第8話神様と焦げた魚
「殿下、今日のご飯、私が作りますね!」
「…前回、鍋が爆発したが」
「今回は学びました。火のそばを離れなければ大丈夫です!」
「学びの方向性が不安だ」
「殿下、私肉まんをやめて豆腐にハマろうと思います。豆腐の方がより健康に良いし、肉豆腐、揚げ出し豆腐、麻婆豆腐といろんな味を楽しめます。今日は魚と豆腐の煮物にしたいと思います。」
黎翔が止める間もなく、梅は鼻歌まじりで包丁を握った。
だが五分後、厨房から白い煙が立ちこめ、視界が霞む。
「…これはもはや儀式か?」
「香ばしいでしょ!」
梅はそう言いながら、煙で涙が止まらない。
「焦げた煙の香りを “香ばしい” と言い張るのはお前ぐらいだ」
「でも殿下、魚は生きてるときより今の方が輝いてます!」
「供養の言葉としては斬新だな」
そんな会話をしていると、ふと背後から声がした。
「おやおや、煙の狼煙でも上げたのかの?」
振り向くと、杖をついた白髪の老人が立っていた。
腰までの髭に、金色の目。どこかこの世のものではない気配をまとっている。
梅は慌ててぺこりと頭を下げた。
「すみません!魚が…… ちょっと勇み足で」
「勇み足の魚か。面白いのう」
黎翔は眉をひそめた。
「…老人、どこから現れた」
「どこからでもあり、どこでもない」
「…つまり?」
「ただの通行人Aじゃ」
黎翔は警戒しながら老人を見た。ここは一般人が入れる場所ではない。
老人はにこにこと梅を見た。
「おぬし、耳に面白い飾りをつけておるのう」
「あ、これ?昔から持ってるんです。拾われたときに一緒だったそうで」
「ふむ…その蓮の印、久しく見ぬな」
「ご存じなんですか⁉」
「さてのう。夢の中で見たような、現でも見たような」
黎翔の目が一瞬、鋭く光る。
だが老人はそれ以上は言わず、微笑んだまま霧のように姿を消した。
風もないのに衣がふわりと揺れ、次の瞬間、そこには誰もいなかった。
焦げた煙だけが、彼のいた場所に残っていた。
「……今の、神か?」
「たぶん神様です!魚が焦げたのを見に来たんですよ」
「神の来訪理由が安い」
黎翔は警備を強めるように指示した後、気を取りなおして厨房の前の小さな庭で焚火を起こした。
魚を串に刺し、じりじりと焼きながら、ふと問う
「梅は自分が恐ろしいほど運がいいと思ったことないのか」
「あります。あります。
いつも誰かに背中を押されているような気がするんです。殿下に会えたのもそうですよ。」
「ん?」
「前の日に見た夢で、通りを馬車くらい大きい肉まんが歩いてたんです。
それで行ってみたら、逆光の中で殿下が立ってて……一瞬、肉まんに見えました」
黎翔の口角がぴくりと引きつる。
「殿下から一日三食食べさせてもらえるって聞いて、“これは腰ぎんちゃくのチャンスだ!”って思いました」
「つまり俺は金づるか」
「それだけじゃないですよ。殿下はいつも守ってくれます。
私、人生でいまがいちばん幸せです」
その言葉に、黎翔の胸がじんわり温かくなった。
守っているつもりでいて、救われているのは自分かもしれない。
彼は視線をそらし、焚き火の魚を見つめてつぶやいた。
「……焦げておる」
「えっ、魚ですか? 殿下のほうの?」
「両方だ」
「すみません!」
その笑い声を、遠く山の上から白髪の老人が静かに聞いていた。
「やれやれ。蓮の子と病弱皇子、面白い組み合わせじゃのう……」
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