32:アーサーは大丈夫
「アーサーは、いつになったらボクを襲うの?」
「ぶっ!?」
「きったなー! お茶噴かないでよ」
自宅一階で、ユカとのんびりお茶を飲んでいるといきなりの破廉恥発言。
じっと見つめてくる仕草は無茶苦茶可愛いけど、こんな子に育てたつもりはありませんよっ。
「いいかねユカ君。今日も君の夫は辺境警備隊の詰所で隊長室に監禁され、予算決算の書類や要望書嘆願書の類が積み上がった机に向かって黙々と仕事させられた」
「机の上の書類の半分は、アーサーに自分の娘を嫁がせたいとかアーサーの幼なじみからの手紙とか離れて暮らすアーサーの恋人からのラブレターだったね」
「余計な情報をありがとう。架空の幼馴染や架空の恋人と、注釈を入れておく。ともかく疲れきった夫は自宅に帰り、いつもの茶を飲みながらゆっくり身体を休めようと考えた」
「ボクもいろいろ頑張って調合したんだ。味に変化が出ないように、飲むといろいろ元気になるお茶を作って毎日確かめてるよ」
「おいっ!?」
安らぎの時間に安らげない話題はやめようと、我が妻を諭していたはずが、まさか最初から陥れられていた?
「アーサーはまだ身体の中の魔力をうまくいかせない。お風呂に入れたお湯の一滴しか使えないような状態」
「な、なるほど…って、今でも恐ろしいくらい強化できるんだが?」
「三つ首なんて、息吹きかけただけで倒せちゃうよ」
「ウドガが更地になるだろ、それ」
ユカは俺の身体に、共有した魔力がなじむように薬を配合しているらしい。
なんだびっくりした。まさか――――。
「街の薬師さんが暮らせているのは、男の子が夜に元気になる薬を売ってるからだって聞いたよ。効果があると、赤ちゃん連れてお礼に来るんだってさ」
「ぶっ!?」
「二回目!」
「…す、すまん」
やっぱりそっちの話なのか。
「侯爵さんの書庫で何冊か読ませてもらったけど、偉大な魔法使いはだいたい夜もすごかったらしいよ。一晩で十人とか」
「なんだよそれ、そんな本が公爵家にあるのか?」
「真面目な本だよ。著名な魔法使いに何ができたのかまとめてある」
「夜の武勇伝はまとめる必要ないだろうに」
「それも特徴なんだから仕方ないんだ。魔法は人の限界を超えるんだって」
「笑顔でそんなこと言われても困る」
魔力での身体強化が「そっち」にも効果があるという話は、軍隊時代にさんざん聞かされた。耳にタコができるほど武勇伝も聞いた。
そいつらが使う身体強化なんて、俺にとってはあってもなくても変わらない程度の威力だった。もしも今の俺が…。
「一晩で十人の人は、帝都を覆う結界を一人で張ろうとして倒れたんだって」
「一人で結界は無茶だろうに」
「アーサーがちゃんと魔法を使えるようになれば余裕でできるよ。つまりアーサーは一晩で百人乗っても大丈夫」
「なんだそりゃ」
百人に踏みつけられるのか? 一晩で百人って、部屋に出入りするだけで終わると思うのだが――――――と。
ユカがいきなり身を乗りだしてくる。
至近距離の顔面は心臓に悪…。
「アーサーはボクに魅力を感じないのかなぁ」
………。
唇にふわっと感触があって、そして拗ねるような声。
…………。
「か、かかかかかかかかか」
「かかか?」
「感じないわけないだろ!! いいか分かってるのかユカ! お前は俺の理想なんだ! 頭の先から足の指まで何もかもが愛しくてたまらないし、できるなら二十四時間抱きしめたいし唇くっつけて至近距離で女神様の顔を見ていたいっ!!」
「でも抱いてくれないよ?」
「むむむむ無理無理無理! ユカを抱いたら卒倒してそのままアーサー・ユザスは前世になる!」
「そ、そうなんだ…」
というか現在進行系で近すぎて卒倒しそうだし、なんならすでに卒倒してるはずなのに体内の魔力で無理やり起こされてる感じがするし、ユカの顔面はとてつもないし。
「ボクはてっきり、ボクの身体があんまりだから興奮できないんだと思ってた」
「…………それはない」
「あんまり大きくないよ?」
「問題ない。膨らんでいるだけで興奮する」
「本当に?」
そう言って、服を着たままユカは自分の胸を寄せようとする。
「よ、寄せるの、よせよ…」
「そんな遺言やめてー」
暴力的な顔面の下でふくらみがむにっと動くのを確かめながら、アーサー・ユザスは眠りについたのだった――――。
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