第5話 魔法少女が願う世界 終
翌朝。
目が覚めると、ミサキは窓の外を見つめて座っていた。
俺はどうやら、彼女と同じベッドで眠っていたらしく、横にまだ残る温もりがミサキのものだとすぐにわかった。
「おはよう」
「お、おはよう……」
ミサキはすっと真っ直ぐ、僕を見つめてそう言うと、すくっと立ち上がった。
「なんだろ、なんか清々しい気分なの」
「清々しい?」
「うん。ずっと抑え込んでいたものが解放されたような……」
「それって……」
神になってるってことか、と続けようとすると、ミサキはベッドに座り直し、俺の体に縋り付いた。
「寝てる間に、何されたか覚えてないの?」
「そりゃ、寝てたから……」
「そっか……まあ、いいけど。私が満足すればそれでいいから」
何か意味深な事を言っているのか、ジョークで何でもないような事を意味深そうに言っているのか、俺は判別できなかった。
俺も体を起こし、ベッドを出ると、扉をノックする音が響く。
コンコンとなった扉を開けると、マリナが朝食を報せに来てくれたらしく、俺たちはすぐに支度をして食堂へ向かった。
シスター一同、そして子供達もミサキを見ると、祈りのポーズをする。
俺もふざけて振り返って祈りのハンドサインをすると、ミサキはかなり険しい表情を浮かべた。
朝食を終えた俺たちは、マリナから報酬を受け取った。
「泥棒は捕まえてないけど……?」
「あれは嘘です。ミサキ様を誘き寄せるためのね」
「聖職者が聞いて呆れる」
「あら、聖職者だって平気で嘘を付くんです」
ミサキは報酬金を手にすると、俺を街へと連れて行った。
あれやこれや買い漁った後、コウタの宿へと向かった。
「あ、ミサキ!」
「コウタ、ただいま」
いつもならウキウキとミサキに近寄るコウタだが、今日は何やら様子が違った。
「なんか……ミサキ大人になった?」
「大人?」
「ああ……なんかいつもと違う」
コウタは少し後ずさりをする。まるで、ミサキを畏れているようで、その光景は俺からすれば異様だった。
「まあ……ね?」
ミサキはそう言って俺を見た。俺は何の事か分からず疑問符で顔を塗りつぶした。
コウタの様子を尻目に、俺たちはいつもの部屋に入る。
大人になった。その言葉がずっと思考回路でつっかえていた。
「ミサキ……」
「何?」
「寝てる間に何かしたのか? 正直に教えて欲しい」
ミサキは部屋着に着替え途中の姿でこちらを向いた。
「私が……神になるための儀式よ」
「な、何を言って……」
「私が神になる、つまり大人になるには……」
俺はふと思い出した。この街には大人が居ない。シスターたちもまだ大人とは言い難い年齢で、コウタの母もそうだ。
俺は……何を見ていたんだ? そう思いながらふと自分の体を見る。
「お、大人?」
「ええ、私達、大人になったわ」
ミサキがそう言うと、世界は昏く、そして歪み始めた。
***
目が覚めると、夕方の教室だった。
自分の席で眠っていたのかと思い、僕は固まった体を起こし伸びをする。
隣でも同じように伸びをする少女が居た。
「え、桜ノ宮さん?」
「鵲君? 私……帰って来れたんだ」
夢を見てた気がするけど、あれは一体何だったんだろう。
「桜ノ宮さん、その本……」
「ああ、『魔法少女が願う世界』だよ」
「ミサキとレイヤの……」
「あ……鵲君も……」
ぼやけていたピントが徐々に合っていく。僕らはあの小説の世界でミサキとレイヤとして物語を紡いだ。
「ねえ、鵲君はあのグチャグチャのページ見たんだよね?」
「うん……それで本の世界に取り込まれて、レイヤとして存在して……」
「あの物語を完結させることができた?」
「なのかな……あれで終わりでいいのかはわからないけど」
二人、首を傾げてから笑う。
あの世界のミサキとレイヤのように。
「ねえ桜ノ宮さん、レイヤが眠ってる時にミサキは何をしたの?」
「えっ……そ、それは……」
ミサキと同じように恥ずかしそうにする桜ノ宮を見つめる。
窓の外の夕焼けが綺麗だが、目の前にいるミサキだった桜ノ宮を僕はレイヤだった者として見つめていた。
「キス……」
「そっか……」
「あの世界は子供しか居ない世界で、大人は神として扱われるの。だから、私は新しい神になり、そのパートナーとしてレイヤを選んだ」
「でも、それだとタイトル回収してなくない?」
「ううん。ミサキが願っていたことが早く大人になりたいだったの。ミサキは家庭内暴力を受けていた。早く大人になって自立して、家を出たかったの」
桜ノ宮はそう言うと、手に持っていた教室の鍵を見つめた。
それを見た僕はすぐにスマートフォンを開くと、日付は僕が日直だったゴールデンウィーク明けすぐの日付だった。
「戻ってる……」
「え?」
「いや、なんて言えば分かりやすいか……そう、桜ノ宮さんが行方不明になってたんだ。えっと、今日の日付で言えば……明日の日付でさ。それで、僕はなにか手掛かりがないかなって、今日から言ったら明後日の朝早くに教室へ来て君の机の中を見たんだ。で、その本を見つけた」
「そうなんだ……不思議なことが起こるものね」
僕らはカバンを肩に引っ掛けて、教室の施錠を済ませて鍵を返しに職員室の由佳理の元へ向かう。
「先生、鍵返しに来ました」
「はい、確かに。気をつけて帰るのよ」
由佳里は恐らく覚えていないのだろう。時間が巻き戻った記憶を持つのは僕だけらしい。
職員室の前で待っていた桜ノ宮と合流し、昇降口へと向かう。
上履きが鳴らす踵の音が廊下に響いていた。放課後の、人の減った廊下はしんと静まり返り、まるでここには僕らだけみたいだなと感じる。
「ねえ鵲君……」
「何?」
「その……キスはノーカンだから」
「は?」
確かに何かを思いつめているなと、歩きながら思っていた。物語に取り込まれる事象についての事とばかり思っていたが、どうやら違うかったようだ。
しばらくの沈黙が僕らを包み込む。そのせいで空気は重く、そして張り詰めていた。
それを打開しようとした僕が桜ノ宮の顔を見つめると、彼女は照れて赤く染まった頬を横髪で隠した。
「桜ノ宮さん、髪整えないの?」
「ダメ……これは私のお守りだから」
「お守り……」
復唱した声が廊下に響いて、空気の波の飲まれて消え去った。
桜ノ宮の後ろ姿はミサキと違い、丸く猫背になっており、僕は彼女の隣に立つと、ミサキとの違いをよく感じた。
俯き加減で歩く桜ノ宮はこちらを一切見ずに、まるで廊下の模様をずっと見ているようだった。
そもそも背の高い彼女だから、目立ちたくないと猫背になるのは理解できるが、同時に勿体無いなという気持ちもあった。
「私は、あの小説のレイヤが好きだったの。だから今、正直複雑なんだ」
唐突に、桜ノ宮は言葉を発する。
「まあ……わかるよ。僕も、レイヤがミサキを好きだったからさ、桜ノ宮さんを見ていると、なんか……何とも言えない変な気分になる」
「そう、それ。私も同じ」
昇降口に着くと下足ロッカーの扉を開ける。
クラス毎の五十音順に並んだ下足ロッカーで、僕と桜ノ宮はその順番の妙で隣り合っていた。
「うわっ!」
ロッカーを開けると、手紙が何枚か溢れ出てきた。
それはどれもラブレターのようで、こんな古典的なことをする人も居るんだなと思いつつ、それらをカバンにしまった。
隣で見つめる桜ノ宮は、ぽかんとしていた。
「す、すごいね」
「ああ、まあ……顔も知らない子からの手紙だし」
「うん、それでも凄いよ。人から好意を向けられることに耐えれるなんて」
桜ノ宮は少し意味深な言葉を言ってからローファーを履き、先に玄関へと向かった。
「おい、ちょっと待てよ!」
僕は後から彼女を追いかける。それはまるでミサキとレイヤのようで、少し嬉しかったことは、桜ノ宮には言わないでおこう。
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