第23話 第三階層:ニジマス・水彩の裁き!?
第二階層を突破した直後、
瑠散は思わずつぶやいた。
「あれ、ここ急に雰囲気オシャレじゃない?」
視界いっぱいに広がるのは、まるで鏡のような水面。
天井から差し込む光が水に反射し、七色のゆらめきが揺れている。
水音ひとつ立たない、静謐な空間。
空気さえも澄みきっていて、どこか神聖な印象すらあった。
「
周東さんが冷静に言う。
その隣で、三人の娘たちニシ、キタ、ミナミがきょろきょろと辺りを見回した。
「ママ、なんかきれい〜!」
「お風呂にしたい〜!」
「ここでお弁当食べたい……」
「ダメ。水辺では湿気でおにぎりがふやけるわ」
「戦場の注意点そこ!?」
と瑠散がツッコミを入れる。
そのときだった。
水面が震え、空気がひび割れるような音が響いた。
中心に立ち上がるのは、七色の鱗をまとう巨大な魚影。
「うわ、でっけえ……」
それは、体長三メートルのニジマス、レインヴェイル。
美しさと威圧感を兼ね備えた、水の魔魚だった。
レインヴェイルがゆっくりと口を開く。
次の瞬間、水の刃が連続して放たれた。
「水圧カッター!? 魚のクセに容赦ねぇ!」
「魚なめてると死ぬわよ、瑠散くん」
「怖いこと言わないで!?」
さらに、レインヴェイルの周囲に魔法反射のオーブが出現。
光を反射し、まるでステンドグラスのように輝く。
「火属性攻撃、全部弾かれてる!」
「魔力を受け流してるわね。まるで調理途中の蒸し魚みたい」
「比喩がママすぎる!」
戦況は膠着。
攻撃は弾かれ、魔法は跳ね返される。
しかし、周東さんの表情は、少しも曇らなかった。
彼女はカバンから取り出す。
それは、家庭用両面グリル。
「まさか、それをここで!?」
「ええ。千田界仕様よ。魔力コンセント式」
そう言って、彼女はスイッチを押した。
「ピッ」と軽快な音が鳴る。
「全自動焼き魚モード、発動」
「なにそれ!?魔法なの?家電なの!?」
ニシたち三姉妹が即座に配置につく。
ニシが火の温度を調整し、キタが魔力の循環を担当し、ミナミが味付けを担当。
「ニシ、炎温度を中の上でキープ!」
「キタ、反射角度をずらして!」
「ミナミ、レモン汁少なめに!」
火属性魔法がグリルの周囲に展開され、レインヴェイルの体を包む。
虹色の鱗が少しずつ銀に変わり、やがて香ばしい匂いがあたりに漂い始めた。
「焼きの均一化、成功よ。こんがり、理論的」
周東さんの調理魔法は、戦闘というより儀式に近かった。
まるで祈りのように、丁寧で、美しい。
やがて、レインヴェイルの身体が淡く光り、静かに形を崩していく。
残ったのは、銀色に焼かれた一片の身と、涙のように光る水滴。
「ソース、みたいだね」
ミナミが小さく呟いた。
その声に、誰も笑わなかった。
周東さんが一歩近づき、その滴を掌で受け取る。
そして、静かに目を閉じた。
「この味少し、しょっぱい。
きっと、誰かの涙が混じってるわ」
瑠散は息を呑んだ。
ししゃも階層のときと同じ、何かを思い出しているような目だった。
「周東さん、もしかして」
「ええ。この世界の魚たちは、食卓で忘れられた料理の成れの果て。
誰かに食べられたかったのに、忘れられて魔物になったのよ」
静寂が降りた。
ピッ。
グリルの焼き上がりの音が鳴った。
「さて、冷めないうちに詰めましょう。ニジマスのムニエル弁当、完成」
「今このタイミングでお弁当!?」
瑠散が思わず叫ぶと、三姉妹が同時に笑った。
「だってママ、戦ってるときもお腹すくもんね!」
「ママの弁当、世界最強〜!」
「瑠散くんも食べる?」
「食べる。食べます」
香ばしいニジマスの香りが、疲れた心にしみわたる。
口に運ぶと、不思議と涙がこぼれた。
「なんだろ味が、懐かしい」
「きっと、あなたも忘れた味があるのよ」
周東さんが、微笑んで言った。
その笑みは、どんな魔法よりもあたたかかった。
だが次の瞬間——
足元の水面が、黒く染まり始めた。
「っ、何か来る!」
ニシが叫ぶ。
レインヴェイルの残骸が震え、虹の残光が渦を巻く。
その中心から、無数の魚影が浮かび上がった。
「
周東さんが構えた。
母と娘、そして少年の冒険は、いよいよ焼きの本番に突入する。
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