リューネリア戦記

御池理文

第1話 序章

 世界の東半分に、リューネリアという大陸があった。

 そこではふたつの大国が、微妙な力の均衡を保っていた。


 広大な平原と森林が広がり、大小の湖が点在する大陸東部に座するのは、神聖マール帝国。

 この大陸で広く信仰されるアストライア正教の教義を原初に最も忠実な形で受け継ぎ、伝統・権威・儀式を重んじる、サンクト教会派の中心だ。


 皇帝を神の代理人としていただき、宗教的権威を背景に数多の領邦を束ねてきた古の大国だが、その威光も今は昔。

 長年にわたって聖職者の任命権をめぐる皇帝家と教会の争いが続き、皇帝カール家の権力基盤は不安定化している。

 カール家は権威の浮揚に躍起になっているが求心力は低下し、その一方で、分立する大小の領邦では諸侯が力をつけていた。


 対する大陸西方の雄は、ユイナフ王国。

 外海に面した大都市を複数抱える一方で、3千メートル級の山脈があちこちに連なり、雨量が少ない地方も有するなど、多面的な特徴の国土を持つ。

 この地では、カール家に劣らぬ古くからの王朝と貴族、有力都市が所領の支配権を争う戦乱が100年近く続いたが、15年前、王朝は新たに即位した現王の下でその戦乱に終止符を打ち、大陸西方全域の支配を確立した。


 ユイナフ王国は、神聖マール帝国と同じアストライア正教の信仰体系の中にありながら、サンクト教会派とは異なる啓示改革派の総本山を置く。

 啓示改革派は、革新・合理・実利を重んじ、サンクト教会派の権威主義を強く批判している。その実、いまや教会は王権と強固に結びついており、王族や世襲貴族、聖職者の特権が大きく平民の税負担が重いという身分制度を維持していた。


 そのような中で、長くユイナフ宰相の座にあるエルドレッドは、裕福な平民が軍の高官の身分を購入できる制度を導入し、大商人の財力を軍事力に直結させた。

 また、マール帝国との思想的な差異を巧みに利用して、国民の結束とマール帝国への対抗意識を高めていた。

 老獪な宰相は、大陸全土をその支配下に置くのみならず、マール帝国のさらに東方に広がる新大陸にも進出しようと野心を燃やしていた。


 東の斜陽と、西の日の出。

 リューネリア大陸の危うい均衡が今まさに崩れ去ろうとする中、マール帝国の南部に属する穏やかな領邦ローゼンブルクに、その剣技を知らぬ者はいないとまで言われる一人の女剣士がいた。


 ローゼンブルク騎士団総隊長セキレイという。


 彼女はその胸の内に、この大陸のいかなる勢力にも絶対的な覇権を握らせないという、固い誓いを秘めていた。

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