがきて看護師さんと何かを話したあとすぐ、見慣れた顔が飛び込んできた。
わたしが守りたかったもの。
一番の親友、夕霧千聖。
「ユイっ!ゆい、ゆいぃ…………!」
ベッドに倒れこむように駆け寄ってきた。
首をゆっくりと傾けて顔を見る。
唇をかみ、両目から大粒の涙を流している彼女に、声をかけたくて。
「っ……ぃ、ぁ」
絞りだした喉からはかすれた音しかでない。
それでも彼女の耳にはちゃんと届いたみたいで。
「ごめん、ごめんね……ユイ……」
なんで泣いているんだろう。わたしはここにいるのに。
ぎゅっと握られた手は温かくて、溶けてしまいそうなほど。
「よかった……本当に、生きてて」
彼女は涙をぬぐい、そう零す。
よかった。わたしいま、いきてるんだ。
それからずっと、ちぃちゃんは手を握っていてくれた。
わたしが眠ってからもずっと。
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