#バズかいま ~ 知らない間に使い魔がバズってました!? ~
廿楽 亜久
1話 その配信者、知り合いですね……?
それは――
「いい加減、起きィ!
巫女であり、現役高校生である
高校生になっても、いまだ一人で起きてこない瑞希は、まだ半分寝ているような顔で、食卓に並べられた朝食を口に運ぶ。
「……このほうじ茶、いいやつ?」
漬物の乗った、少し乾燥したご飯のお茶漬けに、不思議そうに首をかしげると、白亜も感心したように声を漏らした。
「お、よう気付いたな。頂きもんや」
「お茶漬けにして、ちょっともったいなかったな……」
いつもの癖で、ご飯にかけてしまったが、少しだけ罪悪感が心に刺さる。
学校から帰ってきたら、ちゃんとお茶として飲もうと、心に決めながら、お茶漬けを流し込む。
「いってきまーす」
「気ぃつけてなぁ」
曲がり角の先に、瑞希が消えるまで見送れば、白亜はようやく家に戻る。
神社の使い魔ではあるが、白亜の任務は、主に瑞希の世話だ。
それ故、瑞希を学校に送り出したら、しばらく時間的な余裕がある。
「――よし」
急ぎの仕事もないと、白亜は小さく頷くと、自室に戻り、パソコンをつけた。
白亜には、主である、瑞希にも秘密にしている趣味があった。
秘密にしている故、瑞希が学校にいる数時間にしか行えない趣味――
「みんなー元気しとったぁ? 今日も、短い時間やけど話していこか」
動画配信サイトでの、配信である。
チャンネル名『たぬきつチャンネル』
アカウント名 『西のたぬきのきつねそば』
「お? 急な配信やったけど、結構、人来とるな……平日の昼間やで?」
配信が始まって、数分で三桁を越えた視聴者数。
白亜の配信は、そのほとんどが、ただの雑談だ。視聴者のコメントや相談に答えるだけ。
時々、料理配信はするが、それ以外は雑談が主だというのに、地味にチャンネル登録数は増えていた。
≫この前のチャーシューどうなった?
「チャーシューなぁ。昨日の夕飯に食べたで? ちゃんと、写真撮ってあるから、今出すわ。えーっと……はいこれ。見える?」
≫おいしそう!
≫はい。絶対おいしい。
≫この時間に、これは許されない……早弁しろと???
≫今日の昼飯、決まったわ
「早弁はバレへんようにせぇよ。てか、学生さんか? 授業、ちゃんと聞きぃ?」
≫2限空きでーす
≫じゃあ、もう食えよ
≫食堂にチャーシュー丼がないんですが。今日に限って、中華丼とかヘルシーメニュー
「ええやん。中華丼。まぁ、僕は、余っとるチャーシュー食べるけど」
≫手作りチャーシューあるある(笑)
≫作り置きできると言われて、一人暮らしで作ると、しばらくチャーシュー生活になるやつ……
≫わかる……地味に飽きてくるんだ……
「ほぉーん……大変やね。僕はまだ飽きてへんけど、昼はマヨ和え言うてたな」
≫マヨ和え!!
≫うまそう!!
≫おにぎりの具で食べたことある! うまい!(確信)
≫写真よろ!
「写真な。今度の配信でええなら、撮っとくわ」
流れていくコメントを眺めていれば、ふと聞こえた、チャリーンという特徴的な音。
「お、賽銭、ありがとうなぁ。ん……? なんやこれ」
”投げ銭”と呼ばれる視聴者からの、金銭が付与されているメッセージ。
ただの応援の意味であったり、どうしても読んでほしいメッセージにつけられることが多い。
実際の金銭が関わっているため、白亜もすぐに目をやっては、眉をひそめた。
≫たたたいたたつたたたもたおうえたんしてたたまたす! ちたなたたたみにたたわたしは、あかたたたたいたきつねたたたはたたでたす!
その怪文書を読み上げながら、白亜は、小さく納得したような声を漏らした。
「はぁ~~~~……なるほどなぁ。”たぬきのきつねそば”だから、たぬきってわけやな?」
白亜のアカウント名を使った、言葉遊びということだ。
わざわざ投げ銭をしてまでやってくれるとは、実に楽しい視聴者である。
「えーっと……『いつも応援しています! ちなみに、私は赤いきつね派です!』って、くだらなッ! いや、おもしろかったけど!」
コメント欄には、よくわかったな。と白亜を褒める言葉と共に、悪乗りし始めた、怪文書が大量に投稿されていく。
≫さいたたきたんはたたたきたいろたたもであたたてきたよなた
≫きょうたのたたたひるたはみたたどりたたたたべたるたたぜ
≫すごい悪ノリするやつらばっかだ……
「なんやねん……読みにくいコメント欄やな……しかも、何人か、”た”が入っとる文章で作っとるやん」
≫緑たたを今たたた日はたた食べたますたた
≫これはひどい……
≫なぜ諦めた……
「諦めて、”た”を漢字にすればええんとちゃうねん。諦めんなや」
白亜もつい呆れてしまうが、ふと耳がピクリと外に向く。
「あ、月見に呼ばれとるから、今日の配信はそろそろ終わりにするなぁ。それじゃあ、また」
カメラに向かって手を振れば、コメントにも、手を振る顔文字や乙などのコメントが一斉に流れ始める。
それが一通り収まったところで、配信を止める。
*****
同じ頃、瑞希はチャーシューマヨ丼の詰め込まれた弁当に向かって、手を合わせていた。
「相変わらず、おいしそうだなぁ。瑞希の弁当」
「実際においしいんです」
向かいの席で、菓子パンをかじっている
「使い魔が弁当を作ってくれるとか……うらやましい……どうすれば、妖怪を使い魔にできますか!?」
「妖怪のお友達を作って、お役所で登録してください」
「無理ッ!!」
使い魔と妖怪の生物的な違いはなく、本当に、役所へ使い魔として登録がしてあるか程度の違いだけだ。
かといって、妖怪によっては、人に友好的ではないものもいるし、その妖怪の友達を作れるのは、極一部だ。
それこそ、簡単に妖怪の友達を作れるのなら、国からぜひ巫女にならないかと、勧誘がくることだろう。
「チャーシュー丼!!」
突然、予想外のところから聞こえてきた声に、瑞希と波奈が顔を向ければ、クラスメイトの
「うわぁ! いいなぁ!! 今、好きなVが、チャーシュー作りの配信しててさぁ! めっちゃ食べたくてさぁ」
「そ、そうなんだ……料理系?」
「ううん。基本は雑談配信。白い狐のかっこいいお兄さん系V」
目森曰く、料理は時々、ルームシェアをしている人が作る料理を配信しているのだが、それが偶然、チャーシューだったのだという。
「アーカイブあるし、見る? って、今日、配信してたんだ……マジか、気付かなかった……きつねさん、平日の昼間しか配信しないんだよ……リアタイほぼ無理なのがなぁ……」
まだ、今日の配信については、アーカイブされていないらしい。
仕方ないと、目森が先日の配信のアーカイブを再生して、瑞希たちの前に、スマホを置く。
『――で、あとは煮汁が半分になるまで、煮る。結構時間かかるよ?』
『まぁ、その間は、いつも通り、話しとるわ』
『場所変えるかい?』
『このまま、チャーシュー煮てる映像でええやろ。焚火動画とか、タイタニックラフテーもあるくらいなんやし』
『タイタニックラフテー?』
『タイタニック見ながら作る、ラフテーや。映画のシーンで、水を入れるタイミングとか書いてあるんや』
『へぇ……変わったレシピもあるんだねぇ』
スマホの小さな画面を覗き込みながら、三者三様の表情をしていた。
配信を思い出しながら、楽し気に見つめる目森に、純粋においしそうな料理動画だと見つめる真桐。
そして、どこか見覚えのある鍋と声に、訝し気に画面を凝視している瑞希。
「ねぇ、陽ちゃん……この人、Vactorなんだよね?」
”Vactor”
通称 ”V” と呼ばれる、動画配信サイトの配信者の中でも、自身の姿をバーチャルで作って配信している人たち。
数年前から、爆発的に人気が出て、今では個人だけではなく、企業に所属し、仕事となっている人もいる。
一種のネットアイドルのような存在だ。
「そうだよ。これは、料理配信回だから、手ばっかだけど、ちゃんとVだよ。しかも、結構作り込んでる感じ」
そのキャラクターが映っている動画を見せようと、目森がスマホを操作していると、勢いよく開く教室のドア。
「授業以外でスマホを使うなって言ってるだろ!!」
「ヤバ……使ってないですぅ! 調べ物ですぅ!!」
教師の声に慌てて、午後の授業の調べ物をしていたかのように、検索履歴を作っている目森に、真桐も瑞希も、苦笑いだけを零すのだった。
放課後。
瑞希は、昼に少しだけ目森たちと見た『たぬきつチャンネル』を調べると、新しく増えている動画を開く。
『みんなー元気しとったぁ? 今日も、短い時間やけど話していこか』
開始早々、すぐに画面に映った、白い狐耳の生やした男の姿。
楽し気に画面内で、視聴者たちと会話をしているその姿に、瑞希の表情は、どんどん強張っていくのだった。
「白亜ァァアア!! これどういうこと!!」
自宅の扉を開けて、『ただいま』よりも早く瑞希は叫んでいた。
「あら、さすがにバレたか……」
玄関に出迎えに来た白亜は、そのスマホの画面を見ては、特に困った様子もなく、言葉を漏らした。
その様子に、瑞希はもう一度画面を自分の方に向ける。
そこには、目の前にいる白亜が、そのまま映っていた。
バーチャルなどではない。そのものの姿だ。
「なんで、Vactorやって……」
確かに、妖怪と人間を見た目で区別しやすくするために、白亜たち使い魔は、人間と同じような姿になることは禁止されている。
そのため、白亜にもわかりやすく白い髪の毛と同じ、白い狐耳が生えているし、尻尾だってある。
その上、服装まで和装をしていたら、浮世離れしているようにも見えるかもしれない。
瑞希にとっては、見慣れているが、見慣れていない人からすれば、バーチャルに作られたキャラクターだと勘違いするかもしれない。
「いや、Vでもないんだけど、そのままなんだけど! いつから……!? しかも、登録1万人超えてるし……!」
質問したいことが多すぎる。
「落ち着き。おやつでも食べながら、聞いたるから」
瑞希が何から問い質すべきかと決めかねていると、白亜は気にした様子もなく、リビングへ瑞希を誘導する。
「おかえり。バレたんだって?」
「さすがに、見てる子も学生多いしな。しゃーないわ」
台所で、笑っている白亜と同じく、使い魔である
チャーシューを作っていた手の持ち主だ。
つまり、この場で、配信の事を知らなかったのは、瑞希だけということになる。
「…………」
なぜ、自分だけ仲間外れにされていたのか。
いや、そもそも、使い魔が配信者ってどういうことなのか。
しかも結構人気がありそうなチャンネルだし。
頭に浮かんでは、言葉にまとまらない気持ちを、どうにか整理している間に、目の前に置かれた、おやつ代わりのキュウリの漬物。
「――投げ銭されてるなら、おやつをもう少し格上げしてくれてもよくない!? キュウリじゃなくて、チョコパイとかさァ!!」
結局、一番最初に聞く質問はそれなのかと、白亜と吽野が、口を抑えた。
その様子に、瑞希も少し顔を赤くするが、テーブルを叩きながら、抗議するしかなかった。
「だ、だって、だってさ! 投げ銭分は、いいじゃん! 贅沢して! うちが貧乏なのは、わかってるって!! でも、女子高生のおやつが、キュウリって!」
「いや、でも、ほら……最近、肉が多かったから……」
「笑いながら答えないでよ!?」
「せやせや。これは、贅沢云々やのうて、瑞希の健康のためや」
「チョコォ!! チョコを食べたいの!!」
散々、チョコレートと騒いだ挙句、キュウリを齧りながら、瑞希は白亜の話を聞いていた。
「結局、うちが貧乏だから、家計の足しにするためにやってるの?」
「せやね。2割くらいは」
「8割好奇心なんだ……」
素直に頷く白亜に、瑞希も呆れたように、眉を顰める。
使い魔が配信をしているなど、前例がないだろうし、国がどのような判断を下すかが分からない。
「楽しそうやったし。まぁ、Vactorと勘違いされたのは、びっくりしたけど」
しかも、Vactorとして勘違いされている状態で。
使い魔や妖怪は、昔よりも減ったとはいえ、普通に町中にも存在しているため、気付く人は気付く。
近所で、白亜の事を知っている人が、この配信を見たら、そのもので配信しているから、すぐにわかるだろう。
だからといって、なにか問題があるかと言えば、配信も本当に雑談である以上、問題はない。
「訂正はしなかったんだね」
「わざわざするもんでもないやろ。ネットなんて、嘘ばっかなんやから、正直に顔出してると思うとる方が少ないわ」
「堂々としすぎでしょ……」
とりあえず、両親と姉には、白亜の配信については、連絡すべきだろう。
「まぁまぁ。配信中も、基本は白亜の妖術で、部屋もわからないようにしてるし、顔以外で特定はされないんじゃないかな」
「リアルバーチャル空間配信ってこと……?」
妖狐である白亜は、妖術を使うことだってできる。
どうやら、配信では、それを使って、周辺を見せないようにしていたり、配信のテロップを出したりしているらしい。
白亜の事を知っていて見るならば、この配信が、現実で起きていることを、そのまま配信しているのだとわかるが、知らなければ、仮想世界での出来事に見えることだろう。
「…………ま、いっか」
社会的な話は、瑞希にはわからないし、個人的な話ならば、別に悪いことをしているわけでもないのだから、止める必要はない。
瑞希は、そう結論付けると、考えるのをやめた。
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