第2話 オタクな彼女
「……桐生くん、さっきのはないでしょ」
細い目がじりじりと俺を刺す。が、すぐにその力は抜けて諦めたように肩を落とした。俺の隣に、ふう、と腰を下ろす神名。
「隠してたのに……」
小さく漏れた声は、明らかに落ち込んだ声だ。神名は視線を落としたまま、指先で長い毛先をいじる。
「遊び、断ったことも聞いてた? 電話で断ったの。聞いてたよね?」
ネタバレの仕返しをしてしまった以上、ここで聞いてないとは言えないか。
「聞こえた。悪い」
「そ、そうだよね。終わった……」
神名はベンチの上で膝を抱え、丸くなる。
「頑張ってイケてる私を演じてたのに……。明るくて、可愛くてお洒落で、モテモテで……。スクールカーストのトップにいて、みんなから好かれる可愛い私……」
言い終えて、神名は小さく笑った。
なんというか、無理矢理つくられた笑顔が痛々しい。
「不注意だったなぁ。学校では絶対に本音を言わないって決めてたのに。アニメの話しもしないって決めてたのに。油断しちゃったなぁ……」
膝に顔を押し当ててうじうじと弱音を吐く。
よほど知られたくなかったことらしい。
「そんなに楽しみだったのか? 魔法少女☆マギウステイル」
「……うん。だってコノハちゃんのピンチで先週終わったところだったんだよ? 今週どうやってピンチを切り抜けるのかなって、ずっと気になってたし」
「いいところで区切ってたよな。ってか原作読まない派なのか?」
「アニメで知った作品はアニメが終わるまで原作に手を出さない。これが私の絶対的なポリシー」
「その心は?」
「私はアニメの魔法少女☆マギウステイルが好きになって見始めたんだもん。そのアニメスタッフさんたちが全力で作ってくれてる一本の作品として味わいたい。でもさ、原作知っちゃうと『ここカットされた!』『このセリフ原作の方が良かった!』とか、変に比べちゃうでしょ?」
「原作で盛り上がったこのシーン、アニメで見られてすげーって感動もあるけど、なんでそのシーンなくすの、とかはあるわな」
「そうそれ! だから、アニメも素敵なひとつの作品で、原作も素敵なひとつの作品なの。だから、私はアニメから入った以上、アニメ版がひとつの原作と言っても過言じゃないと思ってる。なんて言ったら、原作者の人に失礼かも知れないけどね」
神名の答えに、俺はうむ、と頷く。
「いい考え方してるな。俺もそれに賛成」
「えっ?」
「俺も魔法少女☆マギウステイルはアニメからで、原作はまだ未読だ。だからネタバレ喰らった仕返ししてやったわけだ」
「そ、それはごめんって」
「いいよ。まあ、なんていうか。俺も盗み聞ぎしたみたいになっちゃったし。それもかなり知られたくなさそうなことを」
「それは……。そうだね。私の不注意が悪いんだけど」
さっきまで楽しそうに話していた神名が、再び肩を落とす。
「っていうか、桐生くんもアニメ見るんだね」
「そこまで真剣に見るわけじゃないけど」
「そっか、見るのかぁ。はぁ……」
そして、大きなため息。
「別にいいだろ、アニメが好きなことぐらい。そんな気にすんなって」
神名は目を一瞬だけ丸くして、慌てて手を振った。
「き、気にするよ。ここまで頑張って」
神名はこちらを向いて大きな声を出した後。
「桐生くんには聞かれちゃったし。もういっか」
と一言おいてから。
「頑張って偽って来たのに。周りの子に合わせてお洒落して、嫌われないように明るいキャラを演じて……」
どうやら教室で見ていたギャルで元気な神名は演じていたキャラだったらしい。本当はアニメが好きな、ちょっと気にしいな女の子なのかも知れない。
教室での彼女を見てると、とても信じられないが。
「明日からの私は教室の隅でラノベを見ているところを友達だったら子たちに指をさされながら生きていくんだ。『あいつはオタクだった』『萌えアニメで興奮してる』って」
「萌えアニメって単語も久し振りに聞いたぞ」
「でも、そうなるの。あの子たち、そういう文化あんまり好きじゃないから」
どうやら、そうらしい。昔に比べてオタクの文化に寛容になってきたと、ネットでよく聞くが。少なくとも神名の友達はそうではないのか。
「ひとりでアニメ見る生活も悪くないと思うけどな。好きなことし放題だぞ?」
「それはそうなんだけど。けど、私はやっぱりひとりでいるのも嫌なの!」
ひとりでいるのが嫌と言う、難しいお年頃のようだ。
「桐生くんはいつもひとりで気楽そうだけどね! いいよね、気楽そうで!」
「開き直って悪口いってきやがったな」
「悪口ってわけじゃないけど! ……ごめん、八つ当たりだったかも」
すぐに謝る、悪い奴ではないらしい。
肩を落として、再びため息を吐く神名。
「悪くないけどな。ひとりでいるの」
「桐生くんはいつもひとりでいるよね?」
「ああ。ボッチ of ボッチ。ボッチ in the ボッチと言っても過言ではない」
「なにそれ、意味わかんない」
あきれながらも、微かに微笑む神名。
「寂しくないの?」
「人といるのに疲れたからひとりでいるんだよ、俺は。……なんて言ったら友達が出来ないことを、人付き合いが面倒だって言い訳にしてる哀れな奴に思われるか?」
「んー……」
神名はこちらをじっと見つめた後。
「そういえば桐生くんって、普段はひとりでいるのにカナちゃん達のグループに最近、遊びに誘われてるよね? あれ、なんで? 不思議に思ってたんだけど」
「よくそんなところ見てるな」
「だってカナちゃんたち目立つじゃん?」
修二や千條が騒いで注目を集めてるとは思わないが。
揃いも揃って見た目はイケてる奴等だ。クラスの連中とも仲良く、楽しく関係を築いているところを見ると、スクールカースト的には目立っているのかもかも知れないな。
「面白い話じゃないぞ?」
「いいじゃんいいじゃん。教えてよ」
どこか声が軽くなったか。
「言っておくけど、弱味とかではないからな?」
「ぐっぬぬ。別に桐生くんの弱味を握ればイーブンになるとか思ってないから!」
どうやらそういう魂胆らしい。
弱味じゃないから別にいいけど。
「修二とか千條とは幼馴染みなんだよ」
「幼馴染みなの? 桐生くんが? カナちゃんと修二くんが付き合ってて、ノゾミちゃんと常弘くんが付き合ってるんだよね? 幼馴染み同士で付き合ってて、実は桐生くんも幼馴染み? ……はっ!」
言って、神名は気付いたのか。
「まさか桐生くんって、その幼馴染みグループからハブられて、カナちゃんたちにイジメられてるの!?」
驚き、の目線を送る神名に、俺は青い空を見上げた。
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