第3話:一筋の光
健太に腕を引かれ、優斗はゾンビのように街を歩いていた。目的はない。ただ、健太が「とにかく歩け! 少しは体を動かせ!」と言うから、それに従っているだけだった。道行く人々が楽しそうに見え、それがかえって優斗の孤独感を際立たせる。
「なあ健太…もう帰ろうぜ…疲れた…」
「まだ歩き始めて10分も経ってねえだろ! 根性見せろ!」
健太の檄も、今の優斗には響かない。うつむいたまま、アスファルトの染みを見つめて歩くだけだった。
駅前の商店街を通りかかった時、健太がふと足を止めた。
「ん? なんだこれ…『新規オープン! フィットネスジム GRANDIR(グランディール)』…へえ、こんなところにジムができたんだな」
健太が指さす先には、真新しいビルの2階にスタイリッシュなジムの看板が掲げられていた。ガラス張りの壁からは、多くの人がトレーニングに励む姿が見える。
「なあ優斗。汗でも流せば、少しは気分も晴れるかもしれねえぞ。ほら、今なら入会金無料だってよ」
「ジムなんて…俺には無理だよ…」
「やる前から諦めんなよ。見るだけならタダだろ? 行くぞ!」
健太は再び優斗の腕を強く引き、ジムの入り口へと向かった。
おそるおそる足を踏み入れると、そこは優斗の想像とは全く違う世界だった。トレーニングマシンの作動音、軽快な音楽、そして人々の熱気が渦巻いている。誰もが自分の体と向き合い、黙々と、あるいは楽しそうに汗を流していた。その活気ある雰囲気に、優斗はただ圧倒される。
その中で、一際、優斗の目を引く存在がいた。
ポニーテールを揺らしながら、会員に指導をしている女性トレーナー。引き締まった健康的な体に、明るい笑顔。
「はい、ラスト一回! いけます、頑張って!」
力強く、そして透き通るような声がジムに響く。彼女こそが、トレーナーの橘梓だった。梓が指導する男性会員は、苦しそうな表情を浮かべながらも、彼女の声に後押しされるように最後の力を振り絞ってバーベルを上げる。
「ナイスです! やりましたね!」
パッと花が咲くような梓の笑顔。その笑顔とエネルギッシュな姿が、スローモーションのように優斗の目に映った。
優斗は、梓の姿から目が離せなくなっていた。彼女の周りだけ、空気が輝いているように見える。絶望の淵に沈み、凍りついていた優斗の心に、その笑顔が小さな灯りをともしたかのようだった。
「……すごいな…」
無意識に、そんな言葉が口からこぼれた。その呟きを聞き逃さなかった健太が、ニヤリと笑って優斗の肩を叩く。
「だろ? どうだ、ちょっとやってみたくなったか?」
優斗は答えなかった。しかし、彼の視線がずっと梓を追っていることが、何よりの答えだった。
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