異世界ロケットパンチ! ~スーパーロボット乗りのアナザーライフ探索譚~

マフ30

序章

第0話 さらばガレキング! 彼方への旅立ち

 かつて、戦いがあった。

 国家間の戦争ではない。

 もっと馬鹿げていて、もっと絶望的な災厄の名は悪のロボット軍団による侵略活動。

 世界征服の野望を企む狂気の天才科学者ドクトル・ケイオスの魔手が世界中で猛威を振るったのだ。


 既存の兵器や軍隊の攻撃を物ともせずに都市を破壊し、人々を絶望に陥れる怪悪ロボットの大侵攻——食い止めたのは一機のスーパーロボットと偶然にもそのパイロットになった勇気ある少年だった。


 長く厳しい戦いは数年間にも及び、けれども世界は巨悪を打倒して平和を取り戻した。

 これから紡がれる物語は世界の救い主となりながら、役目を終えて時代のうねりに消え去っていこうとしていた鋼の巨人とその相棒の新たな旅立ちと冒険の記録である。

 科学と鋼鉄の申し子、けれども流れ着いた新天地は思いもよらぬ異邦にて……。



「良い夜だな。月をこんなにキレイだって思うのは初めてかもしれない」


 雲一つない宵闇の空を淡い紺色に照らす満月を眺めながら、オレンジ色の作業着姿の青年は自身が腰かける巨大な鋼鉄の物体にまるで労うように手を添えた。


「お前が守った世界だ。お前が取り戻してくれた平和だ……なあ、相棒」


 青年の言葉への返事はない。

 当然だ。その相棒はロボットだから。

心も命もない硬く冷たいマシーンだからだ。

 けれど、蒼く雄々しい鉄の巨人の双眸は穴の開いた格納庫の天井から見える満月を満足げに捉えているようだった。

 青年の名は葉車勇吾はぐるま ゆうご

 相棒の名はスーパーロボット・ガレキング。


「きっと世界中のみんながこれからたくさんお前のところに来てこう言うだろうが……一番手は誰にも譲らないぞ。地球を救ってくれてありがとう」



 西暦20XX年。

 悪の天才科学者ドクトル・ケイオスが擁する奇怪な外見と恐るべき能力を有したロボット軍団による未曽有の大侵略。

 そんな恐るべき脅威から平和を守る最前線に立ち続けた英雄こそがロボット工学の権威平賀健造博士と絡繰平和研究所が秘密裏に開発した超エネルギーで動く高性能ロボット・ガレキングだった。

 けれど、そんな数年間にも及ぶ長く激しい戦いも二カ月前に終結を迎え世情の上では過去の話になっていた。

 最終決戦の地であった研究所も復興工事が順調に進み、ケイオス打倒時には損壊率70%を超えていたガレキングも完璧に修理されて、明日に控えた次の任地への移送に向けて待機中であった。



「よお勇吾! そんなところで黄昏てどうした? 女にでも逃げられたか?」


 すっかりぬるくなった缶コーヒーを片手に愛機と星月夜を眺めていた勇吾に突然大きな声が掛けられた。

 勇吾が視線を下に向けると白髪交じりの髪を短く切り込んだ恰幅のいい男がおどけた笑みを浮かべて立っている。


「逃げられる彼女だっていたことないのは知ってるだろうてっさん」

「そういやぁそうだったな!」


 初老の男の名は岡本大鉄おかもと だいてつ

 絡繰平和研究所の整備班長を務めるベテランであり、勇吾にとっては二人目の父親と言っても過言ではない大恩のある人物でもあった。


「明日で相棒ともしばらくお別れだから、最後に穏やかな思い出の一つも作っておきたかったのさ」

「ロボット博物館への展示……名誉なことだがコイツにとっては物置に片付けられるのと一緒のようなもんだろうに」

「仕方ない。モービルソルジャーだったか? より小型で高機動、ドローンみたいな感覚で遠隔操縦も出来る次世代機も開発されたんだ。最新鋭機だったのも五年も昔……引き際ってのがガレキングにも来たんだよ」


 不服さを隠さない大鉄にガレキングの肩の上で胡坐を組み直して勇吾は悟ったように滔々と答える。

 科学技術の粋をただ一機に極限まで集中して産み出した一騎当千の能力を持つワンオフ機よりも現実的なコストで誰でも操縦できる性能の良い量産機が開発できるのならどちらが時代の主流になるのかは明白だ。


「本音を言えばもちろん俺も寂しいよ鉄さん。でも、世界が平和なら相棒にはもう戦って欲しくない」

ガレキングコイツが戦うために生まれてきたロボットだとしてもか?」

「十分だろ? 思えば一緒に駆け抜けた戦いの日々で随分といろんな目に遭った。腕をもがれたこともあれば、機体カラダの一部を吹き飛ばされたり、溶かされたり、切られたり……穴だらけにされたこともあったっけ?」

「ぺちゃんこに潰されたこともあったな! あれは直すのに苦労したぞ!」

「大変だったけど、良い思い出だ。でも、だから相棒にも長期休暇がいるんだよ」

「……だな」


 示し合わせたわけではないが二人は同時にガレキングの頭部を見て乗り越えてきた闘いの日々に思いを馳せた。その眼差しには物言わぬロボットへの敬意と感謝の念があった。


「それにいまは民間の業者たちに仕事を回さないといけないから自重してるが相棒のとっておきの能力はこの先、戦災以外の復興工事にだって役に立つからよ」

「違いない! で、鋼の救世主唯一無二のパートナーだったお前さんはこれからどうするんだよ? 聞いたぞ連合政府の精鋭部隊へのスカウト蹴ったんだって?」

「俺に軍人は似合わないよ。もともと一般人のガキだったわけだし、ハロワでも通ってせいぜい土日が休みの仕事でも探すさ」

「簡単そうに言うがハードル高いこと言ってるって自覚あんのかねえお前さん。お前が思っているほど世の中甘くないぞ」


 昇降用のウインチで地上に降りてきた勇吾の気楽そうな態度に顔をしかめる。へらへらと飄然と構えてはいるがケイオスが送り込んだ怪悪ロボットによる破壊活動で両親を失い、研究所で暮らしながら学校にも満足に通えずに戦いに明け暮れた勇吾の将来を思えば、金銭や待遇が保証された安定した道に進んでもらいたいと願うのが育ての親の一人であった大鉄の心理だった。


「まあ、職探しの前に博士の行方も探すとするさ……研究所の修繕やらは鉄さんたちに任せ……」

「どうした? んなっ!?」


 見事な夜に突然に生じた異変を察知して二人は会話を止めて身構えた。

 不意に消えた月明り。

 満月を流れる雲が隠したのだ。

 まるで月食のように何かが夜空に浮かぶ月を覆い隠したのだ。



 満月を塗り潰すように出現したそれは妖光を放つ巨大な魔法陣のようなものだった

 自分たちが暮らす都市を見下ろす夜空に起こった異変に気付きざわつく地上の喧騒など無視するようにその扉は淡々と開かれた。そして、招かれざる客が姿を現す。


「■■■■―――――!!」


 それはまるで各地の神話に登場する半人半蛇の怪物のような巨大な未確認生命体だった。体毛のようなものはなく真っ白な皮膚を持ち、長くうねった二本の角を生やした顔を持ち、先端が大蛇の首となった腕を持つ神々しさと禍々しさを併せ持つような異形。

 正体不明の大怪物アンノウンがゆっくり口を開くと大量の爆弾が一斉に弾けたような恐ろしい雄叫びが空いっぱいに轟いた。

 次いで両腕の蛇首から放たれた稲妻めいた光線はまるで神の裁きと言わんばかりに地上のビルや森を破壊してしまった。



「岡本だ! 被害状況はどうなってる!? 急いで司令代理と政府に連絡を入れて応援を要請してくれ!」


 突如として都市上空に現れた白亜のアンノウンによる地上を狙った攻撃に研究所の人間たちもパニックになっていた。

 まるで夏の通り雨のように空から放射される破壊光線は研究所の一部にも被弾したことでほんの少し前まで静まり返っていた施設内は警報が鳴り響く緊急事態へと一変していた。


「なんなんだあの蛇みたいなバケモンは!? 有機物か、無機物のどっちだ!?」

「ぶっ飛ばした後に調べりゃいい! 鉄さんは残ってるみんなと地下シェルターに避難してろ! 俺が出る!!」


 無線機を握り締めて困惑の視線を上空に向けたままの大鉄の背中を勇吾は軽く叩いて、再び昇降ウインチに身を預ける。


「馬鹿! お前も避難するんだよ! すぐにモービルソルジャーの部隊が空の上のクソ野郎を撃ち落としに来てくれる!」

「ダメだ! 軍のロボがどんなに早くここに駆け付けても数分は掛かる。その間をあの白蛇人間に好き勝手させるわけにはいかない!」

「第二カタパルトの修理はまだなのはお前も知ってるだろう! ガルーダを飛ばせないんじゃガレキングでも不利だ!」

「相棒の不利をカバーするのが俺の役目さ!」


 大鉄の制止を振り切って勇吾は既にガレキングのコクピットに搭乗を済ませていた。鋼の機体からマイク機能を用いて発せられるエコー掛かった勇吾の声がさらに続く。


「せっかく平和が戻ったってのにあんな意味の分からんやつのおかげで大勢の人が無駄に傷つくのを黙って見ていられるわけないだろう!」

「命令違反になっちまうぞ!?」

「どうせ明日から無職だ! 構うもんかよ!」

「あーくそっ! やりたいようにやってこい! ただし、死ぬなよ」


 一筋流れる汗を拭って、勇吾はガレキングの操縦桿を握り締めると裂帛の気合を込めて愛機にして相棒に命を吹き込む。


「ガレキング! レエエェッツ・ワアァーーーキングゥ!!」


 勇吾の叫びに呼応するようにガレキングの黄色いカメラアイに眩い光が灯り、ゆっくりとその巨体が動き出す。

 根負けした大鉄よって開放された発進ゲートを駆け抜けて、いま鉄傑ガレキングは最後の戦いへと赴いた。



 アンノウンは出現してから変わらず背中から生えた大きな翼を広げて、まるで海原を泳ぐ大魚のような滑らかさで夜空を飛び、開かれた両腕の蛇の顎から発射する破壊光線で一方的に地上を蹂躙していた。


「■■■■―――――!!」


 人型の頭部から出る鳴き声は獣の雄叫びにも、快楽殺人鬼の哄笑にも聞こえる不快極まりないもので未だに生物なのかさえも確証はないが第三者の視点からアンノウンを見ればその動向は自らの攻撃で壊れて燃えていく地上の凄惨な光景を愉しんでいるようにも見えた。

 その時だった。


「ブラストアイザー!」

 

 稲妻のような破壊光線の間を縫って、地上から伸びた二筋の閃光が暴れ続けるアンノウンに直撃した。

 何事かと怒りの咆哮を上げて光が飛んできた方向を見据えたアンノウンは思わず目を丸くした。黒煙と炎がいたるところから上がる地上、その山間部の奥からそれはやって来た。ズシン、ズシンと大地を震わせて、蒼き鋼鉄の巨人が招かれざる客の前に立ち塞がる。


「よおバケヘビ! 随分と好き勝手してくれたじゃないか。念のため聞くがパスポートを見せてみろよ?」


 両目から放つレーザーでアンノウンを怯ませたガレキングはそのままファイティングポーズを構えて空を我が物顔で浮遊する白い異形と対峙する。

 全長40メートル。

 重量220トン。

 鉄壁の堅牢さを誇る分厚く力強い四肢とボディ。

 とりわけその胸部にはトレードマークの大小合わせて三枚の歯車が装甲版のように取り付けられて誇らしく輝く。

 双肩を守る黄色いアーマーはアームを折り畳んだショベルカーが乗っかった様な特徴的なフォルムをしている。

 今しがたレーザーを撃ち出した頭部は王の名を冠するに相応しく王冠とヘッドライト付きのドカヘルが合わさった様な形をしていて勇ましさの中に不思議な愛嬌を感じさせるどこかレトロな面構えだ。

 これが超エネルギー・メガリウムで動くスーパーロボット!

 鉄傑ガレキングの全貌だ。


「いくぞガレキング! まずはあいつを引きずり下ろす!」


 巨体を誇るガレキングだが空を自由に飛行するアンノウンに圧倒的なアドバンテージがあるのは明らかだ。敵もそれを承知して野生の猛獣のように直接近づいてきて襲い掛かることはない。ならばと勇吾は先手を取った。


「ブーメランギア!」


 ガレキングは胸に取り付けられた三つの歯車の内の銀色に輝く二枚の小型歯車・シルバギアを投擲する。さながら手裏剣のように鋭い回転を刻んでアンノウンに迫るシルバギアだったが弧を描いて飛んでいくそれを怪物は光線で撃ち落とすまでもないと長大な体をゆらりと動かして回避してしまう。


「知ってたさ! これならどうかな? チェーン・ギアソード!」


 だが、こんな単純な攻撃が当たるはずがないと戦いの流れを組み立てていたのは勇吾も同じだ。コクピット内で迷いのない操縦を行うとガレキングが振り上げた両手からエネルギーで生成された鎖が射出して避けられたまま飛んでいるシルバギアと結びつく。


「ぶった切る!」


 まるで鎖分銅のようになった二枚のシルバギアは唸りを上げてアンノウンを急襲すると回転ノコギリ顔負けに翼と左腕を切り裂いた。


「■■■■―――――!?」


 思わぬ手傷を負ったことでアンノウンは身を捩らせて悲鳴のような鳴き声を轟かせる。


「コイツいま確かに痛みを感じていたな? なら、なんとかできる!」


 ダメージこそ微々たるものだがその反応は勇吾にとっても十分に一縷の望みと言って良かった。すぐさまエネルギーチェーンで操作する二枚のギアを巧みにアンノウンの尻尾に絡ませて地上へと引きずり降ろそうと試みる。


「オラァ! 大人しく降りて来いよ! 身の程を分からせてやる!」

「■■■■―――――!?」


 闇を照らす双つのカメラアイを煌々と輝かせてガレキングの鉄腕に力が漲る。

 まるで神話の巨人が島や山を剛力で動かす逸話の再現のように光の鎖をギチギチと手繰り寄せて、ガレキングは夜空の上にいるアンノウンを着実に地上へと降ろしていく。


「■■■■―――――!!」


 ジェネレーターが唸りまるでガレキングが気合の雄叫びを上げているような轟音が響く。あと少しで白兵戦可能な距離まで引き寄せられるところでアンノウンの動きが変わる。ガレキングの剛力に抗っていたのが一転して自ら矢のような勢いで突っ込んできたのだ。


「コイツ……うおお!?」


 巨体と巨体の激突はまるで隕石が落ちてきたような衝撃と音を生み出して地上に浸透する。アンノウンの突進をまともに食らったガレキングは子供が気まぐれに蹴っ飛ばしたロ路傍の小石のように吹き飛ばされると地響きを立てて地面を転がる。


「踏ん張れガレキング! あいつの思い通りにさせるな!」


 手痛い一撃を食らってしまったガレキング。

 相手がぶつかった腹部の装甲は歪に凹み、各関節部から軋むような音を出しながらゆっくりと立ち上がろうと試みる。

 だが、そんな猶予を敵も与えてはくれない。

 アンノウンは重力など意に介さないように地上から極めて低空であっても変わらぬ機動力で浮遊と飛行を駆使してガレキングに追撃を仕掛けようとする。


「これでも食らえ! ステークバスター!」


 再び強力な体当たりを浴びせる気でいるアンノウンにガレキングは片膝立ちの姿勢で構えると両目を輝かせてカウンターに自慢の内蔵武器の一つを見舞う。突き出した膝から発射口が開くと鋭く太い鋼鉄の杭が五本まとめて撃ち出される。


「ロボを舐めるなよ! このモンスター野郎!」


 まるでショットガンのように撃ち出された鉄杭の束は容赦なくアンノウンの上半身に突き刺さる。これには堪らず体を捩り激痛に見悶えている様子のアンノウンへとガレキングは間髪入れずに怒りを込めた鉄拳を叩き込む。


「■■■■―――――!?」


 一拍の間を置いて鋼の拳が怪物を殴り抜いた衝撃が突風に化けて周辺を吹き抜ける。

 今度はアンノウンの方が白い巨体を地面に押し付けて土砂に汚れる番だ。

 悲鳴か、怒号か、判別はつかないがアンノウンの口から発せられる爆音と表現してもそん色のない鳴き声がビリビリと大気を震わせて周辺の木々を揺らす。

 勇吾はこのまま一気に止めを刺そうとガレキングを操るが生憎だが速さはアンノウンに分があった。

 大技を放とうとエネルギーを溜める僅かな隙を突かれて、アンノウンの白く長い蛇体がガレキングの全身に巻き付くとそのまま空高くへと攫われていく。


「嘘だろ!? ガレキングを捕らえたままでも飛べるのか! なんて馬力だよ!」


 アンノウンは空へと上昇する間も抜け目なく全身を駆使してガレキングを締め付けてくる。ギチギチと金属がプレス機でじっくりとひしゃげられていくような独特の音が響き、コクピットではアラームが鳴り止まない。


「頑張れ! 頑張るんだガレキング! いまは耐えろ……必ずチャンスが来る!」


 しかし、勇吾は自身も胸の奥で早鐘を打ちながらも集中力を絶やさずにガレキングの操縦を乱さない。力任せの脱出が難しいと判断するとブラストアイザーを狙いもつけずに撃ちまくり、アンノウンを煽りにかかる。


「■■■■―――――!!」

(……よし)


 絶えず四方八方へ発射されるレーザーの一発が不意にアンノウンの顔を掠り、怪物は明らかに苛立ちに満ちた怒声を轟かせる。


「ぐ……おお!? まだだ! 負けるなガレキング! もう少しだ!」


 そしてヘビー級の重量を誇るガレキングを容易くお手玉のように数回投げて弄んだ後に尻尾による打撃でさらに上空へと弾き飛ばした。


(来い。そのまま来い……大技があるんだろう?)


 明日のロボット博物館行きを控えてピカピカに整備されていた勇壮な蒼き鋼の機体はすっかり傷と汚れでボロボロになっていた。しかし、苛烈な攻撃を耐え続けたガレキングと勇吾の奮闘に勝利の女神が微笑むように狙っていた機は訪れた。


「■■■■―――――!!」


 アンノウンは放り投げたガレキングに狙いを定めて人間のそれと酷似した口を大きく開く。すると口元に紫電が迸り、強烈なエネルギーが収束していくのが見て取れた。

 両腕から放つ破壊光線以上の奥の手でガレキングを消し炭にする魂胆なのだろう。


「いまだあああ! いくぞガレキング!」


 最大のピンチは最高のチャンス。

 ゆっくりと地球の重力に引き寄せられていたガレキングは真下に浮遊するアンノウンを睨み、鋼の拳を握り締める。


「ロケットパァァァァァンチ!!」


 不屈の闘志と共に放たれた反撃の一撃。

 それはスーパーロボットが誇る伝家の宝刀。

 暗夜を穿ち飛び出した鉄拳はエネルギーを溜めていたアンノウンの口に直撃して大爆発を巻き起こした。


「■■■■―――――!?」

「オールウェポン・チェック……オールクリーン!」


 予想もしていなかったガレキングの切り札によって想定外の深手を負ってしまったアンノウン。しかし、黒雲を見間違えるような硝煙の切れ目から垣間見たガレキングの姿にアンノウンは初めて恐怖に近い驚きを感じて身を縮ませる。


「全部もってけ! シャイニーデイズ・ブラスタァァァァァッ!!」


 それはまるで暗黒に突如として顕現した眩い太陽だ。

 ガレキングの全ての内蔵武器を解放して怒涛の勢いで吐き出されたミサイル、弾丸、レーザーの大雪崩がアンノウンを呑み込んだ。

 数秒後には真昼のような明るい光と火薬工場が爆ぜたような大爆発から成る衝撃が地上にも届くだろうと戦いを見守っていた大鉄たちは身構えた。

 しかし、光も爆風もなにも地上には届かなかった。

 否、地上から大空で繰り広げられる激闘を見守っていた人々の誰もがその光景に唖然として不気味なほどの静けさだけが残っていた。


 ガレキングの全武装一斉発射がアンノウンに直撃する瞬間に月を覆い隠していたあの魔法陣の扉が突如として開いたかと思えば全てを吸い込み消え去ってしまっていたのだ。

 白い怪物も、蒼鋼のスーパーロボットも忽然と居なくなっていた。

 そこには静かで美しい月夜だけが時間を巻き戻したかのようにあるだけだ。


「お、おい……どこへいった? 勇吾! ガレキング!? 返事をせんかあああ!!」


 大鉄の叫びが空しく響いて、やがて寂しげに夜空に消えていった。

 かくして、鋼鉄の救世主は思いがけず訪れた最後の戦いでもう一度この世界の危機を救ってみせた。

 明日訪れる平和な未来に自分たちは必要ないと、帰ることなく消え去って。





「異界の勇者よ、我らの無力をお許しください」

「ここは……どうなった……?」


 朦朧とした意識の中、五感も曖昧な勇吾に誰かが語りかけた。

 たおやかでいて、毅然さを備えた音でありながら美しさを感じるような声だ。


「あなたの世界を襲った魔獣は世界の理を破りそちらの世界への侵略を成してしまったもの。私どもが事態を把握した時には既に魔獣は次元の壁を越えてしまっていた……全ては我々の落ち度です。申し訳ないことをしました。ごめんなさい」

「俺は……死んだのか?」


 見ることも出来ない誰かの言葉に寝言を呟くような心地で勇吾は問いかけた。

 そもそも、彼自身このとき自分が起きているのか意識を失っているのかも分からなかっただろう。ただなんとなく淡い光を放つ人影が目の前に立っているような気配だけを感じていた。


「いいえ。あなたは世界と世界を結んでいた扉の中へと吸い込まれたのです。あなたの大切なご友人と共に。きっと、このまま魔獣がやって来た世界へと流れ着くことになるでしょう」


「…………そうか」

「大いなる規律と理において、我々はあなたという個人を元の世界へと帰還させることは残念ですが出来ません。けれど、せめてあなた方の勇敢なる行動にささやかながら加護を与えましょう」


 淡く輝く人景がそっと差し出した指先から零れた光が勇吾へと入っていく。

 それが神の加護を受けた証だとは知る由もない。


「そして、一つ助言を授けます。あなたが降り立つ新天地にてもしも大いなる偉業を成し遂げたのならば……我々は正当な報酬としてどんな願いも叶えることを約束します。当然、あなたの故郷がある元の世界への帰還も含めて」


 光の人影の言葉に勇吾が返事を返すことはなかった。

 完全に意識を失い、次元と時の奔流に身を任せた状態でやがて流れ着く先へとたどり着く。


「未来ある異世界人よ……新たなる世界での汝の旅路に幸あらんことを祈りましょう」





 パラディース大陸・地方城塞都市アクサロン近辺の湖にて。


「一緒に来てくれてありがとうねカルーニャさん! 僕一人だったらこんなたくさんの魚全部持って帰れなかったもん!」


 両手でしっかりと持った魚籠には獲れたばかりの湖魚が何匹も元気よく跳ねている。

 僕の家族は宿屋を営んでいるのだけど、漁師をしている父の友人の好意でたまに投網漁の真似事をさせてもらっている。


「これぐらいはお安い御用だ。そも、アクサロンにほぼ定住しているくせにいつまでも宿屋に居座っている客を嫌な顔一つせずに置いてもらっているんだ。これぐらいはお役に立たないと肩身が狭い」


 僕の少し後ろを歩くすらりとした背格好の女の人は淡い水色の髪を揺らして、涼しい顔で大きな魚籠を片手で担いでいる。彼女の名前はカルーニャ。

 一年ほど前にアクサロンにやって来た流れの傭兵さんだ。

 弓が得意で雇われ者という立場らしいけど、いまでは街の自警団になくてはならない存在だとアクサロンで暮らす人たちからは慕われている。


「こんなに大漁だなんて父さんたちも大喜びだよ」

「テリーが孝行者だから神様が褒美をくれたのかもな。うん……保存食にする分を引いてもかなりあるな。これではご主人の友人殿も後悔するかもだ」


 手に伝わる魚籠の重みにカルーニャさんは満足げに薄く笑みを浮かべる。

 許可をもらっているのは漁期が終わった後だから、いつもは二、三匹も網にかかっていれば運が良いのだけど、今朝はどうしてかたくさん獲れた。

 嬉しいことだけど、確かに少し不思議に思う。

 もしかしたらだけど、普段深い水底に棲んでいた魚たちが何かに驚いて浅瀬に上がって来たのかな?


「止まれテリー!」

「な、なにっ!?」


 いきなり声を張り上げたカルーニャさんに驚いていると彼女は一足飛びで僕の前に飛び出して腰に帯びた短剣の柄に手をかけていた。


「あれを見ろ」

「え……うわっ!?」


 カルーニャさんが言葉短く視線を向けた先には湖の浜辺にずぶ濡れの姿で倒れている人の姿があった。黒い髪に見慣れない橙色の服を着ている若い男の人のようだ。


「生きてるの!?」

「さて、どうだか……テリーはそこにいるんだ。念のため周りに気を付けて」


 いまでも忘れない。

 この朝の出会いが僕たちにとって、かけがえのない特別なものだったことを。

 勇気と、冒険と、魔法と、それに鋼鉄が紡ぐ物語の始まりだったことを。

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