インターミッション1 クロエの工房

第1話 藍の眼の客

からん


 扉にかけたベルが鳴ったので、クロエは手元から目を上げる。

 ここは細工師クロエの工房なのだから、お客にはきちんと応対しないと。

 しかし入ってきた客を見た瞬間、クロエは思わず挨拶を忘れた。


「すみません。フロマス勇士団ブレイブス人形フィギュアが欲しいんですけど」


「あ、はい、いらっしゃいませ」


 要件を切り出されてやっと挨拶するのを思い出したせいで、妙な受け答えになってしまった。

 しかし、それも仕方がないだろう。その客はクロエと同じ藍色の目をしていたのだ。


(自分以外で初めて見た……)


 同じなのは目の色だけだが。背が高めで、顔の左半分を隠すくらい長く赤い髪。ひょろっと細身なのもあって女性的に見えるが、声は男性だ。


「えっと、その……」


「あ、すいません。フロマス勇士団ブレイブス人形フィギュアですよね。冒険者ギルドでも買えますよ?」


 客の格好が革鎧に曲刀と見るからに冒険者風なのでそう言ってみたが、客は遠慮がちに首を左右に振る。


「えっと、その、すいません。あれだ。クロエさんのは、もうギルドに置いてないでしょう?」


「ああ、そうかもですね」


 冒険者パーティーにとってファンへのグッズ販売は馬鹿にならない収入源。ギルドもそれを推奨しており、委託販売も請け負っている。


 フロマス勇士団ブレイブスでは、クロエがメンバーや倒した魔物モンスターをモデルに作った人形フィギュアを売っていた。しかし、クロエが追放されたあとにどうするのかを決めていないから、販売差し止めになっている可能性はある。


 今度話合わないと、と思いつつ、クロエはいくつか手元にある人形フィギュアのストックをカウンターに並べていく。


「ほとんどギルドに置かせてもらってるんで、ここに在庫があるのはこれぐらいですね」


 3頭身にデフォルメされた、手のひらサイズのフィギュア。〈岩斬剣〉の構えをするレクシア、〈炎の矢ファイア・アロー〉を撃つ直前のエミール、立ったまま鼻ちょうちんを出して寝ているナプラ。


「微妙に塗りの出来が違うんで、気に入ったのを選んでください」


 選べるように、各種5つずつ並べてみる。ほとんど同じなのだが、目や口のあたりはわずかなブレでも表情のイメージは変わってくることがあるのでお客の好みが出るところだ。


「手作りなんですか?」


「彩色だけは手塗りなんです。形を作るのは粘土を魔術で固めて量産できるんですけどね」


「クロエさんのと、モルクさんのは?」


 クロエとしてはもうフロマス勇士団ブレイブスじゃないという意識でいたので、並べるのを避けてしまっていた。

 盾の陰に隠れて様子をうかがうポーズの自身の人形フィギュアも並べる。


「私のはこれですね。モルクさんのはまだ作れてないんですよ。近いうちには必ず!」


 クロエはこぶしを握って約束する。

 正式メンバーではない、と嫌がられそうだけど、クロエはモルクの人形フィギュアも作りたい。需要があるのは説得材料に使えるだろう。


「そっちの大きいのは売ってないんですか?」


 お客に指さされ、クロエは背後の棚を振り返る。

 カウンターに並べたのよりは3倍ぐらい大きく、頭身もリアルな人形フィギュアが4体、ガラスケースの中に並んでいる。


「あー、これは趣味というか見本というか。一応、レプリカを作って売るのはできるんですけど、結構お高く──、あ、すみません。今はダメなんだ」


 受注販売は大歓迎のつもりだし、その見本として作ったものではある。が、今だけはできない事情があるのだ。


「このリアル人形フィギュアはゴフェルって木材で作ってるんですけど、今それが手に入らなくって」


「そうなんですか」


「灰の森の森精族エルフが間伐材を売ってくれてるんですけどね。最近は森で不浄の気配がするから、作業ができないってことで、販売が止まってるんです」


「それは、その……すみません」


 何故か謝るお客。

 そして、顔を上げると並べた人形フィギュアを各1つずつ掴む。


「じゃ、じゃあ小さい方をください」


「ありがとうございます。4体で金貨2枚ですね。梱包しますよ」


 柔らかい布で人形フィギュアをくるみ、引き換えに金貨2枚を受け取る。

 渡しながら何気なく質問。


「フロマス勇士団ブレイブスのファンなんですか?」


「いいえ。むしろ、全滅しろって思ってます」


 にこやかな笑みすら浮かべた答えに、クロエは絶句する。

 クロエの様子に気づかないのか、客はそのまま包みを握りしめる。

 壊れても構わないかのように──いや、壊したいかのように。


「クロエさんもそう思うでしょう? メンバーを追い出すようなクズ冒険者どもはみんな死ねばいいんです」


「……返してください」


 客の待とう暗い雰囲気にのまれながら、クロエは何とかそう言えた。


「え?」


「お金はお返しします。みんなの人形フィギュアを返してください」


 客は包みを後ろ手に隠す。カウンターにぶつかって鈍い音が出た。

 藍色の右目に、怒りの色が宿る。


「俺はお客様だぞ!」


「そんな扱い方をする人には売りたくないです。追放はされたけど、フロマス勇士団ブレイブスは私の身内です。死ねばいいなんて、絶対に思わない!」


「いい気になるなよ! 追放されるような役立たずのくせに!」


 激高した客から、緑の光が放たれる。何のスキルかはクロエには分からないが。

 そして客が開いた左手を懐にいれたその時、工房の扉が開かれる。


「クロエ、入るぞ」


 入ってからそう言ったのはエミールだった。

 二人から視線を向けられたエミールは一瞬ぽかんとするが、客の様子から状況を察したらしい。杖を構え、いつでも魔術を放てる体勢で中に踏み込む。


「あんた、どこかで会ったか?」


 客の方は答えることなく、エミールと距離を取りながら扉をくぐって去っていった。


「よく分からないけど、いいタイミングだったみたいだな」


「うん。ありがとう、エミール」


 クロエは大きく息を吐いて緊張を解く。

 結局持ち去られてしまった人形フィギュアは残念だが、追いかけて取り戻すほどの元気はなかった。


★。*†*。☆。*†*。★。*†*。☆。*†*。★。*†*。☆。*†*。★。*†*。☆


「ううう。クロエですぅ……」

「出番をもらえたと思ったら、なんですか、あのお客は。怖かったぁ」

「同じ目の色だからちょっとシンパシーを感じてたんですけどね。ああもう、塩撒いてやる!」

「次話、「インターミッション1第2話『エミールとお茶』 後半はゆったりさせてください……」

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