真・支配の輪郭

南賀 赤井

プロローグ:おこぼれに縋る少年の悟り




それは、ジークが物心ついた頃にはすでに定まっていた世界の真理だった。


人は、二つの陣営に分けられる。


一つは、支配する側。


もう一つは、支配される側。


ジークは常に後者だった。誰かの言いなりになり、誰かの吐き出した残飯や、誰かの手のひらからこぼれ落ちた小銭に縋って生きてきた。彼自身の意志も、声も、まるで価値がなかった。


長年の経験から、ジークは一つの冷酷な法則を悟っていた。


賢い者は、その知恵で、力を持った愚かな者を奴隷のように動かす。だが、金を持った者は、その賢い者でさえ、顎で動かすことができる。結局、知恵も力も、金という名の巨大な支配構造を強固にするための部品に過ぎないのだ。


「この世に、自由なんてものはねぇ」


ジークは、冷たい路地の片隅で、乾いたパンを齧りながら、いつもそう心の中で呟いた。平和な顔をして暮らす人々も、結局はどこかの大金持ちや、どこかの強大な権力者の手のひらの上で踊っているだけだ。自分がおこぼれを拾う人生であるように、彼らもまた、自分より上位の誰かのおこぼれを貰っているにすぎない。


そう、すべては悪循環だ。支配の鎖は、目に見えないだけで、誰も逃れられない。


諦めにも似たその悟りは、ジークの心を蝕み、世界への憎しみを育てた。だが、同時に彼の心の奥底には、その悪循環から、自らの意志で抜け出したいという、燃えるような渇望があった。


誰にも支配されない自分。誰にも価値を決められない自分。


そんなものが、もし存在するのならば。


彼はその日も、その渇望を埋めるために、誰かの財布を狙っていた。自分の価値がないのなら、他人の価値を奪い取るしかない。それが、ジークが知る、たった一つの生きる術だった。


そして彼は、その路地で、自分と変わらない少年のような姿でありながら、自分の何十倍もの時を生きる呪われた英雄と出会うことになる。


彼の空っぽの財布を奪おうとした瞬間、ジークの冷酷な世界は、音を立てて崩壊し始めた。

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