クラスで人気者の明るい彼女は屋上ではオタクを楽しむ -クラスの盛り上げ役が、俺の隣でだけ素になる話-

すなぎも

第1話 屋上ぼっちと人気者

 ホームルームが終わると教室は一気に賑やかになった。

 カラオケ行こうだとか、部活に行こうだとか、どれも賑やかで楽し気な声だ。


 そんな中、俺は誰とも喋らず鞄を持って立ち上がる。

 挨拶もせずに教室を出ようとしたところで。


「待ってよヒロト!」


 名前が呼ばれた。


 無視して出ようかとも思ったが、鞄が掴まれたのでしょうがなく振り返る。

 そこにあるのは見慣れた人懐っこい笑み。


 黒い髪はショートに切り揃えられ、明るい笑顔が俺には眩しい。

 幼馴染の千條カナだ。


「一緒にカラオケいこーぜ!」


「誰と?」


「うちと修二と常弘とノゾミ!」


 聞き馴染みがある名前とメンバー。

 なぜなら全員、俺と幼馴染みだからだ。

 幼稚園から小中高とずっと一緒。親より顔を合わせてるかも知れない。


 だから、俺は千條の誘いに即答する。


「悪い、今日は用事があるんだ」


 断りながら、視線は黒板を奇麗にしている修二の元へ。爽やかな笑顔がこちらに向けられるが、いくらイケメンと言えど男の笑顔は嬉しくない。


「用事って何時ごろ終わるんだ? うちら待ってるよ!」


「あー……。用事はだな。その、何時だったか?」


 食い下がる千條に断る理由を探していると。


「ヒロトくんも忙しいんだから。無理に誘うのは止めておきましょう」


 そう言ってカナの後ろから現れたのは星村ノゾミ。

 腰まで伸びた青みがかった長い髪の毛がふわりと揺れる。


「ごめんなさい。カナが無理いって」

「いいよ。じゃ、お前だだけで楽しんで来いよ」


 そう言って教室を出た。


「ヒロト! 明日は? 空いてないの?」


 背中に投げかけられた言葉に対し、振り返らず、手を挙げて挨拶を済ませる。

 明日はちゃんとした言い訳を用意しとかないとな。

 そんなことを考えながら、俺は屋上へ続く階段を昇って行った。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢  

 学校の屋上へ出て、いつもの定位置へと進む。

 扉から影に隠れた場所に設置されている寂れたベンチ。

 誰が置いたか知らないが、ここが俺の定位置だ。


 フェンス越しに校庭を見下ろすと、カナや修二が楽しそうに歩いてるのが見えた。  物心ついた時から一緒に遊んでいた幼馴染。


 井上修二、千條カナ、高橋常弘、星村ノゾミ。


 物心ついた時から一緒に遊び小中高と同じだが、そこに俺の姿はない。

 だが、それでいい。


「さてと、帰るか」


 幼馴染みを見送り、立ち上がろうとしたところでドアが開く音がした。


 屋上に人が来るなんて珍しい。

 いつもは俺がひとりで暇を潰す場所になっているのに。

 足音が屋上を囲うフェンスまで進み、俺は身を隠しながら来客を覗きむ。

 明るい金色の髪に短いスカート。着崩しているブレザーの制服。


「ホントごめん! 用事があるから今日は無理。うん、また今度。絶対に埋め合わせはするから! わかってるって、クレープでしょ! 了解了解!」


 断りの言葉だが、明るく楽しそうな声音。

 あの後ろ姿と元気な声は、同じクラスの神名美来だ。


 派手な金色の髪に着崩した制服。いわゆるスクールカーストのトップ集団の一員。クラスの盛り上げ役として、いつも明るく騒ぎまわり、誰とでも仲良く接している姿をよく見る。


 あの様子だと、遊びを誘いを断っているのか。


「うん! またね! また明日ー……。っと」


 電話が切れると、さっそく神名は大きいため息を吐いた。


「はあ……、疲れた。放課後までみんなといるの無理だって。遊ぶのなんて土日で充分。それでも多いぐらいなのに。私の体力はもうゼロだよ……」


 電話していた時の声の主とは別人のような、疲れ果てている声。

 それに、気になったのは独り言の内容。

 俺が知る彼女からは考えられない内容だ。


 いつも誰かしらと一緒にいるイメージしかなく、1人でいる所を見たことがない。

 そんな彼女が放課後までみんなといるのは無理なんて言うか?


 いいや、言わない。


「っと、そんなこと言ってる場合じゃない。早く帰ってアニメ見ないと。今日は二十時から推しの新衣装お披露目もあるからそれまでに消化しないといけないんだから。今日は魔法少女☆マギウステイルとダンディズムウィッチか。ちょっとだけSNS確認しちゃお。ネタバレ踏まないようにして……。って、ファンアートでネタバレするのってありなの!? しかもモミジちゃんが魔法少女に! これ本当なの!?」


 スマホを睨みつけながら早口でなにか言っている。


「本当に神名か?」


 ますます俺の知る神名とはかけ離れていく。

 早口でボソボソとアニメの話しを独り言でしている。

 

 いつもはファッションの話しとか、韓流ドラマの話しとか。そういうのをしているイメージだったけど。


 ――ギシッ。


 体重を移動させたことで、木製のベンチが軋む。


「えっ」


 神名がそれに気付いた。

 隠れる場所があるはずもなく、覗き込んできた神名とばっちりと目が合う。


 彼女の身体がピタリと固まり、大きく瞬きを繰り返した後。


「わっ、びっくりした! えっと、晴れてるね! 気持ちいいね、放課後最高!」 


 声が電話している時の、テンションが高い音に戻った。

 手をバタバタと振り回しているところをいると、焦っているのか。


「こ、こんなところで何してるの? えっと、大五郎くんだっけ?」


「桐生だよ、同じクラスの」


「そうそう! 桐生くんだ! 桐生……。桐生、鬼若くん!」


「桐生ヒロトだよ」


「そうだったそうだった! ごめんね、忘れてたわけじゃないんだよ!」


「別にいいよ」


 悪気はなさそうだし。

 クラスの端っこにいる俺の名前なんて、神名が知るはずもない。

 なんなら顔を覚えていたことの方が驚きだ。


「それで、桐生くん……。私の独り言、聞いてたりした?」


 指を合わせて、ちらりとこちらを窺い見て来る神名。

 もじもじしているところを見ると、聞かれたくないことだったのか。


「なんか言ってたのか? イヤホンしてたから何も聞いてなかったわ」


「そ、そうだよね! なにも聞いてないよね! ……ほっ。バレずに済んだ」


 胸をなでおろす神名に。


「ああ。そんなことより、早く帰らなくていいのか? 魔法少女☆マギウステイルのモミジちゃんが魔法少女になるところの変身バンク、めちゃくちゃ作画いいぞ」


「あっ、そうだった! はやくモミジちゃんの魔法少女コス拝まないと! 変身バンクのこと教えてくれてありがとね、桐生くん!」


「おう、気を付けて帰れよ」


 急げー! とスマホをしまって屋上を後にする神名。

 俺はスマホでSNSを確認し。


「マジでモミジちゃん魔法少女になってんじゃん。クソ、ネタバレ喰らったわ」


 今期で一番楽しみにしてるアニメだったからSNS開かないようにしてたのに、とんでもないところでネタバレを喰らってしまった。しょうがないのでファンアートに「いいじゃん!」を押して回る作業に入る。


 そんなことをしていると、どこからともなくドタドタと大きな足音が聞こえ、扉が音を立てて開かれた。


「って聞いてるじゃん! めちゃくちゃ聞いてるじゃん!」


「なにが?」


「私の独り言! 魔法少女☆マギウステイルでネタバレ喰らったってこと!」


「あぁ……。ネタバレに巻き込まれた仕返しだ。俺も楽しみにしてたのによくも」


「それはごめんだけど! そんなってないじゃーん!」


 青空に神名が叫ぶ。 その悲鳴が、ネタバレに巻き込まれた俺の荒んだ心を、しっかり満たしてくれた。

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