【羊の奇祭】 3




 二者の間に結界力場が生じ、衝突する。尋常でない威圧と緊張感が周囲にもたらされる。魔札使いではあっても非戦士のノナにとって、この存在圧が贄の神から放たれるものなのか、リユウのそれとが拮抗している状態なのか、判別できなかった。


 はじめに動いたのは贄の神であった。


(((我はこの魔札を唱える)))


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邪羊の群れ

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呪文

コスト:1

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「羊」トークンを5体召喚する。それらは敵を攻撃できない。

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 魔札の周囲の空間が歪み、5体の羊が現れた。それぞれの個体はどこか歪んでおり、直視に耐えなかった。


「…………」


(((そう身構えるな。これらは無害な羊だ。貴様を攻撃することはできぬ。我が手番をここに終了する)))


「ならばおれの手番だな」


 リユウが新たに魔札を引く。


「本当に無害な羊かどうか、確かめてやろう」


 そう言うと、リユウは2枚の魔札を使用した。《炎の拳》、そして《連続拳》。


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炎の拳

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呪文

コスト:2

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敵の生物1体を対象とする。これはそれに5ダメージを与える。それが死亡し、余剰ダメージが発生した場合、コントローラーにその分のダメージを与える。

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連続拳

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呪文

コスト:1

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詠唱中の《拳》呪文1つを対象とする。それが生物1体を対象とする呪文の場合、敵プレイヤーのすべての生物を対象にする。

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 リユウの拳に炎が灯り、羊の群れへと向かって突撃を仕掛けた!羊たちのステータスは贄の神の発言通り貧弱であり、これが通れば全滅は免れないであろう。


(((我が眷属に触れることは許さぬ)))


 対応し、贄の神が魔札を使用した。直後、羊の群れのうち1体が破裂した。


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緊急羊請

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呪文

コスト:2

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自分の場の「羊」1体を生贄にする。

山札から「羊」生物1枚を選びそれを戦場に出す。

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 四散した羊毛が体積を増していき、収束していく。バキバキと音を立てながらそれは立ち上がり、新たな魔札生物の姿を形成した。


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否定の羊疑者

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コスト:2

パワー:1

タフネス:3

生物種別:羊・邪術士

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否定の羊疑者が場にいる限り、自分の場の「羊」は敵の呪文によるダメージを受けない。

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 片腕から謎めいた装置が突き出た羊人である。羊人の装置から赤い光線が発射され、未だ突進途中のリユウの燃える腕に命中した。


「ぬ……!」


 命中した腕の炎が剥がれるように消えていき、魔札の効力が失われた。呪文を伴わぬ拳では、如何に弱小といえど魔札生物を倒すことは敵わない。


(対策された……!)


 決闘を見守るノナもまた、今の攻防に驚愕していた。リユウの全体攻撃に対し、贄の神はピンポイントな対策を、銀の弾丸のように山札から呼び出したのだ。とてもたった今魔札使いになった者の対応力とは思えなかった。権能とはまた異なる、神格の英知。改めて眼前の神の強大さにノナは打ちひしがれた。


(((Baa、Baa、Baa……どうする、人の魔札使いよ)))


 贄の神はまさに悪魔めいた笑みを浮かべた。リユウは仕方なく元の位置に戻った。


「……手番終了だ」


(((Baa……再び我が手番)))


 新たな魔札を引き、贄の神は更なる魔札生物を繰り出した……それも二体同時!


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羊の喰らうもの

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コスト:1

パワー:2

タフネス:1

生物種別:羊

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自分の「羊」1体を生贄に捧げる:相手に1点のダメージを与え、自分は1点の結界障壁点を得る。手番中1度のみ発動できる。

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羊の喰らうもの

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コスト:2

パワー:1

タフネス:4

生物種別:羊

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自分の「羊」が死亡したとき、「羊」トークン1体を生成する。手番中1度のみ誘発できる。

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 いずれも尋常からは逸脱した異形の羊であった。


(((これで布陣は整った……刮目せよ)))


 贄の神が命じると、《喰らうもの》と呼ばれた羊が、自軍の小さな羊を鷲掴みにし、大口で喰らった。巨体の羊毛が膨れ上がり、噴出孔のような邪悪な器官が露出。そして――。


「くっ……!」


 噴出器官から血肉が高速噴射し、リユウの結界力場にダメージを与えた。同時に反対方向……贄の神側には恵みの雨のように血が降り注ぐ。贄の神側が天を仰ぐ姿勢を取ると、それらの液体が収束し、吸収された。オヴィス=スタロスは恍惚の息を漏らした。


 だが、それだけではなかった。”喰らうもの”が食べ残した羊毛に”吐き出すもの”が臓器のようなものを吐き出すと、たちまちそれらは結合し、新たな歪んだ羊となった。つまり、能力の犠牲に捧げた1体の羊が、たちまち補填されたのである。


(これが……”贄”の神……!)


 ノナは思わず、戦術の悪辣さに辟易した。リソースとなる羊たちを用意し、《羊疑者》がそれを守る。《喰らうもの》が羊を食べて攻撃し、失われた羊はたちまち《吐き出すもの》が補う。単に捧げものを要求するだけでない。生贄にまつわるシステムを構築し、恭順しないものを冷徹に追い込んでいく……それは贄の神、オヴィス=スタロスが持つ性質そのものなのだろう。


 贄の神は手番の最後に、攻撃能力を持つ羊たち3体がリユウを攻撃した。攻撃力自体が低いのか、ダメージは微小ではあった。しかし、反撃の糸口が掴めなければ積み重なる一方……やがて死へと繋がる。


(リユウ、気付いて……あの戦術にはつけ入る穴がある……!)


 しかし、贄の神の盤面を覆す方法もまた、ノナには想像ついていた。”否定の羊疑者”が防御するのは、あくまで呪文や効果によるダメージのみ。魔札生物が使用する牙、拳……つまり生物の攻撃ならば突破できるのだ。


「おれの手番……」


 リユウは新たな魔札を引き、戦況を眺めているようであった。わずかに週巡し、そして……。


「手番終了だ」


 そう、宣言した。


(えッ!?)


 ノナは悲嘆した。まさか、手札に魔札生物がいないというのか。


(((BaaBaaBaaBaaBaa!まさか、何もできぬとは!)))


 オヴィス=スタロスの不快な哄笑が響く。


(((では我が手番を始めよう)))


 贄の神は再び、《喰らうもの》の効果を起動した。羊が喰らわれ、リユウに傷が、贄の神に回復がもたらされる。そして、《吐き出すもの》によって新たな羊が生み出された。完璧な生贄のループ。


(((貴様の終わりは見えてきたが……念には念を入れておこう)))


 オヴィス=スタロスが新たな魔札を発動する。それと共に、邪羊が1体破裂し、羊毛が膨張していき……。


 次の瞬間、触手状に伸びた毛の塊が、リユウの頭を突き刺していた。

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