10日目-4 ぼくの背中を蹴り飛ばす

『保証する。そいつも三日間ずっと、ていうか今も、一分一秒でも早く会いたくて、どうやって会いに行こうか、そればっか考えてるに決まってる』


 どうして、そう言い切れるんだろう。根拠なんてないはずなのに。

 そう思うくせに、その言葉に、泣きたくなるほどすがりつきたい自分がいる。


『……ありがとう、REI。慰めてくれて』

『慰めじゃねえよ』


 REIの言葉が、強くなる。


『風邪じゃないんだろ。謹慎中でも外出て、駅とかカラオケとか並木道とか、全部回ったんだろ?』

『うん』

『そこまでやってさ。それで会えなかったからって、連絡先ないし、もう終わりってことにすんのか?』


 刺すような文字列に、喉の奥がきゅっと詰まる。


『お前の気持ちは、スマホがないと繋がれない程度だったのかよ』


 心臓を、鷲掴みにされた気がした。


『違う』


 反射的に打ち込んでいた。


『どう違うんだよ?』

『終わりになんてしたくない。スマホなんてどうでもいい』

『ほー。じゃあ証明してみ? タカキ、自宅待機中だよな。校則にビビって、学校だけは避けてたんじゃねーの?』


 指先が、じんじんと熱を帯びる。


『それはぼくが悪いよ。学校に近寄らなかったのは。でも真剣だ。一目だけでも、会いたい』

『一目会うだけでいいのかよ?』

『会って、顔を見て、ちゃんと、伝えたいことがある!』


 送信ボタンを押した指先が、火傷しそうだ。

 諦めたくない。

 このまま、謹慎で会えないまま一か月が過ぎて。

 熱が冷めて、他人行儀に戻ってしまうなんて、絶対に嫌だ!


『何を伝えんだよ、タカキ!』

『彼女に毎日会いたいって、言う!』


 既読だけがついたまま、しばらく止まった。

 それから、満足げな一文が飛んでくる。


『なら、ウジウジしてねーで動けよ』


 REIの言葉が、ぼくの背中を蹴り飛ばす。


『男なら、自分から掴みに行け。今すぐに』


 まるで、REIが目の前に立っているような錯覚を覚えた。

 苛立たしげに、でも誰よりも熱く。

「早く迎えに来いよ」と、地団駄を踏んで待っている女の子の姿が、文字の向こうに透けて見えた気がした。

 ――レナさん。


『ありがとう、REI』


 迷いは消えた。

 会えるかどうかなんて分からない。学校に行けば怒られるだろう。謹慎処分が伸びるかもしれない。

 それでも、じっとして後悔するよりは、何億倍もマシだ。


『ったくさー、世話の焼ける親友だぜw』


 その吹き出しが表示されるのと同時に、文字を叩き込んでいた。


『行ってくる』


 送信を見届けるより先に、スマホをベッドの上に放り投げる。制服を掴んで腕を通した。ボタンを留める指が震えるのは、興奮か、ただのビビりか、自分でもわからない。

 親に気づかれるのも構わず、玄関のドアを勢いよく開け放った。


「レナさん!!」


 世界は冷たかった。

 ここ数日のあいだに季節が進んでいくのを肌で感じる。突き刺すような秋の風が頬を叩く。

 走る。

 全速力で、アスファルトを蹴る。

 脇腹の傷が、走るたびにズキズキと熱を持って痛む。

 でも、その痛みさえ、彼女が触れてくれた記憶の一部だと思うと、足が止まらない。

 息が上がり、肺が焼ける。視界が滲む。

 学校へ。あの教室へ。

 謹慎。退学。そんなの、彼女を失う恐怖に比べれば。

 誰に止められても、レナさんを探し出す。


「レナさんッ……!!」


 呼気が白く濁る。誰にも届かない叫びを上げて、昇降口を抜けて、教室へと続く最後の角を曲がろうとした、その時。


 行く手を遮るように、廊下に影が現れた。


「は? 何でいんだよ」


 心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。


「謹慎中だろ? 面見せんなやゴミが。……いい子ちゃんぶって、ママの言うこと聞いて布団かぶってりゃいいのによ!」


 鼓膜にへばりつくような、粘着質でキンキンする声。

 生理的な嫌悪感が、背筋を這い上がってくる。レナさんの声を聞いた時に感じる、甘い痺れとは真逆の、吐き気を催すノイズ。


「そんなにオレのせいで“ヒロイン様”に会えなくて寂しくなっちゃった? クソ陰キャ」


 見間違いようもない。

 ぼくを陥れた張本人、直哉が、ニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべて、そこに立っていた。

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