デミ堕天
独特毒得
地元編
第01話 地獄
苦しみだけしか、存在しえない。
楽しいことは、ひとつもない。
神なんて、いやしない。
これが僕らの――生きる世界。
――――――――――――――――――――
「うし、じゃあ………始め!」
気だるげな教師が放つ。
その声が、魔法の練習場に広く響いた。
クラスメイトは、当たり前に、
火が、水が、雷が、
僕が使用する的には、新たな傷なんて、ひとつもつかない。
僕はここで、ただ一人、
――魔法が使えないのだ。
「まだ魔法出せないのか…グレイ。」
先生が遠くから寄ってきて、ため息混じりの声で僕に言う。
「…はい……頑張ってはいるんですけど。」
僕はそう言う。
それ以上責め立てられれば、泣いてしまいそうな弱い声を、僕はわざと出すんだ。
「まぁ、お前は真面目だし…頑張っているのは分かる……分かるんだが…。」
先生は、僕の声を聞いて、困り顔で続ける。
「10歳にもなって、なんの魔法も出せないっていうのはなぁ……。」
またもや、ため息の混ざる声だった。
先生の顔は、困り顔のまま変わらない。
僕と話す時は、いつもそう。僕をどう扱えばいいか、分からないのだろう。
「すみません。」
僕は今日も平謝りをする。
「先生〜!グレイには無理っすよ〜。魔法のマも出やしないっすもん。」
僕が謝っていると、少し離れたところから、陽気なクラスメイトのトルッセが、大きな声言ってくる。
いつものように、周囲は笑いで満たされる。
僕を笑っているんだ。
――全員、今すぐ消えてくれないかな。
「おい!お前らは、練習!」
先生が大きな声でそう言うと、少しの笑い声を残し、みんなはまた、魔法の練習に戻る。
お前ら"は"、か。
その言葉からは、僕だけが生徒のうちに数えられていないような、そんな雰囲気を感じた。
心なしか先生は、僕以外の、魔法が使える生徒に対し、少しあまいような気がする。
これにいつも腹が立つんだ。
「まぁ…とにかくあれだ……とりあえず練習はな…続けなさい。」
先生はいつも最後、諦めたような、面倒臭がっているような顔で、このようなことを言って立ち去るんだ。
「はい、がんばります。」
僕は、立ち去る先生の背に覇気なく返した。
そうしてまた、木陰で魔法書を読んでみたり、魔法を出そうと振り絞ってみたりするが、やっぱり魔法は出せなくて、時間はただ、過ぎていった。
しばらくして、僕はなんの魔法も出せないまま、魔法の練習授業が終わった。
そうして、僕を含めた生徒全員、聖堂裏手の、いつもの校舎に戻って、休み時間を過ごすのだ。
休み時間。
僕はただひとり、自分の席に座っている。
友達なんていやしない。
「お前ほんと!魔法出せねぇまんまだな!」
ひとりの僕に突然、陽気なクラスメイトのトルッセが、僕の方に寄ってきて頭をなでる。
可愛がられているわけではない。
舐めきっているからなでるんだ。
「普通なんとなくでやってても出るだろ!」
そう言うと、陽気なクラスメイトのトルッセは、僕の頭を撫でていた手で髪を引っ張り始める。
「いっ……つ……痛い…っ!」
僕の髪を引っ張るその手をおさえて、抵抗するが、その手を引き剥がすことが出来ない。
「え?ちょっと泣いてる?…ごめんごめん」
陽気なクラスメイトのトルッセは、薄い笑いの混じる声で、涙目の僕を馬鹿にして、やっと手を離す。
すると、陽気なクラスメイトのトルッセは、僕を馬鹿にするのにも飽きたのか、数人の生徒が群れている机の方に行って、そちらで話しはじめた。
髪を引っ張られたんだ。
痛みの反射で涙が出たんだよ。
そう意地を張りたかったが、僕はトルッセが怖くて、そんなこと、言えなかった。
僕はただ下を向いて机の木目を眺めていた。
それしかできなかった。
しかし、顔を上げて周りを見わたしたとしても、いじめられっ子の孤独で異端な僕とは、誰も目を合わせようとしない。
ただ、横顔か髪が、目に映るのみだ。
きっと彼らも、僕と関わって、トルッセにいじめられるのが怖いのだ。
トルッセが、僕と話したくらいのことで、人をいじめるようなやつだと、みんな薄々分かっているのだ。
とにかく…。僕はひとりなのだ。
そうして、何事も無かったかのように、休み時間は過ぎていって、教室に教師が入ってくる。
髭面で、眼鏡を付けた、いかにも歴史好きという顔の30代の男。
今から魔法史の授業が始まる。
今日最後の授業だ。
「今から100年ほど前…。とある天才が、"魔法"というものを発見し…………それは人の身体に宿る超常現象で……………」
授業中、僕は上の空だった。
この授業が終わった瞬間、いかにしてトルッセに捕まらないよう教室を出るか、その事で頭がうずまいていたのだ。
魔法史の先生の言葉は、そのうずに呑まれて途切れ途切れに沈んでいく。
本当によく聞こえない。
「そうしてこの世界は、現在の"魔法中心"の世界となったわけだ…。」
だというのに、"魔法中心"という言葉だけが、魔法が使えない僕への当てつけみたいに思えて、よく耳に染み付いた。
本当によく耳に染み付いたんだ。
そうして、ぼんやりと授業を耳に通していると、時間は案外早く過ぎて、気づけば帰りの時間になっていた。
担当の教師から、帰宅の号令が出た瞬間。
僕は逃げるように学校を出た。
トルッセに見つからないよう、いつものあの路地裏に向かうんだ。
あの暗い路地裏へ。
僕は弱いうさぎのように、ただ走った。
走って、走って、ただ走った。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
息を切らして、僕は目的の路地裏に辿り着いた。
暗い路地裏の奥の奥。生ゴミのにおいが、風に乗って鼻をかすめる。
「はぁ……ここがいちばん安心する。」
僕は壁に背をもたれて座り込み、ため息とともに、吐き出す。
そう。
この汚くて暗い、誰も寄り付かぬ路地裏は、この世で唯一、誰からも、なんにもされない、安心できる場所だったのだ。
「くそ……。」
少しして、僕は座ったまま脚を小さく動かし、小石を蹴飛ばした。
「魔法…!全部、魔法のせいだ……!」
小石を見つめ、ただ僕は呟く。
「なんでこんな目に……。」
小石を見つめたまま不満を吐こうと努める。
「はぁ……」
しかし、いつもみたく、また震えた息が小さく出る。
「きっと…弱い僕が、悪いんだろうな。魔法を使えない僕だけが。」
こうして、いつもいつも、現実への理解がすぐに追いついてくる。
僕は、正しく傷付くことすら出来ないのだ。
それがあまりに惨めで、自然と涙があふれて止まらなかった。
「いつか…ここから抜け出せるのかな。これ…いったい何年続くんだろう……。」
僕はそう言い、家と家の狭間から見える、狭く薄暗いオレンジの空に、ただ手を伸ばした。
――もうじき、夕方も終わる。
「家……帰らなきゃなぁ…。」
ため息混じりに、そう言い、服の袖で涙を拭いて、僕は重く立ち上がった。
家に帰りたくない。
ただ、靴を見つめる帰り道。
わざと歩幅を小さくしてみたりするが、結局はいつも、家に着いてしまう。
今日だってそうだ………そうだ。
ギギィ――。
「ただいま。」
家の軋む扉をゆっくり開けて、僕は小さく、ただいまと言う。
すると、待っていたかのように、大きな足音をたて、揺れながら、奥の部屋から出てきた。
――兄だ。
「よぉ…おかえり……グレイ。」
ニタニタと笑う顔。
僕は分かっていた。
これから何をされるのか。
僕にとって本当の地獄とは、学校なんかではなかったのだ。
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